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第三話

「山田、まずはルールを決めるぞ」


「ルールですか?」


 テーブルの向かい側で可愛らしく、小首をかしげて見せてくる。


「一緒に住むんだ。最低限は決める。まずは、ご飯は作れるのか?」


「作れません」


「じゃぁ、洗濯とかは?」


「できません」


 やっぱりこの子、アホの子だ。


「分かった。何もしなくていい。幸いトイレと風呂は別だから、使う時は鍵をしてくれ」


 俺の住むアパートは、脱衣所にも鍵がついているので説明しておく。


「了解です」


「後、最終確認なんだが、家出ならちゃんと連絡するように」


「分かりました。ですが家出ではないので、安心して下さい」


 俺をまっすぐ見て答えたので、嘘ではなさそうだ。


「それじゃ、ご飯にするか?」


「はい。山田、ピザが食べたいです」


 ご飯という言葉に目を輝かせて、膝立ちになる。


「……分かった」


 昨日の食べっぷりのせいで、恐怖でしかない。


「ありがとうございます」


 凄い嬉しそうだ。


「よし、ここから三枚選べ」


 スマホで安い店を探して、三枚で一枚無料の文言の店を選択し山田に手渡す。


「はい……へ~、こういう感じなんですね」


 興味深げに画面を見ている。


「ピザ、食べたことないのか?」


「はい。知識はありますが、食べたことはありません」


 どういう生活してたんだ?


 あまり踏み込めないので、深くは聴かないでおくか。


「そうか、好きに選べよ」


 俺の言葉に答えないで、真剣に悩んでいる。


「選びました、この後はどうするんですか?」


 スマホを差し出して、不思議そうに聞いてきた。


「後は支払方法を選ぶんだが、ポテトとジュースも買っておくか……」


 手早く操作をして、注文を完了する。


「この後はどうしますか?」


「まだ来るまで時間があるから、シャワー浴びて着替えてこい」


 昨日から同じ格好のままのせいか、山田の服は目で見える汚れがついていた。


「分かりました。でも、着替えがないんですよ。どうすればいいですか?」


 汚れた服をもう一度着るのはそりゃ、嫌だろうな。


「下着は適当に買ってくるから、服はとりあえずそこのジャージを着てくれ」


「ありがとうございます。では、行ってきます」


 ピザが来るまで残り一時間と表示されているので、俺も急がないと。


 山田が脱衣所に入って行くのを見届けて、俺も近場のコンビニに向かう。


 ・・・・・・・・・・


「ただいま――」


 誰も、いや山田がいるか……声をかけながら中に入る。


 俺も部屋着に着替えよう。そんなことを考えていると、床が濡れていることに気が付いた。


 俺は急いで、リビングに行く。


 リビングにはビショビショのまま、裸で床に座った山田がテーブルに顔をのせて寝ていた。


「早、てか、拭けよ」


 俺は慌てて脱衣所からタオルを持ってきて、山田の髪を拭く。


 同じシャンプーのはずなのに、甘いような匂いの中にミルクのような香りが混じっている。


 ワシワシと長い髪を拭き終えて、ようやく山田は目を覚ました。


「あれ? ピザは? それと寒いです」


「あのな、シャワー浴びたら身体を拭け。それと、ピザはまだ来てない」


 よだれを拭きながら、きょろきょろする姿にクスッと笑ってしまう。


「ああ、忘れてました。すみません」


「いや、いいけど。俺も着替えるから、脱衣所で着替えてくれ」


 素直に謝られて、怒る気にもならなかった。


 ・・・・・・・・・・


「着替え、ありがとうございます」


「いや、べつにいいよ。明日に足らないものを買いに行くから、今はそれで我慢してくれ」


「本当ですか! 嬉しいです」


 ニコニコと機嫌よさそうだ。


 その笑顔を見ていると、チャイムが鳴った。


「ピザが来たな」


「やっふ~です」


 二人ででピザを受け取り、リビングに運ぶ。


「しまった、机にのらない」


 よく考えたら、こんな小さな丸テーブルにピザが三枚ものるはずはなかったな。


「床に置けばいいじゃないですか?」


 キラキラと目を輝かせ、早く食べたいと言わん顔で、そう提案してきた。


「俺はかまわんが、山田は嫌じゃないのか?」


 女子という生き物は、食べ物を床に置くなんて言語道断だと思っていたのだが、やはり山田は女子というカテゴリーでくくることはできなさそうだ。


「私は嫌じゃないですよ? 冷める前に食べましょうです!」


「よし、分かった。グラスと皿を運ぶから少し待ってくれ」


「手伝いますよ」


 山田はグラスを運び、俺は平皿を適当に二枚用意して、運ぶ。


 ささやかピザパーティーの始まりだ。


「それじゃ、食べるか」


「はい。美味しそうなのです」


 幸せそうな顔で、オーソドックスなマルゲリータを山田は自分の皿にのせる。


 俺もそれにならうように同じものを皿に乗せた。


「美味いな」


 一口かじるとチーズの塩けとトマトの酸味が口に広がる。


「はい、モチモチ熱々で、ピザとはすごく美味しいですね?」


 チーズをびろーんっと伸ばして、笑顔を浮かべて喜んでくれた。


「そうだ、これも飲んでみろよ? ピザにあうぞ」


 山田のグラスにコークを注いで、勧める。


「……パチパチしてますね? ……シュワシュワ、甘々で美味しいです」


 スンスンと鼻を鳴らすように匂いを嗅いでから、グラスの中に舌を入れて山田は一口飲んで、驚いたような顔をして、ごくごくと飲み始めた。


 気に入ってくれたようだ。


 俺は二枚目のピザを皿にのせる。


 こちらはニンニクのパンチのある香りとハムの旨味がきいたピザだ。


 山田はエビやホタテがのった、クリームソースのかかったピザを食べている。


 あいだにポテトなんかを摘まんで、食事が進んでいく。


 届いてものの数十分で完食してしまった。


「ごちそうさまです」


「おう、満足したか?」


「はい、幸せで胸がいっぱいです」


「そいつは良かったよ。俺はシャワーに行くから、適当に休んでいてくれ」


「はい、まったりしてます」


 俺はそう言い残して、シャワーに向かった。


 ・・・・・・・・・・


 シャワーから戻ると皿がすべて流しに運ばれていて、空き箱は部屋の端に運ばれていた。


 運んだであろう山田は、また机に顔をのせて寝ている。


 家にも帰らないで探し回って、疲れがたまっていたんだろうな。


 俺は髪を拭きながらもう一度脱衣所に行って、タオルケットを持ってきて、山田にかけてあげた。


 しかし、本当にこの子は何者なんだろうか?


 念のために捜索願の掲示板を見たが、出されている様子もない。


 もし仮に言っていることが本当だとして、俺が誰かと付き合うなんてあり得るのか?


 そもそも相手にされる気がしない。


 この子がやろうとしてることは、波打ち際で砂の城を立てるよりも難しいだろう。


 そして、通信機から聞こえた委員長と同姓同名の人物も気になるな……


「ぷい~。ぷい」


 よく分からない声を出したので、山田を見る。


「起きたのか?」


「もう食べられないのです~」


 むにゃむにゃと間抜けな声だ。


 寝言か……俺も寝るとするか。


 起こさないように静かに布団を引いて、電気を消す。


 明日になっていなくなっていたら、笑えるな。


 そんな事を思いながら、眠りに落ちていった。


























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