第二十九話 平和な日常を続けましょう②
世界というものは理不尽に時を進めていく。
テスト期間が終わり、今年の授業も残すところ三回となった昼休み、俺は屋上で寝そべりながら空を眺めていた。
勿論この場所は立ち入り禁止で、他に生徒の姿はない。たまたま一年の頃に鍵を壊れてるのを見つけて、それ以来たまに来ている。
京香と出かけて、数日が過ぎたのに進展はない。
そもそも京香は俺に気がないような気がするので、無理はしなくてもいい気がするんだが……
それでも俺は両想いになりたい。そんなことを考えながら雲を眺める。
「あ、不良だ~」
突然聞こえた京香の声に驚いて、起き上がった。
「な、何でここに?」
「たまたま上っていくのが見えたからさ、追いかけてきちゃった」
「追いかけてって、ここは立ち入り禁止だぞ」
自分の事を棚に上げて、そう言ってしまう。
「そうだね。じゃぁ私も不良だね?」
京香はそう言いながら俺の隣に座った。
「京香が不良なら、この世界は世紀末だろうな」
「フフ、そんな世界なら壊してしまいたな」
「中々に怖いことを言うな」
俺は笑いながら京香にそう言う。
「だって、私がまじめな基準って、なかなか怖いよ?」
「京香は真面目だろ?」
お互い空を見上げながら会話が続く。
「そんなことないよ。普通……いや、少し怖いかな?」
「怖い? どうして」
「好きなものを守るためだったら、倫理なんか無視すると思うから」
「それはたしかに、少し間違っているな」
どれだけ大切でも世のルールを無視してはいけないと思う。
「でしょ? だから、私はそんなに優しくないよ」
京香は立ち上がって、俺に笑いかけてくれる。
「俺はそれでも優しいと思うぞ? それに、京香が間違った道に進むなら、止めてみせるぞ」
「それは頼もしいな!」
京香が差し出して手を掴んで、立ち上がった。
「そろそろ教室に戻るか」
「うん……」
無いとは思うが京香がそういうことになったら、俺は必ず側にいて京香を守ろうと心に誓う。
・・・・・・・・・・
「そういえば、屋上で何をしてたの?」
学校が終わり、放課後。商店街を歩きながら、京香がそう聞いてきた。
「空を見て考え事」
「へ~、なんか青春だね?」
「どこが?」
「だって、屋上で考え事って……まさか告白された!?」
少し考える仕草をした後、驚いたように聞いてくる。
「はぁ? 何でそうなるんだよ?」
「だって、定番イベントじゃない? 屋上で悩むことの」
「いやいや、ないない」
「本当に、本当?」
何でそんなグイグイ聞いてくるんだ?
「ああ、本当だ」
「そっか、あ、お肉屋さんセールだって」
どこかホッとした顔の後、慌てるようにそう言って、走っていく。
「あ、待ってくれよ」
俺もその後を追いかける。
いったいどうしたんだ?
京香が作った肉豆腐を食べ終えて、夜は京香と日課になりつつある授業の復習をする。
だが、どうにも身が入らない。
原因は分かっている。
好きと自覚して、告白したい相手がシャンプーのいい香りを放ちながらすぐ目の前にいるからだ。
「何? 分からないところあった?」
俺の視線に気が付いて、そう聞いてきた。
「いや、大丈夫。ぼうっとしてただけだ」
「そう? 何だか身が入ってないように感じたから」
「そんなことないぞ」
見抜かれた俺は大げさにそう言って、数学の問題を解いていく。
学校が冬休みになっても、こうして会うことはできるんだ。
俺は一度浮ついた考えを辞めて、勉強に集中していく。
今頑張れば、同じ大学に行けるかもしれないしな。
「そうだ、虎太郎は大学どうするの?」
まさかこのタイミングで聞かれるとは、渡りに船というやつだろう。
「行けるところに行くつもりだ」
「もう、まじめに考えなよ?」
俺の回答が気に入らなかったのか、少し不満気だ。
「そういう京香はどうするんだ?」
「私? 私は宇宙に行きたいから、その方向で考えるよ」
「へぇー。そこで何がしたいんだ?」
京香のビジョンが気になって聞く。
「笑わない?」
問題を解くのをやめて、俺を見つめてくる。
「笑わない。約束する」
「そう、絶対だからね? 私はね、地球を見てみたいの」
「なるほど……この星を空から攻撃するのか」
「どういう発想よ! ほら、青かったって言うじゃない? だから今はどうなのかが見たくって」
「そうか、素敵な夢だな」
茶化すのをやめて、素直に言葉にする。
「本当にそう思う?」
「嘘何て言わないさ、ここから手を振るから、見つけてくれよな」
「絶対に見えないよ」
「そうだな」
二人で笑い合う。
そういう未来を見ているなら、同じ大学は難しそうだな……
少しの不安と京香の夢がかなって欲しい気持ちが、俺の胸にたまっていく。
こういう何気ない幸せな日々が、一日でも長く続きますように。
そんなんことを思いながら、勉強を再開した。




