第二話
朝、日付が変わっていることに安心して、着替えて学校に向かう途中で、見慣れた後ろ姿を見つける。
その人物は地面に四つん這いになって、溝に手を突っ込んだり、石の裏を見ては、四つん這いのままに移動していた。
「まさか、あれからずっと探しているのか?」
俺はそばまで近づいて、そう声をかける。
「あ、河野さん。おはようございます。そうですよ」
振り向いて、屈託のない笑顔浮かべて見せてきた。
服が昨日のままなのが気になって聞いたのだが、本当に帰ってないようだ。
「ああ、おはよう。仕方ない、手伝うぞ」
「いや、悪いですよ~」
「とりあえず、歩いた範囲と探している物の形を教えてくれ」
山田(仮)の言葉を無視して、辺りに視線を向ける。
「えっと……長方形の黒い箱です」
俺がもう手伝い始めたせいか、遠慮をやめて、教えてくれる。
黒い箱……あ、もしかして……
「なぁ、それ、もしかしたら俺の通う学校にあるぞ?」
「え!? 本当ですか?」
山田は俺の言葉に振り替えって、目を大きく見開く。
「たぶんな、昨日拾ったものと似ている気がする」
「では、学校に行きましょう!」
「いや、生徒じゃないお前は入れないぞ? 放課後まで待ってくれないか?」
「む~、仕方ないですね!」
凄く残念そうだが、了承してくれた。
「夕方、17時にそこの角の公園に来てくれ」
公園の方角を指差しながら聞く。
「了解です! 遅れないで下さいね?」
「ああ、善処する」
そう答えて、学校に向かう。
今日は一時限目から参加できそうだ。
、
教室に着くと、クラスメートの姿はなく鞄だけが置かれていた。
移動教室か? 後五分で、授業が始まるな。教科は、理科か……必要な荷物だけもって、急いで移動する。
授業が行われる理科室のドアの前に来て、やけに中が騒がしい事に気がついた。
俺はドアをゆっくりと開け、中をうかがう。
予想に反して先生は既に来ていて、生徒を庇うように手を広げている。
その先生の視線の先をみると、手にナイフを持った金髪の生徒が立っていた。
これは見なかったことにして、帰るか……
俺はそっとドアを閉めて、後ろに振り向く。
南無南無、俺は物語の主人公じゃないんだ。きっと誰かが、止めるだろう。
「ちょっと、迷惑だからやめてくれないかしら?」
そう思ったところで、中から聞き覚えのある女子生徒の声が聞こえてくる。
静かに中を覗くと、昨日話しかけてきた女子生徒が腕を組んで、先生の前に躍り出ていた。
「ふっざけんなよ」
金髪の生徒が椅子を生徒の群れに蹴り込む。
黄色い悲鳴が上がり、中が益々混沌としていくなか、意に返していない女子生徒が、つかつかと金髪の生徒に近づいて、ビンタを決める。
「貴方のしていることは迷惑で、目障りで、不快よ」
俺はその言葉に、不覚にも笑ってしまう。
「この、アマ――」
ナイフを振り上げ、襲いかかる。
俺はどうしてそうしたかは分からないが、上靴を蹴り投げて、見事、金髪の顔面に命中させた。
そのままよろけている隙に、彼女はスカートをはためかせ、回し蹴りを決める。
「ぐばぁっ」
情けない嗚咽を漏らし、金髪は地面に倒れ付す。
俺はそれを見届けて、理科室から離れることにした。
これ以上此処に居たら、面倒なことになりそうだと思ったからだ。
少し早足で、職員室に向かうことにした。
道中で、来賓用のスリッパに履き替える。
片足だけ靴下なのは思いのほか、歩きにくいのだ。
・・・・・・・・・・
「失礼します」
「ん? どうした? 授業中だぞ?」
都合のいいのか悪いのか、ゴリラ先生と目があってしまい、不審そうにそう疑問を投げ掛けられる。
「授業が中止になったんです。それで落とし物の件で、お話があったので来ました」
「そうなのか……でも、自習とかになるはずだが?」
盲点だった。確かに、言われてみれば普通は自習になっていることだろう。
「……実は二つありまして、一つが上履きなんです」
少し考え、話をずらしながら手に入れる作戦に変更することにした。
「上履き? ああ、虐めか……」
先生は俺の足元をみて、そう声を出す。
「そう言うのではないと、思いたいんですけどね。確認して、いいですか?」
「ああ、少し待ってろ」
そう言って、部屋のすみに歩いていく。
「上履きはなさそうだな……もう一つはなんだ?」
部屋の隅から、そう聞いてきた。
「黒い長方形の箱です」
「ああ、これか?」
手に昨日拾ったものをもって、見せてくれる。
「そうです。ありがとうございます」
「ちょっと待て、校内に必要ないものは持ってきてはならない決まりだ。これは放課後まで預からせてもらう」
取り越し苦労とは、まさにこの事だろう。
「あ~、そうですよね。すみません、放課後また来ます」
あまり長居して、虐めについて聞かれるのも面倒なので、足早に職員室を出る。
後ろから声がしているが、完全に無視して、距離をとった。
さて、これからどうするか……
終業のチャイムまで、まだ時間がある。
廊下でうろついていては、目立ってしまう。
とりあえず、体育館裏に行くか……
そこで身を潜めて、二時間目から授業に参加することに決めた。
「やっと着たわね? こそこそ君」
まさに、予想外と言うやつだ。
体育館裏の階段を上ろうと上を見上げたら、委員長様がスカートをはためかせ、上から俺を指差してきた。
「何か、ようか? 白パン」
俺の目線ではスカートの中が、嫌でも見えてしまう。
「何を言ってるのか分からないけど、貴方を殺せばいいのかしら?」
偉く物騒だな。
「どうしてそうなったかは知らんが、せめて、スカートを押さえたらどうだ?」
「嫌よ、何で貴方の指図を受けなくちゃいけないのかしら? バカなの?」
ひどい言われようだ。
まあいい、まずは対話をするか……
俺は階段を上り始める。
「それで、何かようなのか?」
委員長の横を通りすぎて、一段上からそう聞く。
「貴方がさっき、靴を飛ばしたことよ」
「靴? なんの事だ?」
「とぼけないで、めんどくさい。名前をみればすぐに分かるわ」
そう言って、俺の上履きを俺に投げてきた。
確かにその通りだな。
「分かった認めよう。で、それでどうして、こんなところまで?」
それよりも、俺がここにいることをなんで知っているんだ?
「余計なお世話と、言いたいんだけど、助かったわ。ありがとう」
凄く嫌々と、いう感じで言われた。
「お礼なんて別に、良い」
オレは手すりにもたれ掛かって、空をみながらそう返す。
曇り、良い感じだ。
「どうして、貴方は何時もそうなのかしら?」
もう立ち去ると思っていたんだが、まだ会話を続ける気があるのか……
「何時も? 俺は確か委員長と話すのは昨日以来のはずだ。 何時もというのは少し変な気がするんだが?」
「本当に覚えてないのね? まぁ、忘れているならそれはそれで良いんだけど」
忘れてる? 何をいっているんだ?
「思い出す必要がないのなら、思い出す気はない。それより、どうして俺がここにいることを知っているんだ?」
もし、たまたまなら何ら問題はないが、仮にも委員長に俺のサボり場所を把握されているなら、変える必要がある。
「それは秘密。じゃぁ、せいぜい貴重な時間をここで過ごすのね」
嫌みのようにそう言って、委員長は去っていった。
これは少し、サボりの場所を変える必要がありそうだ。
それから放課後まで、授業にでて過ごすつもりだったのだが、暴れた生徒の影響で気分を悪くしたものが出たため、自分のクラスは急遽休校になった。
・・・・・・・・・・
落とし物を回収して、急ぎ足で帰宅する。
約束の時間まで家で暇を潰すつもりだ。
玄関まで来たところで、少女がまた座り込んでいるのが見えた。
この時間なら、近所の人に見られてそうだな……最悪だ。
俺は駆け寄り、声をかける前に抱き抱えて、扉を開けて玄関に飛び込む。
念のために、チェーンをする。
「あ、河野さん。こんにちは」
寝ぼけた顔のまま、挨拶をしてきた。
「おう、人様の家の前で何してるんだ?」
俺は脇に抱き抱えたまま、そう聞く。
この子は見た見た目以上に軽いな。
「疲れたので、お昼寝を――痛っ」
話している途中でアクビをかましたので、玄関に落とした。
「勝手に俺の家に来て、何が狙いだ?」
「ですから、お昼寝を……」
また欠伸をする。
「通報されたらどうするんだ?」
「大丈夫ですよ、横に住む人もミカンくれましたし」
「アウトだよ! 俺の印象最悪だよ。それで、他には何を話したんだ?」
万が一には隣の家に謝りに行かないといけないかもな。
「えっと、名前と河野さんとの関係を聞かれたので答えました」
「ほう、どう答えたんだ?」
怖くて聞きたくもないが、知らないと対応に困りそうなので聞く覚悟を決めて聞く。
「えっと、遠い親戚と答えました」
ナイス! 俺は歓喜のガッツポーズを全力でする。
「そういったなら、許そう。うん、取り敢えず入れ」
俺は靴を脱ぎながら、リビングに行くように促す。
「あれ? 河野さん。学校はどうしたんですか?」
「今更聞くのか? 休校だ」
「なるほど。それでは、お邪魔します」
山田は靴を投げるように脱いで、俺を追い越してリビングに上がる。
「座布団は好きに使ってくれ」
お茶でも用意するかと、冷蔵庫から麦茶と流しに置いてあるコップを用意しながらそう声をかけた。
山田の方を見ると、すでに座布団とテーブルを出してくれている。
「それで、落とし物はありましたか?」
テーブルにお茶を置いたタイミングでそう聞いてきた。
「ああ、少し待ってくれ……これか?」
リュックの中から黒い箱を取り出して、山田に渡す。
「そうです。ありがとうございます」
山田は嬉しそうに箱を触る。
「それで、指示とやらは聞けるのか?」
「任せてください……」
真剣な表情で、箱をいじくりだす。
その顔がだんだんと暗くなっていく。
「どうしたんだ?」
「壊れています。これでは、証明が……」
声を落として、箱を見ている。
「そうなのか……それじゃぁ、質問していいか?」
俺はどうしても聞きたいことがあったので聞く。
「どうぞ、答えられることは答えます」
「葉山京香……そう名乗る人物の子が聞こえた。お前をここに送ったのは、葉山なのか?」
一番の疑問点。俺の後悔に何故、葉山が関わっているのかというところだ。
「その質問に答えることはできませんが、私を側において損はないことは保証します」
凄く真剣な顔だ。
「分かった。この家に居ることを許可する。その代わり、帰りたくなったら、いつでも帰っていいからな?」
作り話の可能性も捨てきれないが、このまま帰らせて野宿なんてしていたらそれこそ危険だ。
そう思い、逃げ道を用意してあげながら、そう提案する。
「ありがとうございます。行くところがないので、助かります」
敬礼をしてそう答える山田に、俺は苦笑いを返すのだった。
こうして、山田との奇妙な生活が幕を開ける。