第二十六話 平和な日常を過ごしましょう②
本当に色々ありすぎた。
またしても夜が明ける前に目が覚めてしまい、部屋の窓から空を眺める。
ここは俺がいるべき世界じゃなくて、本当の世界がある?
そんなの信じろと言われても、じゃないだろうか。
俺には無理だ。いや、そもそもなぜ俺が中心なんだ。
この世界ののけ者、観測されない人間。
どう表現すればいいんだ? 何故京香は受け入れているんだ?
不安しかない。まともに京香と話せなかった。
たぶん日が昇っても、それは難しいかもしれない。
彼にここで俺が死ねば、もうらくになれるのか?
それじゃあダメだよな……
まだやるべきことはある。
というか、むずか気く考えても結局俺は京香が――
「起――、虎――」
上から声が聞こえて、それに向かって手を伸ばす。
「ひゃん!」
何だか柔らかいな……マシュマロか? ひゃん? すごく嫌な予感が……
恐る恐る目を開き、自分の右手を確認する。
その手は確実に、京香のなだらかな胸を掴んでいた。
「お、おはよう。京香……」
「ねぇ、目を覚ましたなら、手を放してくれないかな?」
こめかみをピクピクさせ笑みを浮かべて、冷たい声でそう言われる。
放したいのはやまやまだが、何故か手がいうことを聞いてくれない。
「ああ、悪い――こんちくしょう!!」
左手を使って、無理やり引きはがす。
「もう、早く準備して、遅刻するよ」
京香はそう言って部屋から出て行ってしまう。
遅刻……何時だ!
スマホで時計を確認すると、授業が始まるに十分前だった。
走ればギリギリか……
俺は着ていた服を脱ぎ捨てて、制服をひったくるように掴み、手早く着替える。
「悪い待たせた!」
そう声を上げドアを開けて、玄関に向かう。
「もう、急ぐよ」
優しいことに京香は、玄関で待ってくれていた。
そればかりか俺の口にトーストを押し込んでくれた。
「ふぁりがと……」
「ちゃんと飲み込んでから、話そうね」
二人で外に飛び出す。
このままで遅刻なので、駐輪所に眠らせていたママチャリを取り出して跨る。
声が出せないので荷台部分を指さして、乗るように指示を出す。
「それはダメだよ」
俺は一度自転車から降りて、京香の肩を掴んで無理やり座らせる。
そして手早く跨って、漕ぎ始めた。
・・・・・・・・・・
遅刻することなく学校に着き、一限目から授業を受けることに成功する。
そのまま何事もなく昼休みまで過ごす。
今日は珍しく京香と昼ご飯を食べることになった。
普段俺は一人で食べているので新鮮だ。
「今日はどうしたんだ?」
「どうしたって、言うことがあるんじゃないかな?」
空き教室で机をくっつけて向かい合って座り、会話をしながら弁当箱を開ける。
中身は京香が作ってくれた、肉じゃが、卵焼き、ホウレン草のお浸しとどれも美味しそうだ。
「言う事……あ、二人乗りさせて悪かったな」
確かにダメなことだな、反省しなくては。
「それもだけど、他には?」
他か……
腕を組んで考える。
あ、分かったぞ!
「今朝は胸? を掴んですみませんでした」
机に手をついて、頭を下げる。
「ねぇ、何で疑問形なのかな?」
ヤバい、声がすごく怖い。
恐る恐る視線を上げると、目が笑っていなかった。
「いや、その、あ、そろそろ食べないか?」
何とか話題を変えなくては。
「ねぇ、死にたいの? そんな雑に話題をそらさないで」
なんだろう。普段と話し方が違うのに、しっくりくる。
「すみませんでした」
椅子から落ちるように降りて、その場で土下座をして見せた。
「……まぁ、許してあげる」
その言葉に視線を上げると、おパンツ様が少し見えているのに気が付く。
赤い、赤いぞ。太ももの間に見える布から目が離せなくなる。
「……」
「ねぇ? 本当に殺すよ?」
その視線に気が付かれてしまう。
俺はひたすら昼休みの間、謝り続けるのだった。
・・・・・・・・・・
一日の終わり、自室で今日言われたことを考える。
俺が今日を過ごして出した結論は、今の日常を楽しむ事だった。
もしこの世界の住人じゃなくても今はこの世界の住人だ。
少なくとも京香と過ごすのは楽しい。
未来の俺とやらの事は今日限りで忘れよう。
明日からの日常を楽しむために……
そして、できる事なら京香に告白しよう。
俺はそう決めて、部屋の明かりを消す。
何だかゆっくり眠れそうだ。




