第二十五話 貴男と歩きたい
「今何時だ?」
目を開けてスマホ手探りで探す。
無機質な冷たさを頼りに探り当てて、起動する。
午前四時……もう一度寝るか? いや、寝れそうにないな。
体を起こして、洗面所に行き顔を洗う。
息が白く霧散するくらいに冷え込んでいる。
特にすることもないので、散歩をしようとコートを着て、外にくり出す。
外はまだ星が出ていて夜と大差ない。
しいて言うなら冷え込みが異常だ。
少し後悔しながら、コンビニの方まで歩くことにする。
住宅街は静寂に包まれていて、俺以外に出歩いている人物はいない。
まるで世界に俺だけが取り残されたようだ。
そんな事を思いながら、進む。
「一人か?」
どこからか声をかけられた。
立ち止まって辺りを見るが、人影はなくぽつぽつと街頭が立っているだけだ。
「誰だ?」
あたりを見まわしながら声を出す。
「京香には気をつけろ」
俺の質問には答えず、訳の分からないことを言ってきた。
「なにを言ってるんだ? 姿を現したらどうだ?」
警戒を高めて、声の出所を探る。
「俺は忠告したぞ。これ以上は“体がもたなくなる”」
どういう意味だ? 体がもたない? それに京香が危険だなんて……
それ以上何も声は聞こえなくなった。
俺はコンビニには行かないで、帰ることにする。
・・・・・・・・・・
「あ、こんな時間にどこ行ってたの?」
家に帰るとリビングで京香が料理をしていた。
優しく笑みを浮かべ、眼鏡の向こうの瞳を俺に向けてくる。
「早く目が覚めたから、散歩に行ってたんだ」
「そうなんだ。まだ朝食まで時間かかるけど、二度寝しとく?」
そう言われてスマホを確認すると、まだ午前六時だった
いや、もう二時間も立っていたのか……
「このまま起きとくよ。勉強してくる」
「うん、分かった。出来たら声をかけるね?」
「ありがとう。それと、いつも毎朝こんなに早く来てくれていたのか?」
毎朝ここまで早く来てくれていたことに驚き質問する。
「うん、そうだよ。お弁当も作ってるから」
「何か手伝おうか?」
「いいいよ、好きでやってるだけだから」
「料理するのが好きなんだな」
「ハハハ、そうだよ。だから、早く部屋に行って?」
食材を切っていた京香は俺の方に包丁を持たまま体を向けて、少し怖い笑みを向けてきた。
「目が笑ってないぞ」
「いらないこと言ってると、早死にするよ」
何だか怖くなってきたので、速足で自室に逃げ込んだ。
数学と国語の問題集を解き終えると、部屋にパンが焼ける匂いがしてきた。
今日の朝食はパンか……何を塗ろうかな?
家にあったジャムの種類を考えながら、ドアを開ける。
「あ、ちょうどよかった。もうできるよ」
俺が出てきたことに気が付いて、京香が俺に笑顔でそう教えてくれた。
「おう、運ぶものあるか?」
「そうだね、そこのスープをお願い」
流しの横に置かれたマグカップを指さして、指示をくれる。
そのマグカップを机に運び、京香が用意していたサラダも運ぶ。
「パンは何を塗るんだ?」
「私はいらないから、好きなの持って行って」
そう言えば京香は、パンには何も塗らないし、何ならサラダにドレッシングをかけてるのも見たことない。
「そうか、ジャム美味いぞ?」
「そうなの? でも私はいいかな」
勧めたら食べるかと思ったが、やんわりと断られた。
「そうか、分かった」
俺は冷蔵庫にあった、アプリコットジャムをテーブルに運ぶ。
その間にパンとコーヒーを京香が運んでくれた。
「じゃぁ、食べようか?」
「おう、いただきます」
・・・・・・・・・・
昼休み、のんびりと体育館横の階段座り読書をしながら、今朝の事を考える。
京香は危険で、俺の体がもたない……
本当に分からない。
そもそも京香が危険なら、俺の寝込みを襲うのはたやすいだろう。
それに俺の体は健康そのものだ。
持たないってどういう意味なんだろう?
「あ、やっぱりいた」
階段の下から声が聞こえたので、顔を向けると京香が立っていた。
「どうしたんだ?」
「どうしたって、もう五時間目始まってるよ」
いつのまにか時間をオーバーしていたのか……
「京香はどうしてきたんだ?」
「先生に連れてくるように言われたの」
「それは悪かったな」
俺は階段から腰を浮かして、京香の方に歩いて行く。
「ホントだよもう」
怒ってますよーっといった、顔と仕草をして見せてくる。
「しかし何で京香に頼んだんだ?」
「幼なじみだから、居場所分かるだろってだって、本当に意味が分からないよね」
確かにそれはよく分からない理屈だな。
京香と並んで、ゆっくりと教室に向かう。
「せっかくだし、聞いていいか?」
「どうしたの?」
「俺って、不健康に見えるか?」
「いや、見えないけどどうしたの?」
「だよな。朝に知らない人にお前の体は持たないって言われたから」
どう説明していいのか分からないので、少しぼかしてそう言っておく。
「それは不審者じゃないかな? 何もされなかった?」
顔をのぞき込んで、そう聞いてきた。
「ああ、姿も見えなかったし」
「ますます怪しいけど、気にしなくていいんじゃないかな?」
「まあ、そうだよな」
あまり気にしすぎて、体を壊すのもしゃくだ。
あっという間に教室についてしまったので、教室に入り先生に謝った。
・・・・・・・・・・
学校を終て、何時ものように京香と夕食を食べて、風呂上り。
冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注ぐ。
そのグラスを持って、自室に向かう。
パンツ一丁姿だが、誰もいないので気にすることはない。
そう思い自室のドアを開けると――
「よぉ、来たぜ」
フードをかぶった、男が机の前に立っていた。
その男は俺の方を向き、手を上げて軽い挨拶をしてくる。
「だ、誰だ! どうやって入った」
どこからどう見ても不審者なので、警戒姿勢で聞く。
「驚かせて悪かったな。俺は未来から来たお前だ」
フードを脱いで、顔を見せてきた。
くたびれたおじさんだ。
「何を言ってんだ!? お前はこの間のお好み焼き屋だろう?」
そう、顔をよく見ると、あの時の店員さんだとすぐに分かった。
「あれはこの世界の情報を集めていたんだ。世界選は変わらないまま、俺とお前はこの世界に来てしまった。だから、早く戻るぞ」
「何を言ってんだよ! 完全に頭がくるってるのか?」
手に持っていたグラスを投げつける。
「おっと、危ないな。……うん、うまい」
何故かグラスは宇宙にでも投げたかのように重力に逆らい、中身をこぼさないまま綺麗に男の手に収まった。
そして男はそのまま、それを飲み干す。
「どうなってんだよ……」
愕然となる。こんな芸当、普通の人間にできるはずない。
「さっきからそればっかりだな」
男は頭をかきながら、呆れたようにそう声を出す。
「そりゃ、そうなるだろ? こんな突然」
「それは悪かったな。でも、あまりのんびりしていると、元の世界に戻れないかもしれないぞ?」
男は椅子に座り、グラスを机に置く。
「ゆっくり説明してくれ。元の世界って何だ?」
「どういうべきか……俺とお前だけ、この世界に飛ばされたんだ。だが元の世界で、お前と俺は手を組んで京香を助けようとしたんだが」
「失敗したのか?」
「まぁ、そうなるかな? 突然飛ばされたから俺にも分らんが」
「世界選が変わらないまま、世界を移動ってどういう意味だ?」
そんなことありえないが、先ほどのありえない光景を見ると何とも言えないので、気になった個所を聞く事にした。
「いいか? 俺がいたのがこのコップ向うだとする。そしてお前がいたのが内側だ。そしてここはさらに向こう、俺だけがいない並行世界にスッと移動させられたんだよ」
男はグラスを使って、説明してくれる。
「それをした人物は?」
「分からない。だから俺は、お前に聞こうと思ったんだが、そもそも記憶がないようだな」
「それじゃ、今朝の声って?」
「ああ、俺だ。あまり姿を見せたくなかったが、このままでは不審者で終わりそうだったから仕方なくな」
現在進行形で不審者なのだが、いちいち言わないようにしておこう。
「京香が危険というのは?」
「そもそも俺がいない世界で、俺に幼なじみとして存在してるのが気になる」
「京香もこの世界に来た可能性は?」
「それならもっと混乱してるだろう」
確かに初めてあった時から普通だった。
「虎太郎、誰かと話してるの?」
玄関の方から声が聞こえてくる。
「話は以上だ。俺は元に戻る方法を考える。お前は気をつけて行動してくれ」
男は早口でそう言って、手にしていた手袋を触ったかと思ったら、姿が消えた。
「ねぇ、虎太郎。大丈夫?」
京香がリビングに顔を出す。
「ああ、お化けが出ただけだ」
「え? 頭、大丈夫」
もっと怖がってくれよ。
「ガチな心配はやめてくれ」
「そう? まぁ、疲れてるなら早く休みなよ」
冷蔵庫に何かをいれながら、そう言ってくる。
独り言だと思ってくれたのか?
「ああ、そうするよ」
本当に疲れたので、部屋に戻って眠ることにした。




