二十二話 貴男のためなら何度でも……
朝、自室のドアを開け、顔を洗いに洗面所に向かう。
「あ、目を覚ましたね?」
途中にあるリビングを通ると、京香が声をかけてきた。
「ああ、おはよう」
眠い目をこすりながらそう言って、足は止めない。
「朝食できるから、早くきてね」
後ろからそう声をかけられた。
冬の水は冷たく、目を覚ますのには最適だ。
寝ぼけているのか京香の幻覚が見えたが、これで見えることは無くなるだろう。
そう思いながらリビングに戻ると、制服の上からエプロンを着た京香がコンロの前に立って何かを焼いていた。
「なぁ、何でいるんだ?」
「え? まだ寝ぼけてるの? 一人暮らしの虎太郎が心配だからじゃない」
眼鏡の位置を直して、三つ編みを揺らしてそう言われてしまう。
俺はずっと、一人暮らしだったような……
「ほら、皿を出して、目玉焼きできたよ」
俺は慣れない動きで、食器棚から皿を取り出し手渡す。
その皿に目玉焼きとベーコンを京香は盛り付けていく。
「家が遠いのに、わざわざ来てくれてありがとな」
「まだ寝ぼけてるの? 私はずっと隣に住んでるでしょ?」
その皿を俺に渡しながら、ため息混じりにそう言われたしまった。
そうだったか? どうにもまだ寝ぼけているようだ。
「そ、そうだったな」
ごまかすために笑っておく。
「変な虎太郎ね。あ、パンが焼けたし食べましょうか」
丁度良く、チンっと、音とともにパンがトースターから飛び出した。
「ああ、食べるか」
京香が用意してくれていたサラダの横に、目玉焼きの皿を置いて、座る。
少しして、パンとコーヒーを京香が運んできてくれた。
「いただきます」
「いただきます」
テーブルを挟んで迎え合わせに座り、二人で手を合わせて食べ始める。
目玉焼きは半熟で、実に俺好みの焼き加減だった。
・・・・・・・・・・
自室で制服に着替え、リビングで待ってくれていた京香と一緒に学校に向かう。
「もう目は覚めたの?」
「ああ、バッチリだ。この後は寝ないで、授業も受けられそうだ」
「寝ないのは、当たり前だよ。もう、私がいなかったら、どうなってるのかな」
「それは考えたくないな。京香が幼なじみで良かった」
あれ? 京香って幼なじみだったけ? 自分でそう言っておきながら、驚く。
「そうだよ、神様に感謝しないとね」
フフッと笑ってそう言ってくる。
「神様、山田様だな」
「山田ってどこの誰かな?」
「誰だろうな」
他愛のない雑談して、学校にたどり着く。
そこからは特に何もなく、何時もの日常を過ごした。
・・・・・・・・・・
放課後、京香と並んで商店街に行く。
晩御飯の買い出しだ。
俺の両親と同じで京香の両親も海外で働いているため、食事は一緒に取っているらしい。
いや、そうだった気もするのだが、何故か違和感がぬぐえないのだ。
この違和感の正体に気が付かなくてはという思いと、気が付いてはいけないという警報ののような感覚が、俺の中に湧いている。
「どうしたの? 難しい顔をして?」
「ああ、悪い。晩御飯の献立を考えていてな」
「そうなの? 何が食べたいのかな?」
少し心配そうな顔をした後、俺の言葉に可笑しそうに笑って、聞いてきた。
「そうだな……肉じゃが、肉じゃがが食べたい」
「分かった。じゃぁ、お肉屋さんと八百屋さんね」
「荷物は俺に任せとけ」
「頼りにしてるわね」
買うものが決まったので、目的の店を回る。
京香と一緒に回るとどの店も何故か割引をしてくれた。
そのたびに俺に得したちゃったね? と、笑い幸せそうに笑みを浮かべる。
俺の日常はなんて、平和で幸せなんだと感じた。
・・・・・・・・・・
「何か手伝うか?」
「いいよ、それより勉強しておいて? テストが近いんだから」
「うっ、そうだな。ありがとう、そうさせてもらう」
荷物を俺の家に置き、着替えに一度帰った京香が戻ってきたので、手伝いを申し出るとそう断られてしまう。
確かにもうそんな時期だ。期末が終われば十二月で冬休みも始まる。
その冬休みを満喫するためにも、赤点は避けたい。
俺はいそいそと自室に行って、数学を解くことにした。
数学の問題集はやっているだけで眠くなる。
その眠気と戦いながら進めていく。
しばらくして部屋に良い匂いが、漂ってきた。
俺は部屋を出て、リビングに行く。
「もう、そんなにお腹すいてるの?」
俺が来たことに気が付いて、笑いながら聞いてきた。
「ああ、もうお腹がペコちゃんなんだ」
「どう言うことよ」
凄く可笑しそうに笑われる。
俺としてはいまいちなボケだったんだが……
「運ぶの手伝うよ」
「ありがとう。じゃぁ、お願い」
テーブルを拭き、皿なんかを用意する。
朝にも思ったんが、どうにも食器が多い。
いや、高校に上がるまでは三人で暮らしていたんだし当たり前か?
これも違和感だ。
「なぁ、京香の両親て、仕事なんだっけ?」
テーブルを挟んで向かいに座る京香にそう聞く。
テーブルの上には肉じゃが、味噌汁と和食が並びご飯がすすむ。
「朝から変な質問が多いね?」
味噌汁を一口飲んで、京香は心配そうに見てくる。
「いや気になってな。悪い」
「別に謝ることじゃないけどさ……外商だよ」
「外商……すごいな、何をしてるか分かんないけど」
「何よそれ、簡単に言うと訪問販売だよ」
なるほど、分かりやすい。
「でもすごい仕事だよな、海外でそんなことをしてるなんて」
「まぁ、そうかもだけど……虎太郎のお父さんも凄いじゃない」
「いやいや、胡散臭い骨董商だよ」
俺の父はよく分からないものを買っては、人に売っている。
母その交渉の手伝いをしているのだ。
「胡散臭いって、そんなこと言ったら駄目だよ?」
「悪い悪い。でも、俺には分からん価値観なんだよな」
「確かにそれは分かるけど」
まぁ、年を取ればわかるのかな?
味のよくしみたジャガイモを食べながら考える。
「俺達はどうなるんだろうな?」
「え? どういう事?」
「ほら、こうやってご飯食べてるけどさ、働くようになったらどうなるんだろうって」
「それは、その……」
何故か頬を赤くして、食べる速度を京香はあげていく。
「焦らなくても、京香の分は食べないぞ?」
「もう、バカ」
睨まれてしまった。
どうしたんだ? とりあえずお茶を入れてあげよう。
空になっていたグラスに麦茶を注ぐ。
「俺はずっと、京香のご飯を食べていたいな」
そう思うくらいに、京香の料理は美味しいのだ。
「もう、バカバカ。食べたら勉強するからね」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
ご飯を食べ終えた後、京香は日付が変わるギリギリまで勉強を見てくれた。




