第十九話
「本当にご飯作ってくれるのか?」
「ええ、そのために食材を買ったんじゃない」
ショッピングモールで買ってきた食材を置きながら、京香に声をかける。
遊び終えた後、夕ご飯を作りに家に来てくれたのだ。
「本当に作れるのか?」
「失礼ね、料理くらいできるわよ」
お嬢様な京香がご飯をつくれると思っていないので、凄く不安で仕方ない。
「そうか、手伝っていいか?」
「ダメよ、楽しみに座っていてなさい」
逃げ道が立たれてしまった。
最後の切り札の山田も忙しいと言って、姿を見せない。
たぶん逃げたな……
テ-ブルを出して、様子を窺う。
コートを脱いで、エプロンをつけた京香はすごく可愛いのだが、不安の方が勝っている。
鍋に水を入れて、野菜を丸ごと入れていく。
もうこの時点で嫌だ。
洗ってはいるが、皮がついている。
何をつくる気なんだ?
骨の付いた鳥もいれるのか……
因みに何を買ったのかは知らない。
待たされて、荷物を渡されて運んだだけなのだ。
俺は祈るよに、目をつぶる。
だんだんと匂いがとどいてきた。
すごくいい匂いだ。
これは……カレーか!
「カレー作っているのか?」
顔を上げてそう声を出す。
「急に元気になったわね。正解よ」
「それは楽しみだ」
「子供みたいね」
クスクスと京香は笑う。
「悪かったんな。カレーは最強の食べ物なんだよ」
「どういう意味よ、それ。はい、おまちどおさま」
笑いながらカレーをよそって、目の前に置いてくれる。
具が一つも見当たらない。
「なぁ? 具材は?」
「? 出汁にして食べないわよ?」
これがお嬢様カレーなのか?
「そうなのか……とりあえず、食べていいか?」
「ええ、召し上がれ」
スプーンを片手に、カレーを掬う。
その様子を京香は見ている。
「美味い! 今までで一番美味しいカレーだ」
「本当に?」
「ああ、この何とも言えない深みと辛さ……まさに究極だ」
「そこまでなのかしら」
嬉しそうに、京香も食べ始めた。
「謙遜しないでくれ、これは毎日でも食べたいよ」
スプーンが止まらない。
「お母さんも喜ぶわ」
「お母さん?」
「このレシピは、お母さんが教えてくれたの。週に一度だけ使用人じゃなくて、お母さんがご飯をつくる日があったのよ」
どこか懐かしそうに、昔を思い出すように教えてくれた。
「そうなのか、でもやっぱり、使用人がご飯作ってるんだな」
「ええ、母は、もったいない言っていったんだけど、お父さんがそうしてたのよ」
これ以上踏み込んでいいのかな?
いや、恋人なんだし嫌じゃないなら、知りたい。
「それで、週に一度は作ってたのか?」
「そうよ。私に手料理を食べてほしかったみたいで」
笑いながら教えてくれる。
聞いても大丈夫そうだな。
「使用人って、前に対応してくれた人か?」
「ええそうよ。河野君、敵視されてるけどね」
「なんでなんだ?」
「お父さんや私を変える影響力だからよ。葉山の家に、波風を立てるなんてって、よく言ってたわ」
そりゃ、恐ろしいな。
「そこまで、影響与えたかな?」
「与えてるわよ、私もこんなふうに誰かの家で食事何て、想像したこともなかったわ」
「まあ俺も、他人とここまで楽しく過ごせるなんて考えてなかったから、京香には感謝してるよ」
「そうなのね。でも、他人じゃないわよ」
「え?」
「もう、恋人でしょ?」
頬を赤くして、そう言ってくれる。
「そうだったな」
「そうよ」
気恥ずかしい空気が、部屋を侵食していく。
「大変です!」
突然、玄関のドアが開いて山田が入ってきた。
「どうしたんだ?」
「マザーを見つけました!」
その一言に、空気ががらりと変わる。
「何! どこに居たんだ?」
「学校です。河野さん通う学校のグランドに居ました」
まさかこんなに近くにいたなんて……
「京香はここにいてくれ。山田行くぞ」
立ち上がって、ポシェットを腰に巻く。
「まって、私も行くわ」
「でも、危ないぞ?」
「河野さん。連れて行った方がむしろ安全かもです」
「そうか……」
まさか山田が、京香を援護するなんて……
「一人で襲われたらどうするの」
追い打ちの様に、京香が言ってくる。
確かにそれはそうかもしれないが……
「分かった。絶対離れるなよ」
「頼りにしてるわよ」
俺達は三人で、学校へと向かう。
いよいよ最終決戦か、これが終われば静かに京香と暮らせるんだな。
俺は未来が楽しみで仕方なかった。




