第一話
もし、神様という者がいるのなら、そいつをぶん殴ってやりたいそう言う気分だ。
俺に明日という概念は、無いにひとしかった。
学校に行き、退屈な授業を子守唄にして眠る。
毎日毎日流れ作業のような、退屈な日々。
友達もいなければ、部活もしていない。
趣味もない。欲しいものもない。本当に生きる価値がない。
ただ、惰性的に浪費していく日常。
そんな日常が突如、終わりを迎えた。
これはただ一つの愛の物語
・・・・・・・・・・
「河野、おい、河野はいないのか?」
先生が何かを言っているが、回りは反応しない。
これはたぶん、俺の事を呼んだのだろう。
「ここにいますけど?」
ヘッドフォンを外して、そう声を掛ける。
そのまま俺の席を見る先生の顔を見つめ返す。
なんなら俺は、教卓からみて一番右端、二番目の窓際の席だ。
これで見えてないなら、眼科より神経内科に行くべきな気がする。
「あいつは、今日も休みか……」
先生はそう言って、次の生徒の名前を呼ぶ。
「やっぱり見えていない! どうだ? これが俺の日常だ!」
机の上に立って、誰とでもなしにそう叫ぶように声をだす。
「やっぱり、反応ないな」
誰も俺の行動に、反応を示さない。
つまり! 俺は今、この世界にいるようでいない。不確かな存在。差し詰めシュレーディンガーの河野虎太郎と言ったところか……
もはやこの事態に慣れ始めている自分が、恐ろしかった。
いや、仕方もないことなのかもしれない。
この事象が始まって、一ヶ月は経っているはずだ。
だがなぜか、この世界はあまり日が進まない。
たまに一日が進むこともあるが、条件があやふやだ。
検証を重ねるしかない。
もはや、趣味もなく生きる自分にとって、この検証が趣味なような気もしてくる。
一日経った例としては、全裸で校庭をはしったり、昨日の犬の物真似を全裸ですると言ったところか……
言っておくが、好きでしたんじゃないぞ? 登校中に犬に噛みつかれて、服を脱ぎながら走ったり。その犬を追い払おうと、机の上で鳴き真似をしたにすぎない。
何故か犬には俺が見えていたんだ。
散々な感じだったが、次の日を向かえたのは嬉しかった。
生きる意味の無い自分にとって、老化をしないというのは拷問だ。
さて、帰るか。 俺は机の上においていたリュックをつかみ立ち上がる。
今日も誰の反応もなし、日付は十二月二日のまま。
これで部屋にこもって、明日もクラスの生徒の反応を見に来る。
それで俺の中の一日が、終わっていく。
靴を履き替えてグランドに出た時、見知らぬショートカットヘアのパーカーを着た女の子とすれ違った。
この学校の制服ではなく私服だ。
軽やかな足取りのまま、校舎に向けて歩いていく。
転校生か何かだろうか。
俺はそう思いながら、家へと歩いていく。
あくびを一つ、空を見上げる。
どうしてこうなったのだろうか?
今月にはいるまでは、普通の日常だった。
つまり、十一月三十日に何かが変わったのだ。
この世界なのか、俺個人の問題かは不確かだが、それは間違いないはず。
そこまで考えて、外の寒さに体を震わせ、帰宅を急ぐのだった。
「ただいま」
誰もいないワンルームマンションの部屋に、玄関から声を掛ける。
癖というやつだ。寂しさからとかじゃないぞ?
俺が中学の途中で両親の海外赴任が決まって、俺は日本に残った。
そのため今は独り暮らしだ。
部屋に入り、制服から部屋着に着替える。
上下紺色のジャージだ。
適当に床に座り、スマホで最新のニュースを検索する。
この部屋には折り畳みの小さなテーブルと、座布団に布団。後、独り暮らし用の小さな冷蔵庫しか物は置いていない。
少女誘拐、ゲス不倫、谷本四百本目のホームラン。医療の進歩、バーチャルリアリティで世界が変わる。
特にニュースにも変化はない。
明日もまた今日が繰り返しそうだなと思いながら、布団を敷く。
晩御飯は今日はもういい、冷蔵庫の中身でできる料理はやりつくした。
この時の止まった世界は厄介なことに、俺が記憶していないものは存在していない。
つまり、覚えていないスーパーマーケットやコンビニの商品は触れることはおろか、みることすら叶わないのだ。
クラスメートもそうだ。いちいち顔を覚えていないので、黒塗りの化物のように見えている。
そのせいでここ数日は、トーストとバターのみの生活だ。
ただ幸いなことに、トーストを毎日食べていたのでそれは食べることができた。
いくら日が変わらなくても、精神的に辛くなってくる。
嫌なことは考えないで、早く眠りにつく。これが俺が導きだした生き残り方だった。
「え? 日付が変わってる?」
スマホの着信音で、目を覚ました俺は驚いて声をだしてしまう。
いや、そこまでは今までもあった。問題なのは、着信だ。
俺を認識している? 相手は、学校か……
覚悟を決めて、スマホを耳に当てる。
『もしもし、河野か? なぜ学校に来てないんだ』
この声はクラス担任の、ゴリラ先生だ。
学校で俺が顔を覚えている、唯一の存在。
ただ、名前は忘れた。
「すみません。寝坊したみたいで、今から向かいます」
『ぬ? そうなのか? 問題がないなら、良いんだが……気を付けろよ』
顔に似合わず、生徒思いの良い先生だ。
俺は部屋着を下着ごと脱ぎ捨て、全裸になる。
そのままシャワーを浴びて、制服に着替えて、学校へと歩いていく。
徒歩二十分、それが学校までの距離。
まだ授業中なのか、生徒の姿は廊下にはいない。
スマホで時計を確認すると、二時間目の途中の時間だった。
三時間目から、出席するか……
俺は足音を殺して、体育館裏へと向かう。
「何だ? あれ?」
体育館の二階へと続く階段の途中に、黒色の四角いものが物が置いてあるのが見える。
近づいてみると、小型のラジオのようなものだと分かった。
「何でこんなところに?」
疑問を口にしながら、持ち上げて持ち主の名前がないかを確認する。
特になにもかいていないな……
「……✕月✕日……にん……了」
突如、ピーガーというノイズの後に、誰か女の人の声が流れ始めた。
どうなっているんだ?
一度置こうかと思ったが、再度顔を近づけて、その声に集中する。
「き、て……こた……」
ノイズがひどくて聞き取るのは、無理だな。
とりあえず、職員室に後で届けるか……
背負っていたリュックをおろして、ラジオを中にいれる。
スマホで時間を確認すると、三時間目が始まる少し前になっていた。
そろそろ教室に向かうか……
ラジオを触っていたら、あっという間に時間が経ってしまった。
・・・・・・・・・・
教室にはいると、入り口のそばの席のやつが俺をチラリと見たが、何も話しかけてこない。
つまり、何時も通り普通の日常に戻っている。
窓側の前から二番目の席の椅子に、リュックを掛けて、その椅子に座った。
少しすると足音が近づいてきて、俺の横で止まる。
「河野君、貴方が休みの間のプリントを預かっているの。受け取ってくれるかしら?」
その人物が紙の束を俺の机に置きながら、そう言ってきた。
「ああ、もちろん。悪かったな。えっと……」
お礼を伝えようとその人物の顔をみるが、名前が思い出せない。
人形のように整った顔立ちで、切れ長の目が印象的だ。黒色の艶のある長い髪を、手で後ろに流す動作をしている。
「どうでもいいわ」
不機嫌そうにそう言って、すぐに後ろを向いて、歩いていってしまう。
結局、名前を思い出せなかった。
・・・・・・・・・・
昼休みにはいると、校内放送で職員室に呼び出されたので、職員室に向かう。
購買に向かう集団を羨ましく思いながら、俺は職員室のドアに手を掛ける。
「失礼します」
「お、来たな。河野」
入ると入り口の横にたっていた、ゴリラ先生がそう声をかけてきた。
「えっと……どういったよう件ですか?」
ドアを開かないように手で押さえられたので、警戒しながらそう聞く。
「とりあえず、進路指導室にいくぞ?」
俺はゴリラが指差したドアに向かって、足取りを重くして進む。
進路指導室の中は思ったより狭く、教室の半分ほどの広さだった。
真ん中に長机が置かれ、パイプ椅子が二脚。
それ以外に目についたのは、壁のはしに置かれたスチールラックと折り畳まれた椅子だ。
俺は促され、椅子に座る。
向かいにゴリラが座って、さしづめ刑事ドラマの取り調べのようだ。
「どうして、二日も無断欠席したんだ?」
その言葉にキョトンとしてしまう。
「どうして、驚いているんだ?」
俺の表情にゴリラは尚も言葉を続けた。
確かにそうだ、ゴリラからすれば2日も休んだことになるのだろう。でも俺からすれば、2日も無視されていただけ。納得はできないが、そんなこと信じてもらえるはずもない。
「すみません。ちょっと、寝込んでいたんです。今朝は体調がよくなっていたので、電話に出れましたが……」
「そうなのか?」
疑っているのか、俺の目をじっと見つめてくる。
気持ち悪い。いや、嘘なんだが、見つめ返して、本当だと主張しておこう。
「本当にすみませんでした。これからは、連絡をするように気を付けます」
俺はそう言って、頭を下げる。
「む、まあ、何事もないなら、いいんだが……次からは気を付けろよ?」
「はい」
そこから遅れた授業の説明をしてもらい、昼休み終了と共に解放された。
つまり、お昼を食べ損ねたということだ。
放課後、早く帰って、久しぶりにパン以外を食べようと帰宅の準備をしていると――
「ねぇ、まだ、プリントは出さないのかしら?」
俺にプリントを渡してきた女子生徒が声をかけてきた。
「プリント? なんのやつ?」
「はぁ、進路希望調査よ。何? 期限を一週間も過ぎても、決まらないのかしら?」
その言葉で思い出す。
この高校では、一学年の頃から進路希望を提出するのだ。
そのプリントをなくした俺は、未だに書いていない。
「悪い、まだ決まってないんだ。決まり次第、先生に直接渡すよ」
「そうですか。なら、そうしてちょうだい」
女子生徒はそう言い残し、さっさと行ってしまった。
そっけないな。まあ、仲良くない人間にたいしては普通か?
深く考えても仕方ないので、リュックに荷物を詰め込んでいく。
あ、そういえばラジオを拾ったんだった。
開いたリュックの底にあったラジオを取り出して、他の荷物を積める。
仕方ない、職員室に寄るか。
『ザッ……にん……された……よ』
机に置いたラジオからまたもや、ノイズ混じりの声が聞こえる。
どうなっているんだ?
まじまじと四角い箱を見つめる。
アンテナらしいものもなければ、ボタンも1つも付いていない。
どうやって電源をいれるのか、また、チャンネルはどうやってあわせるのかも分からないのだ。
そもそも、スピーカーのような穴しかないのに、どうして俺はラジオだと思ったのだろう?
分からない。いや、確かに声がするのだからラジオに違いはないだろうが、どこのチャンネルだ?
疑問が積み重なり、よく分からなくなってくる。
「ちょっと、そこで何をしているのかしら?」
そう声がして、そちらに視線を向けると先ほどの女子生徒がいた。
「ん? ああ、落とし物を職員室に届けようと思って、取り出していたんだ」
「そう、変な音がしたから何事かと思ったんだけど?」
「ああ、悪い。ラジオみたいで、電源の消し方が分からないんだ」
「それはどう言うことかしら? 見せてもらえる?」
そう言いながら、女子生徒が近づいてくる。
「これだよ。どこをみても、ボタンがないんだ」
目の前に来た女子生徒にそう言いながら、手渡す。
「本当ね。でもこれ、本当にラジオなのかしら?」
手に持った箱を回しながら、そう聞かれる。
「やっぱり、そうだよな。俺もなんでラジオだと思っていたのか……」
言葉がつまってしまう。
「ふふ、可笑しな人。まあ、教室に遅くまで残るのはよくないから、早く帰りなさいよ」
小さく笑い、女子生徒はラジオを俺に手渡す。
その笑った顔に俺は、少し見とれてしまった。
たぶん、忘れ物でもしたんだろう。
女子生徒は一番奥の席に向かって、歩いて行ってしまった。
「ああ、すぐ帰るさ」
そう小さく呟き、ラジオを手に歩きだす。
『ザッ、ザー。私は葉山京香聞こえてるかしら? 返答がないのは、どうなっているのかしら?』
僅かなノイズの後、ハッキリとした声が教室に響く。
葉山京香……今そう言ったか? それに返事がないって言うのは……
考えをまとめていると、肩を捕まれる。
振り替えるとまたしても、先ほどの女子生徒だった。
「どう言うことかしら?」
「えっと……どうした?」
「どうして、私と同じ名前の人物が、その機械から喋っているのかしら?」
同じ名前……葉山京香……つまりこの子は、葉山京香ということになる。
「分からない、同姓同名ということか?」
首を捻りながら、そう言う。
「そんな偶然あるかしら? 貴男が何か私にイタズラをしようとしているんじゃないの?」
これはとんだ濡れ衣だ。
「いやいや、俺は君の名前を知らないし。何より、メリットがない」
俺は少し後ろにずれて、そう言葉を投げ掛ける。
「あら、私の名前を知らないだなんて、どう言うことかしら? そんな嘘が、通用するとでも?」
薄く笑みを交えて、腕を組んでそう言ってきた。
何この子、自信過剰すぎない?
「いや、マジで知らん。なんか有名人なのか?」
「はぁ、クラスメイトのましてや、委員長を覚えていないなんて、どういう生活をしているのかしら?」
いや、知らねーよ。有名人かと思って、考えた時間を返せ。
「悪いな、いちいち覚えていない。これはたんなる偶然だろう」
俺はラジオを見せながら、そう呼び掛ける。
先ほどから委員長さんは、何時でも攻撃できるのよ? といわんばかりの気迫を放っていて、警戒を解くことができない。
「解せないけど、仕方ないわね。嘘を言っているようにも見えないし……そう言うことにしてあげるわ」
委員長さんは言うだけ言って、優雅に教室からでていく。
俺は呼び止めることも、追い付くこともせずに、その背中を見送る。
俺の久しぶりの放課後は、まさに波乱万丈と言うやつだった。
・・・・・・・・・・
もうすぐでマンションの部屋の前に着くというタイミングで、足を止める。
いや、正確には止めるしかなかった。
何せ、自分の部屋の前に見知らぬフードを被った人がドアを背に座っているのが俺の視界に入ったからだ。
背格好からして同い年くらいだが、あいにく知り合いと呼べるほどの人は俺にはいない。
つまり知らない人物が部屋の前で待ち構えているのだ。
幸い、まだ気づかれてはいないが……
だが、早く買った材料で、カレーを作りたい。
意を決して、廊下を歩きドアの前にいく。
だが反応がない。
「あの~、どうされたんですか?」
仕方がないので、そう声をかける。
「……河野さん?」
そう声を漏らして、倒れてしまった。
俺を訪ねてきたのか? 何者だ?
フードの隙間から見える顔と声からして、女の子だと分かった。
しかし、見覚えがない。
どうしたものかと思っていると、階段を誰かが上ってくる音が聞こえてきた。
このままだと不審に思われるな……
その子の体を担ぐ。思いの外、軽かった。
体の柔らかさとのとミルクのようないい匂いにドキドキしてしまう。
戸惑いながらも急いで鍵を開け、中に入る。
家にいれたはいいけど、どうするんだ?
リビングけん寝室の部屋に女の子をおろして、座布団を枕の代わりに頭に敷いてあげる。
ふむ、変な光景だ。とりあえず、手を洗って、晩御飯の支度を始めるか。
無理に起こすのも、かえって警戒されそうだしな。
俺はいそいそ、準備に取りかかった。
ニンジン、ジャガイモ、マッシュルーム。
一口大にきったそれらを鍋にいれ、フライパンで炒めた牛ブロックもいれて、最後にカレールーを投入し、弱火で焦げ付かないように見守る。
部屋に、カレーのいい匂いが漂う。
これで時間が止まっても、ご飯には困らない。
およそ十人前ほどのカレーを見て、ほくそ笑む。
「う、う~ん」
突如、寝ている女の子がうなされているような声を出す。
火を止めて、そばにいく。
「河野さん……」
また、俺の名前を……
「おう、飯できたぞ」
ほっぺをつっつき、声をかけてみた。
「……ん、はむっ……あまり美味しくないのれす」
半目のまま、少女が俺の指をかじる。
「おい、それは俺の指だ。痛いから離せ」
実際にはあまがみのため痛みよりも驚きがでかいのだが、そう言っておく。
「なんと? バッチい物を口にいれてしまいました」
少女は目を開き、口を押さえながらそう言ってくる。
「汚なくはないと思うぞ? というより、他に言うことはないのか?」
「ああ、あわれな私は、この誘拐犯人にもてあそばれるのね……」
泣き真似をしながら、そう言われてしまう。
「あのな、いいかげんにしないとマジで怒るぞ?」
「これは失礼しました。アスカちゃんの早とちりなのです」
少女はクスクスと笑い、頭を下げた。
「謝りたいのか、バカにしてるのか、分からん態度だな!?」
「バカになんて、してないのです。それより、お腹がペコちゃんなのですよ?」
某キャラがお腹にいたら、ホラーだな。
「図々しい奴だな。まあ、俺は今気分がいいから、食わせてやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
アスカ? は、人形のようなクリっとした綺麗な茶色の目を輝かせた。
「そうと決まったら、そこの折り畳みの机を出しといてくれ。俺はカレーをよそうから」
「了解であります」
ビシッと敬礼をしながら、そう返事を返してくれる。
可笑しな奴だ。 詳しい話は、食事をしながらだな……
「これ、美味しいのです」
「そうだろ、そうだろ」
やはり、カレーは全国民の味方だ。
「ぷぃ、ぷぃ~」
よく分からん声をだしながら、三杯目のカレーを彼女はたいらげる。
俺は二杯目だが、この子は後何杯食べるんだ?
「おかわり~。自分でよそっていいですか?」
「ああ、いいけど?」
「ぷぃ~。あ、いれちゃえ~」
俺は今、軽いめまいすら覚えていた。
あろうことか、炊飯器の米を全部カレーの鍋にぶちこんだのだ。
およそ三合ほど、それをいれた鍋ごと、俺の前に持ってくる。
「よく食べるな?」
「たりなそうなのです~。でも、ご厚意なので、我慢します」
マジかよ、俺はとんでもない化け物を家にいれたようだ。
その言葉が嘘でないのが分かるくらいに、彼女は幸せそうな顔でカレーを食べていく。
「なぁ、そろそろ名前を聞かせてくれないか? アスカとか言ってたような気もするが」
カレーの鍋を傾けてたいらげるのを見届けた後、そう声をかける。
見事な食べっぷりだ。
「? 私がですか?」
「そうだ。アスカていうのか?」
この子は何をいっているんだ?
「あ~、私の名前、教えてなかったですね?」
「聞いてないから、聞いているんだが……答えづらいのか?」
「いえ、そんな事はないですよ? 私は山田です」
「……そうか」
目をそらして言っているし、嘘なんだろうな。分かりやすい。
「なら、誰に俺の事を聞いたんだ?」
「それは、答えられないです」
今度はまっすぐ目をみて言われる。
「そうか、なら何しにきたんだ?」
「貴方の人生の手助けです」
これまた、まっすぐな目だ。
たが生憎、手助けが必要な人生とは思っていないんだよな。
「物売りか何かなのか? 生憎、何も困っていないぞ」
俺はお茶を飲みながら、そう聞いてみる。
「物売りではありません。いいですか? 私は貴方を救うために未来からきたんですよ!」
どや顔で、そう言われた。
うん、この子はたぶん頭があれなんだろうな。
「そうか、なら今すぐ帰ってくれ」
「そうでしょ、そうでしょって、なんで帰れとか言うんですか!」
「いや、怪しすぎるだろ。それに助けなんて求めていない」
「いいえ、帰りません。貴方は町内会の祭りの日に、葉山京香とデートして結ばれる必要かあります」
その言葉に、お茶を吹き出してしまう。
「な、なんでその名前を……」
「フッフフ、私は未来からきたんですよ? 貴方の人生の後悔をなくすために」
答えになっていない回答だ。
「つまり、どう言うことだ?」
「貴方は葉山京香に告白しなかったことを、後悔しているのです。その未来を帰るために私はやってきました」
「おいおい、意味が分からないぞ? 俺は一人がすきなんだ! それが告白? 世界線でも間違えてるんじゃないか?」
きっと、そうに違いない。テレビとかのSFでよく言っている、世界線が~のやつだ。
「そんなことありません。そもそも分岐理論はあり得る話ですが、私達が間違えるはずがないのです」
「達? 他にもきているのか?」
「いえ、私だけですよ。送ってくれた方が、凄く優秀なんです」
凄く得意気な顔だ。自分のことではないのに……
「分かった。仮にそうだとして、今の俺にその気はない」
「その気はないって……そんなの困るのです」
握った手をブンブンとふって、抗議してくる。
「そんなこと言われてもな……そもそも、接点もないのにどうして後悔したんだ?」
「え? そんなはず……だって高一から好きだったって?」
何を言っているんだ? 今日初めて会話したぐらいだぞ? やはり会話が噛み合わない。
「OK、OK。なら、その事を未来の俺につたえてくれないか?」
そうすれば、違う世界線に着たことも分かるだろう。
本当に未来から来ているならの、話だけどな。
「それができなくて、困っていたのです」
「どう言うことだ?」
「この世界に来たときに、端末を落としてしまったのです」
この子、やっぱりバカだ。
「そうか、なら見つけてこい。そうしたら信じてやる」
どうせ、家出かなんかだろう。
あきらめて、帰ってくれ。
「う~、分かりました。ご飯、ありがとうございました」
少女はそう言って、玄関から出って行った。