第十三話
「それじゃ、お休み」
「お休みなのです」
二人にそう言われて、俺は一人脱衣所に向かう。
葉山の指示で、夜は出ないように言われたのだ。
まあ、仕方ないか。シャワーを浴びて、自分もタオルを引いてその上に寝転ぶ。
色々ありすぎだ。このまま、一週間耐えるのか……
念のために、手の届くところに銃も置いてある。
でも、まだ疑問が残っていた。
それはあのラジオのような無線から聞こえた、葉山の声だ。
何故未来の葉山が山田に話していたのか、そこが俺にとっての最大の疑問点。
そして、山田の本名……考えるときりがない。
もし、このままいけば未来に行けるだろう。
その時に真実も聞けばいい。
そう結論付けて、俺はそのまま眠りについた。
・・・・・・・・・・
「お早よう、河野君」
ドアが叩かれて、目を覚ます。
あれ、葉山の声がするな。
「そうか、これは夢だ」
俺はそう声を出してもう一度、目をつぶる。
「ふざけないで、早く出てきなさい」
本当に苛立ってるな。ふざけるのはやめて、扉を開けるか。
「悪い、どうしたんだ?」
「山田さんがいないのよ。後、普通に世界が動いてる」
世界の方が後回しかよ。
スマホを確認すると確かに時計が進んでいる。
「山田はたぶん、準備だろうな。前も急にいなくなったし」
「そうなの? それと予想してなかったわけじゃないけど、不味いことになったわ」
「どうしたんだ?」
「私が家に帰ってないことが、父にばれたの」
なるほど。そりゃ冗談なんて、言ってる場合じゃないな。
「そこはあれだ、俺が今度こそ話すよ」
今の俺なら、人間らしく会話できるだろう。
「どういうふうに?」
「娘さんと遊んで、寝落ちしましたって」
どうだ、この分かりやすい説明は。
「最低すぎる。殺されたいの?」
どうやらダメらしい。
「そうだな、その場で本気出すから、家に行くぞ?」
「まあ、離れてあの機械に襲われたくはないし、行きましょうか」
どこか諦めたようにそう言ってくれた。
二人で手早く身支度を済まして、俺の家を出る。
徒歩で三十分くらいで景色が変わってきた。
そのあたりは高級住宅街で、その中でも一際目立つデカい和風の邸宅が葉山の住んでいる場所だ。
「じゃぁ、入って」
葉山に促されて、恐る恐る家に入る。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
玄関に立っていた着物姿の女性が、そう声を出して俺を一瞥した。
「あ、どうも……」
その女性は、何も言わず奥に行ってしまう。
「気にしないで、そういう人なの」
「ああ、了解だ」
葉山に先導してもらって長い廊下を歩き、一番奥の左のふすまの前で葉山が立ち止まった。
「お父さん。帰りました」
「入りなさい」
渋い声の返事が、中から返ってくる。
「失礼します」
ゆっくりとふすまを開き、葉山が入って行く。
俺はその後ろに静かについて入る。
「朝帰りとは……そちらは?」
俺の存在に気が付き、掛けていた眼鏡を上げ、俺を睨んできた。
「この人は、友人の河野君です」
その言葉にますます、眉間に皴が寄る。
丸いちゃぶ台を挟んで、葉山の父の前に正座で座った。
その俺の横に葉山は座る。
「おはようございます」
「何故、君が娘といるんだね?」
挨拶は流されてしまった。
「色々ありまして、昨日家に泊めたんです」
バンッとちゃぶ台を叩いていて、父が立ち上がる。
「どういう事かね?」
声こそ冷静だが、凄い怒ってるようだ。
「お、僕の。親戚のも一緒でしたので安心して下さい」
「見え透いた嘘を言うな! 貴様は一人暮らしだろ」
凄い墓穴だった。ヤバいどうしよ。
葉山に助けを求めようと、視線を向けるとのんきにいつの間にか運ばれたお茶を、飲んでいた。
「いや、その色々りまして……お父さん落ち着いてください」
「貴様に、お父さんなんて、呼ばれたくない!」
ついに胸ぐらをつかまれてしまう。
万事休す。あれ? 二日連続で言ってないか?
「お父さん落ち着いて……」
「う、うむ……」
葉山の言葉に従って、手を放してくれた。
「別に何もないわ、今のところ」
何だよその含みのある言い方。
「どういう意味だ?」
ほら、お父さんも気になってるじゃないか。
葉山の父親は座らないまま、そう、葉山に聞く。
「告白されたの。河野君に」
何で地雷を踏むの? バカなの?
「本当かね?」
「……はい……本当です」
正座に戻って、震えながら答える。
「京香は、どういったんだ?」
「まだ決めかねていますが、そのうち紹介しようとは思てました」
その言葉に葉山父は座り直して、盛大にため息をついた。
「まんまとはめられたようだな……」
「え? どういうことですか?」
「京香、そうなんだろ?」
訳が分からないまま、無視されたので話を見守る。
「ごめんなさい。どうしても会って欲しかったから。それと、心配かけてごめんなさい」
葉山はそう言って、深々と頭を下げた。
「私はもう仕事に行かねばならん……京香がしたいようにしなさい」
葉山父は足早に部屋から出て行ってしまう。
「どういう状態なんだ?」
「説明するわ。ごめんなさい」
俺にお茶を渡して、そう言ってきた。
とりあえず話を聞かないとな。
少しぬるくなったお茶をすすって、落ち着きを取り戻す。
・・・・・・・・・・
お茶を飲み終わると、葉山の部屋に案内された。
女子の部屋は初めて緊張したが、畳張りの和室でタンスと長ぼそい机以外家具ないので女子らしさは感じない。
「片付いてるな」
「そうよ、私の部屋だもの」
得意げにそう言われてしまった。
八畳ほどの部屋の真ん中で座布団を引いて、正座して向かい合う。
奇妙な光景だ。
「それで話って?」
「私と父の関係って、どう思てるのかしら?」
「それは、厳しく育てられて、窮屈に思っているんだろ?」
少なくとも昔の感じはそうだった。
「そうじゃないのよ」
「え? どういう事だ?」
「確かに習い事は多いけど、昔ほどではないわ。河野君の言葉を聞いて、お母さんが死んでから、自分の間違いに気が付いたみたいなの」
「つまりどういう事だ?」
「お父さんは河野君に感謝してるし、私を思って過保護なくらい、良くしてくれてるわ」
そうだったのか、今回呼び出したのも怒ってではなく、心配が多かったのか。
「つまり怒ってはないのか?」
「それは分からないわ。今回は無断外泊だし……だから、河野君が付いてきてくれてよかった。怒られにくくなるから」
よく分からないが、俺には怒りづらいのか。
「役に立てたなら良かったよ」
「無理に父に合わせて怒らないのね?」
「別に挨拶が速くなっただけだしな……」
「私がまだ惚れてくれるとでも?」
ニヤニヤと笑って、そう聞いてきた。
「さっき、その可能性を感じたからな」
紹介する気が合ったようなので、そう言っておく。
「策士ね。面白いわ、一週間あなたの事を見させてもらうわ」
「それだけあれば、惚れてもらえないかな?」
「楽観的なのに、自信がないのかしら?」
小さく笑ってくる。
「人生初で、最後の恋のチャンスだからな。この後、デートでもどうだ?」
「ごめんなさい。この後は習い事なの」
「それは、仕方ないな。側に入るから安心してくれ」
「まるでストーカーね?」
「仕方ないだろ」
俺達は習い事の時間ぎりぎりまで、くだらない談笑を続けた。




