第十一話
突然、無重力に放り出されたような感覚が、俺を襲った。
身体が光っている。手を握っている感覚はあるから、葉山も一緒にいるんだろ。
雷の時に思っていたが、飲んだことはないがお酒に酔うとはこういう感覚なのかと。
「ここは……」
冷たい風に体が震える。
座ったまま辺りに視線を這わせると、夕日が昇っていた。
奥に小さく建物が見える。どこかの屋上のようだ。
もうこんなに時間が経っていたのか……
しかしこれは、どうなっているんだ?
「ねぇ、どうなっているの?」
腕を強く握られて顔を向けると、呆けたような表情の葉山が俺を見つめていた。
「分からない。だけど、助かったみたいだな」
先ほどの球体が見当たらない。
「そうね……本当にどうなっているのかしら?」
「それには、私が答えるのです」
俺達の後ろから声がして、葉山とほぼ同時に振り向く。
「や、山田……」
「山田さん?」
声の主はもはや懐かしい、パーカー姿の山田だった。
安堵した俺と対照的に、葉山はますます困惑したような声を出す。
「私がここに転送しました。葉山さんには少し説明が必要ですね」
いや、俺にも説明して欲しいが、ここはおとなしく聞いておくか。
「転送? まぁ、説明してくれるなら助かるわ」
「はい、まずは私は河野さんの親戚ではありません」
「それは知ってるわ」
山田の言葉をバッサリと切り捨てる。
「え? 知ってたのか?」
俺は驚いてつい、言葉を挟んでしまう。
「言ったでしょ? 貴男の事を父が調べていたって……その資料を私も見たのよ」
なるほど……言われてみればそうだよな。
「だがどうして、さっきはツッコまなかったんだ?」
「誰だって、言いたくない事の一つや二つ、あるんじゃないかしら?」
確かにその通りだ。むやみやたらと他人の事情に首を突っ込んでいては、不幸な人生になるだろう。
「あの、話しをしてもいいですか?」
山田がそう聞いてきた。
「あら、ごめんなさい。ぜひ教えてくれないかしら?」
「私は未来から、貴女を助けるために来ました」
「未来から? もう、わけが分からないわ」
葉山は立ち上がって、頭を振るう。
想像が追い付かないんだろうな。
「それは本当だろうな。前の雷の時も山田が助けてくれたんだろ?」
色々と信じざるを得ない俺は、そう声をかける。
「はい、そうです。渡した腕輪が転送デバイスになっています」
山田は後ろで手を組んで、左右に動きながら教えてくれた。
なるほど、確かにこの腕輪が光っていたな。
「河野君は信じるの? そんなあっさり?」
「起こった事実を受け入れなければ、前には進めない。現状を見れば、信じる以外に選択肢がないと思うぞ」
どこまで教えていいか分からないので、そう返す。
「河野君は柔軟ね? 私もそう思いたいけど、飲み込みづらいわ」
それは仕方ないだろう。俺だって、こんなことが初めてだったら、困惑して、声すら出さなくなっているだろうし。
「そして、予想外なことに未来が貴方を殺しに来たのです」
「なるほどな……未来を変えたからか?」
「そうだと思います。私はその敵の排除に動いていたのですが、数が増えすぎましたのです」
「あんな恐ろしいロボットが、他にもいるの?」
「はい、ですが私と河野さんがいるので安心して下さい」
俺の方を見て、微笑んでそう言ってくる。
「俺に何ができるんだ?」
「これを渡します。小型のレールガンです。守ってあげてください」
パーカーのポケットから、銀色の玩具の銃のような物を取り出して、手渡してくれた。
手に触れるとずしりと重く、無機質な冷たさが伝わってくる。
「山田はどうするんだ?」
「脱出の準備をします」
「脱出?」
「未来に二人を逃がします。そこで立て直しましょう」
「ちょっとまって? どういう事? 私が何で襲われるの?」
俺の手を放して、葉山は声を荒げた。
「話してもいいか?」
「こうなってしまった以上必要な説明でしょうし、いいですよ」
山田の許可を得て、これまでの経緯を葉山に説明する。
葉山は驚いたような表情をしながらも、黙って最後まで聞いてくれた。
・・・・・・・・・・
「そんな……すべては河野君の演出……」
怒っているような、困惑してるような声を葉山が出す。
「違う、未来を変えたいんだ。確かに山田をおかげで、こうして話す機会を得たが」
「運命が向いたと思ったのに! もう嫌、貴男といる方が危険よ」
葉山はそう言って、ドアが見える方に走っていってしまう。
「おい……」
どう声をかけていいか分からず、手を葉山に向けて伸ばしたまま固まる。
「河野さん、何かあったら、また願ってください。その腕輪は念話もできますから」
山田は葉山を追いかけて、行ってしまった。
一人取り残された俺は、地面に膝をつく。
俺の初恋はもう終わったのか? そもそも初恋って何だ? 未来の知らない俺がしてただけだろ?
何も悩む必要ない。葉山は山田が助けてくれるだろう……本当にそれでいいのか? 俺は、俺自身は、どうしたいんだ?
目をつぶり、自問自答を繰り返す。
「山田、葉山はどうなった?」
俺は声を出しながら、腕輪を見つめた。
使いかたなんてわからない。でも、伝わると思って……
『家に帰ろうとしてます。でも、世界が止まってるので、途方に暮れてるみたいですよ?』
山田の声が聞こえた。伝わったんだ。そう言えば時間が止まっていたな。
「山田は何をしてるだ?」
『私は見えないところから、様子を窺ってます』
「中々に悪役だな」
俺は小さく笑う。
『河野さんを転送するので、ちゃんと話し合えますか?』
どこか心配するように、そう聞いてくれる。
山田は俺達を恋人にするのが目的だが、それでも今の時代を俺の意志を尊重してくれるようだ。
「頼む。葉山と話したい」
俺は覚悟を決めて、そう返事を返す。
もう恋仲になれなくてもいい。それでも俺は、葉山には生きていて欲しい。
でも、もし願いが叶うなら、葉山の側で過ごしたい。そう思えるくらいに、葉山との時間が楽しかったから、これで終わりにしたくない。
『分かりました』
山田の返事聞くと同時に、空に投げ出される感覚が俺を襲った。