第十話
「とりあええず、ここに隠れるか……」
「そうね。少し疲れたわ」
二階に上がり、街の化石コーナと書いてあるエリアに身をひそめた。
しかし本当にどうなっているんだ?
街開発時に出た化石の入ったショーケースの一つに、背を預けて座っているのだが、見たことない化石まで認識できている。
「それにしても、葉山は冷静だな」
「慌てても仕方ないでしょ? それに河野君もいるし」
「それはありがたい言葉だな」
息を整えながら笑い返す。
「それを言うなら、河野君も冷静よね?」
「それは……信じてくれなくてもいいが、俺は時が止まる現象には何度か遭遇しているんだ」
話すか悩んでいたが、ここは話すべきだろう。
「時が止まる? そう言えば、他の人がさっきからいないわね……」
目を大きく開いて驚いた後、顎に指を当てて、葉山は冷静に分析を始めた。
「まあ、襲われたり色々と状況は普段と違うが似ているんだ」
考え始めた葉山にそう補足をいれる。
「こんな状況なら信じるしかないわね。どうすれば戻るのかしら?」
分析を終えたのか、そう聞いてきた。
「そうだな、今までは自然と戻っていたが、襲われたのがまずいな」
「どうして?」
「ゆっくりできない。犬に追われたりはあったが、あれは明らかに犬よりヤバい」
「理由が面白いわね。まあ、自力でできないなら、やり過ごすしかないわね」
凄い胆が据わてるな……
「そうだ。これ、返し忘れてて悪い」
腰につけたポシェットから文庫本を取り出し手渡す。
「この状況で渡すのね……まぁ、暇つぶしにはいいかも」
小さく笑って、本を受け取り開く。
「今、読むのか?」
「どうせ暇なんだし、もし追ってくるようなら、任せたわよ」
同い年かどうか怪しいな。はっ、もしかしたら、葉山は異世界人とか?
「今、失礼なこと考えてない?」
ジトっとした目で、睨まれたしまった。
「してないぞ。了解だ、見張りは任せろ」
「まぁ、いいわ。ねぇ、少し話をしてもいいかしら?」
「かまわないぞ」
ショーケースから少し顔を出して、入口を見ながらそう返事する。
「この本は私の様子が書いてあるのは、知ってるわよね?」
「ああ、悪いが全部読んだ」
「素直なのはいいことね。まぁ、読んでるだろうから話すことにしたんだけどて」
「その本についてか?」
「本というか……母が心配している事についてかしら。母はあなたの言葉を聞いて、習い事を減らしてくれたの」
「ほう、そうだったのか」
まさか子供の俺の言葉が採用されて、少しでも手助けができたなら嬉しい限りだ。
「そのことで、父が怒って、河野君を調べてたみたいなんだけど、変なことはない?」
「そんなことになっていたのか……まあ、何ともないぞ」
「本当に? ご両親とかも?」
「ないない、あの二人は世界を飛び回ってるし、俺は一人でひっそり暮らしてるだけだしな」
「あれ? 山田さんは?」
「ああ、あの日は遊びに来てたんだよ。また来たら、遊んでやってくれ」
あぶない、あぶない。何とかごまかせたか?
「そうなのね……それで母の話に戻るのだけど、河野君と遊ぶたびに私が笑顔を増やしていくから、河野君に感謝してたわよ」
そうだったのか、家に送って以来俺は葉山の母親に会っていない。
暗くなる前に帰るようにう促してたから、送る必要もなかったのだ。
「そうか、まあ、葉山の父が政治家と知ってたら、その頃でももっと、慎重になってたかもな」
「どういう意味かしら?」
「俺はひねくれた子だったんだ。政治家なら、慎重に接するだろうなって」
「それは今もかしら? 政治家と知ったら、深くはかかわりたくない?」
葉山の声に力が入った気がする。
「いや、それはないな。こうして喋っていて思ったんだが、俺は意外と人と接するのは嫌いでもないらしい」
「つまりどういう事かしら?」
「葉山と会話するのは嫌いじゃない。だからたまにでいいから友達として会って欲しい」
俺は頬が赤くなるのを感じながら、そう素直に話す。
「フフ、友達でいいのかしら?」
「何だ? ペットならいいのか?」
「本当にひねくれてるわね……」
「おっと、話は終わりのようだ」
入口の方から、影が伸びてくる。
「本当にあなたといると退屈しないわね?」
「そりゃどうも。端に非常口があるから、そこから出るか?」
「それはいいわね。あれが一体だけなら待ち伏せもないだろうし」
その時、爆発音のような音とともに壁が崩れ落ちた。
「マジかよ……」
「これは不味いわね……」
「俺がおとりになるから、逃げてくれ」
「何を言ってるのかしら? そんなのできるわけ……」
「目標を発見。デリートを開始」
またも球体が不穏な声を発する。
真ん中が怪しく光り始めた。
「ここまでか……」
「あきらめるの?」
不安そうに聞いてくる。
「いや、俺が飛び出せば」
「バカなこと言わないで、それと私の前で死なないで」
「嬉しい言葉が身に染みるな……だが、どうするべきか」
万事休す。まさにその言葉通りだろう。
このままでは殺される。
先に逃げるべきだったか? だがどこ似るか分からない状態で歩くのは危険だった。
この選択は仕方がないことだろう。
どうする? 俺としては葉山の死だけは避けたい。
せっかく久しぶりに楽しいと思えてきたのに、その事が終わるなんて、しかもこんな訳の分からないことで……
もしかしたら、山田の言うように恋するかもしれないのに……いや、もう――
「どうしたの黙り込んで?」
俺が黙っていると葉山がそう声をかけてきたので、考え事を辞める。
「少し聞いてくれないか?」
「何かしら?」
「どうやら俺は、葉山に恋してるようだ」
「あら、そうなの? 私も好きだから嬉しいわ」
淡々とそう言って、手を握ってくれる。
こんな嬉しい告白ってあるのかよ。
俺は自然と笑ってしまう。
「ありがと」
「どういたしまして。ところで、腕が光ってるけど何かしら?」
葉山に言われて、腕を見ると確かに光っていた。
そう言えば山田がくれた腕輪、してたんだけ……
球体が放った光が迫ってくる。
山田、頼む助けてくれ!
情けなく、そう助けを願った。




