第九話
俺は電車に乗り自分が住む住宅街の田舎風景から、都心への移り変わる景色を窓の外を眺めて楽しんだ。
座席は混んでいたのでドアのすぐ横に立ち、三駅ほど移動する。
今日は珍しく少しオシャレをして、衿の付いたシャツとスラックス姿で目的の駅で降り、改札を抜けた。
冬らしい冷たく澄んだ空気と寒さが俺を歓迎してくれる。
どこからか流れるクリスマスソングを聞きながら、駅前に設置された巨大なクリスマスツリーの前で、葉山の到着を待つ。
明日になればクリスマスイブなので、カップルがそこらかしこに歩いている。
空は雲一つないが、始点運用を兼ねているらしいドローンが箱を運んで飛んでいた。
文明の進歩は凄いものだが、どうにも人の出番が減っていくのはいいことなのかと、そんなことを考える。
だってそうだろ? 仕事を取られているのだから。俺達若者は将来ドローンや機械の修理以外に仕事の選択肢がないのではないかと、そんなふうに思ってしまう。
「あら、楽しいデートだというのに、難しい顔をしてるわね」
そこまで考えたところで、後ろから声をかけられた。
「おう、おはよう。若者の仕事について考えていたんだ」
そう返事をしながら、葉山の方を向く。
振り向いたさきにいた葉山の服装は、白色のモコモコした服に、キャロットスカートと実に女子らしい格好だった。
「そんなまじめな河野君とのデートはさぞかし、楽しい物なんでしょうね」
笑いながら煽ってくる。
「どういう理屈か分からないが、楽しい物にしてみせるよ」
「それは楽しみだわ。行きましょうか」
笑みを浮かべた葉山と街に繰り出す。
こうして、俺の初デートが始まった。
・・・・・・・・・・
「この街は凄いな?」
「そうね。でもまさか、ここに来るなんて思いもよらなかったわ」
展示物に目を向けながら聞くと、葉山はそう返してくる。
俺達がいる場所は、街の歴史博物館だ。
話題が尽きず楽しめる場所を考えた時に、思いついたのがここだった。
葉山は何故か冷めた目で、俺を見てきているのだが……
「なんだ? つまらないか?」
「ある意味そうかもしれないわね?」
壁を見ながらそう言われたのでその壁を見ると、葉山仁葉山の父親の紹介が書かれているのに気が付いた。
いや、正確には葉山家の歴史だ。
「本当に凄いな」
「嫌みかしら? 別に凄くもなんともないわ」
二人で壁の前に行き、家系図を見る。
最後の欄に葉山京香の名前も載っていた。
「この街の代表だからな。十分凄いぞ」
俺はそう答えながら、他の展示物に移動しようかと促す。
葉山家はこの街の大地主で、政治家一家だ。
確かお爺さんが財務大臣で、お父さんがこの街の県長をしている。
「どうでもいいわ。私には、関係ないもの」
「政治家にはならないのか?」
「ええ、私はやりたいこともあるし」
それは凄いな。俺はただ生きてるだけなので、葉山がまぶしく見える。
「それは言い事だな。お、アイティー革命のコーナーだぞ」
奥まった暗いエリアの入口を指さす。
「そう言えば、進路調査はどうしたの?」
俺の少し後ろを歩きながら、そう聞いてきた。
「無くしたんだよ。それに、俺にはやりたいことないし」
「適当なのね」
少し笑って、そう言われてしまう。
「人間はそれくらいでいいんだよ」
「もう少し真面目だと思っていたわ」
楽しそうにそう言って、俺より先に進んでいく。
エリアの中はドローンの操作体験や、バーチャル空間の進歩などのコーナがあるようだ。
「そういう葉山のしたいことって、何なんだ?」
「私? 私は宇宙飛行士になるのが、夢なの」
立ち止まってそう教えてくれる。
もう少し渋られるかと思っていた。
「それは凄いな。星が好きなのか?」
「それもあるけど、宇宙から地球を見てみたいの」
それは壮大な夢だが、葉山なら叶えてしまいそうな気がする。
「その時は俺を見つけてくれないか? ピースとかしてみるからさ?」
「バカなの? 見えると思う?」
冗談だったのだが、冷たい目をして返されたしまった。
「そうなったら、俺が見える望遠鏡を作って見せるさ」
笑いながら、胸を叩いて威張って見せる。
「それは楽しみね」
クスクスと笑って、バーチャル空間のコーナーを葉山は見始めた。
少しは空気を換えられたなら、良かったな。
・・・・・・・・・・
「これなんか凄いな? バーチャル医療だそうだ」
バーチャル空間で、お喋りや動物と触れ合う未来と書かれた場所で立ち止まる。
「そうね、仮想空間で心のケア何て、ニートが増えそうね?」
「歪んでるな、素敵な世界になりそうじゃないか?」
「何? 河野君はオタクなの?」
「別にオタクじゃないが、それは偏見じゃないのか?」
「それもそうね。でも、この未来が来れば、河野君みたいな人は余計に外に出ないんじゃない?」
そう言われて、言葉に詰まってしまう。
「あら、図星なのね? でも、使いようによってはすごい技術になりそうね」
葉山はそう続けて、説明を読み始めた。
「そうだよな……」
俺も横に立って、説明を読むふりをする。
そうしながら周りに視線を向けていく
実は先ほどから、違和感を感じていた。
この博物館に入ってから、人を一人も見ていないのだ。
もちろん、午前中から博物館にそこまで人が来ないとは思っているが、一人もいないのはおかしい気がする。
それとなく、ポケットからスマホを取り出して画面を見と、圏外になっていた。
いや、そこまではいいのだが、時間が止まっている。
「どうしたの?」
俺の様子に気が付いたのか、葉山がそう聞いてきた。
「スマホが壊れたのか、時間が止まってるんだ」
「そうなの? あれ、変ね? 私も動いていないわ……」
葉山も鞄からスマホを取り出して、確認してくれた。
だが、葉山のスマホを時計が止まっているみたいだな。
「もしかしたら、世界の時間が止まったのかもな」
「あら、ロマンチックな演出ね?」
俺が落ち着いているので、何か仕掛けたと思っているみたいだ。
「俺はそんなことできないし、何よりそこまで財力がない」
「そこは、そんな力をいれなくていいんじゃない?」
力強く断言した俺に、冷静にそう言ってきた。
「まあ、取り敢えず博物館を出ようか?」
「そうね、外に行けばスマホも直るかもしれないし」
圏外のせいで時間が狂ってると、思っているんだな。
これは逆に好都合だ。
変に騒がれないし、何より誰かと一緒に時が止まったことなんてない。
ましてや、人払いのような状態も初めてだ。
俺も業況を整理したいし、早く出てしまおう。
出口に向けて足を向ける。
「何だあれは……」
誇張でも何でもなく、空間に裂けめのようなものが前方に見えた。
「何かしら?」
葉山も気が付いたのか、足を止めてそう声を漏らす。
その隙間から、大玉転がしの玉のようなデカさの球体状の機械が出てきた。
「おいおい、SFCGかよ……」
「そんな展示物は、なかったはずよ?」
念のために葉山の前に立ってそう言うと、そう返される。
「……目標を発見。デリートを開始」
機械は合成音声のような声を出して、球体の体から二本の腕の様なアームを俺達に伸ばしてきた。
「よく分からんが、逃げるぞ!」
「え? ちょっと、河野君」
物騒な言葉をはしっていたので、葉山の腕を掴んで走り出す。
展示物をなぎ倒しながら、腕は俺達を追尾してくる。
そう言えば展示物は再現できてるんだな。
そこまで覚えていない展示物まで、ちゃんと視界に入ってくる。
これまでとはやはり何か違う。
「とりあえず二階に行こうか」
「そうね……。それにしても、警備スタッフは何をしてるのかしら?」
葉山からすれば、そう思うよな……
展示物の間を縫うように走り、二階に続く階段を上る。




