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世界を憎み、恨んだ者達は破滅を願った。例えそれが聖女でも…

作者: 日森

 冷たく飾り気の無い広い部屋で何度も思った『世界なんて滅べばいい』と。


 「聖女様、教会に向かうお時間です」

 「わかりました」


 いつもの様に扉の無い部屋の前に私と同様に白を基調とした()()が私を聖女と呼び、部屋から連れ出す。

 『聖女』とは、王国が信仰する神より与えられし称号。その『聖女』の力は神のお声が聞くことができ、未来に起きる厄災の対策を聞き出すことができる存在であり、またそれだけで無く、神聖魔法という物を与えられ弱き民を救う為にその力が使えるらしい。

 『聖女』は英雄譚出てくる様な生きる英雄の様な存在だ。誰もが崇拝するのは当たり前なのだろう。それが例え、これから目に入る()()()()()()()()()()


 「聖女様が見れるかな?」

 「聖女様〜!」

 「聖女様…」


 人形に連れられるに歩いて行くと外から聞こえるバケモノ達の声に昔は恐怖で仕方がなかった。

 一歩進むたびに耳に伝わって聞こえてくるたびに足が震えて前に進まない時期があったが今では、震えが無くなった。

 そんな事を考えていると外に出るとバケモノ達は声を上げて私を喜ぶ。


 「聖女様!」

 「聖女様〜!」

 「聖女様、こちらにお顔をお見せ下さい!」


 あぁ、何度も見て、聞いたバケモノ達から発せられる一言の言葉と視線に目と耳を塞ぎたくなる程、聞いていると本当に――







 ――本当に、キモチガワルイ。


 




 こんな事を何度を思い、苦しんだことか…それでもそんな気持ちを曝け出す事なく、黒い感情を心の奥底へしまい、バケモノ達に顔を見て手を振る。


 「おぉおおお!」

 「聖女様がお手を振ってくださった!」

 「ありがたやありがたや」


 歓喜の声を上げるバケモノ達の言動は私は理解出来ない。いや、元から理解したく無い。

 

 「聖女様、教会へ向かう馬車へお乗り下さい」

 「えぇ」


 人形はテキパキと自身に与えられている役目を果たしていく。

 そんな、人形の言葉通りに馬車に乗り込み、目的地の教会へと馬車が走り出す。

 

 「…」


 昔は馬車に乗る事は嫌いでは無かったが、今は大嫌い。理由は目の前に黙って私を監視する人形がいるからだ。


 「…」

 「…」


 人形は初めて出会った時から無駄話をしない。ただ、私のお世話と監視、護衛をする為に教育というなの異常な選別をされて作られた存在。

 そんな人形は私の為に動いているのでは無い。教会という存在の為に動いてる。そんな存在を人形と言わずして何だろうか。

 教会の監視者の駒とも言える存在に私は眼を背け、馬車の窓から映る外に眼を向ける。

 すると、その窓の先には私を護衛する馬に跨る騎士が目に入る。その光景を見ていると何処から暖かい声が聞こえた。


 『リンファ様、ご一緒に庭園で散歩しませんか?』


 兜に紅色の羽を取り付け、私に優しい笑顔で手を差し出してくれた騎士の事を思い出す。


 「っ」


 だが、その声の主はこの場にいない。聞こえたのは幻聴。それでも幻聴だと、自覚していながらも忘れられないあの不恰好な手の温もりは私にとっては救いだ。あれこそが人の温もりと呼べるものだと、私は知っている。

 だから、もう一度会いたくて、その人の暖かい手と触れたい。私にとって救いはもう――。


 「彼はもうこの世にいませんよ、聖女様」

 「ッ…」

 「彼は教会の裏切り者です。お忘れになられて下さい」


 人形は私が頭の中で考えていた事を察したのか、冷たい言葉を私にかける。

 だが、人形の言葉は事実であるが故に言い返したくても言い返せないことに苦しみが増える。

 私の救いで彼は教会の騎士だった。教会に所属する騎士はほぼ聖騎士という存在で、騎士の中でも最上位に位置する称号の持ち主。

 騎士は殆どが貴族からなるものが多いが彼は異例の平民出身の騎士であり、聖騎士の称号を貰える事すら無いと言って良いほど存在だったが、彼は人の為に働いて行く内に国民に認められ、聖騎士に至った。

 彼は『炎の騎士』または『赤羽』の二つ名を国民達につけられるほど強い騎士だった。


 「分かってます」

 「…」


 人形の言葉に本当は受け入れたく無くても話を伸ばすのを避けて受け入れる様に答えながら彼との出会いを思い出す。

 彼と私の出会いは最初は良く無かった。私が聖女として活動して三年目に出会ったのが始まりだ。

 当時の私は聖女としての生活が嫌いだった。神の治癒の奇跡を何度祈り続ける生活。時より、助けれなかった魂を見届けたりと日が経つに連れてその役目に精神が壊れ、苦痛で仕方が無かった。

 そんな時、彼と出会った。私は最初は彼も教会の人形と変わらない存在だと、思っていた。私はこれ以上教会の人形と居れば、私が壊れると理解して逃げる様に距離を取った。彼は私の元へ無理に近づかなかった。

 ある日、また救えなかった魂にバケモノに怒鳴られて私は等々心が壊れそうになって教会の庭園に逃げ込んでそこで泣きたくても自然に我慢しようとする私がいた。

 自身がまるで教会の人形達に近づいていることに気が付き頭に絶望という一文字が過った時、頭に何か被せられた。

 それは花で編んで作られた不恰好な花冠だった。

 振り向いて被せてくれた人を見ると彼だった。


 『大丈夫ですかリンファ様?』


 彼は優しい声で跪いて私上から覗く様に私を見つめながら心配をする。

 

 『何なんですか?こんな物人の頭に乗せて!喜ぶとでも思いましたか!?思うわけない事ぐらいわかりますよね!』


 私は彼の不釣り合いな行動に苛立って当たった。だが、彼はただ私を見つめて口を開く。


 『それが貴女なんですね…なら、良かった』


 彼は今度は不釣り合いな発言をするせいでまた私は苛立って彼に当たる。近くにあったモノを片っ端から投げつけ彼に罵声も当てつける。しかし、彼は投げられたモノを交わす事なくただ、私を見つめる事をやめない。

 そんな事を続けて行く内に私は自身の弱音が漏れてしまった。

 

 『嫌だった。これ以上、祈っても救えない魂がそこにあって、救えなかった時に慰めてくれる人が周りにいないのが苦しくて苦しくて…』


 気が付きけばボロボロと涙が溢れ出して泣きながら弱音を吐いていた。


 『ひぐっ…助けて欲しかった…人じゃあ無くなって行くのが…ひっく…怖くて』


 限界だった。治癒の力に努力を怠った事なんて無かった。救いたい気持ちは確かにあった。だが、救えなかった魂を見るたびに心が折れて行きくのに慰めてくれる者は教会に一人もいなかった。

 バケモノが怒鳴り出した時はもう限界だった、何も救えない自身に真っ黒な絶望が纏わりついて来る恐怖が私を壊していた。


 『これで拭いてください』

 『ひっく…ありがとう…ござい、ます』


 彼から差し出されたハンカチで涙を拭っていると彼は私の頭を撫でる。


 『貴女は十分頑張っています。こちらへ配属されてまだ一週間足らずのお…ゴホン、私ですが貴女の頑張りはこの目に焼き付いています』


 彼は慰める言葉をかけるが教会では、そんな行動は当たり前だ。私にとって何の慰めもない言葉だったが次の言葉に私は驚かされた。


 『ですが、今回の様に泣きたい時があるなら私にお声を掛けてください。まだ、貴女を励ませる言葉がありませんが貴女の支えられる騎士になる事を私は約束します』

 『え?』


 人形らしくない発言に私は呆気を取られた。

 呆気に取られている私を前に彼は白い手袋を外して指でまだ流れる涙を拭い話す。


 『リンファ様は私が知らないほどの苦しみを背負っているのはわかっていてもその辛さを私は知らない…酷いモノですね…。苦しんでいる人が目の前にいるのに私は救えていない事は騎士失格に等しいですね』


 彼は自身を責める様に話すがそんな事は無い、現にことの時私を救ってくれているのに何故自身を責めているのが分からなかった。


 『ですから、聖女リンファ様。私は貴女の味方です。苦しんでいる時は貴女の苦しみを聞きます。解決できる様に案を出せる様に努力します。だから――もう一人で苦しまないで下さい』


 彼の真っ直ぐな目と言葉に私は此処で初めて気付いた。彼は私を名前で呼んでいることに気づいたのだ。

 教会の人形達やバケモノ達は私を聖女としか、呼ばないが彼は違う。ちゃんと人として与えられた名前で私を呼んでいた。その事に引いた涙がまた、込み上がってきてまた溢れ出す。

 

 『うぐっ』

 『アレ!?泣かせてしまった!?」


 彼はまた泣いている私に慌てるが私にとってその言葉と行動が嬉しくてしょうがなかった。

 彼は私を聖女という名の完全無欠な存在として崇める様な扱いではなく、人として名前を呼んでくれる事が私にとって大きな救いだった。


 『ねぇ、クトール』

 『はい。何でしょうかリンファ様』

 『ここはどうしたら良いと思いますか?』

 『ふむ、これは…』


 それからというもの私は彼に助けらればっかりだった。分からない事は私と考えてくれたり、祈りの時間の時は私を一人にしない様に同じ様に祈りを手伝ってくれる何気ない行動が私の心が癒していた。


 『貴方の手は暖かい』

 『そうでしょうか?男の手なんて不恰好なものかと、思いますが?』

 『そこがいいと…私は思いますよ』


 何となく触れさせてもらった彼の手は確かにごつごつとした不恰好な手だ。訓練で使った武器で出来たタコがより不恰好差を出しているが触れたその手は暖かい。離したくないと思えるほど心地良いものだった。

 

 そんな彼は私を困らせる事をあった…というか、私が困らせたとも言える事があった。


 『リンファ様!それは困ります!』

 『騎士クトール、大人しくしなさい』


 彼は顔を真っ赤な林檎のように赤くして、必死に逃げようとするが部屋は完全に施錠している為、彼は部屋から出られない。


 『本当に困ります!』

 『早くしてくれないと私が貴方に治癒できません!』


 その日は騎士クトールが魔物との戦闘で腕に怪我をしたという事を耳にしてすぐに彼を私の部屋に呼びつけて、治癒を施そうとするが彼は治癒を受けようとしない。


 『本当に困ります!聖女の治癒を受ける程の怪我はしていません!』

 『怪我はしてる事に変わりありません!』


 彼は大した怪我では無いと言うが、毒を持つ魔物に受けていたかもしれない。現に彼は顔が真っ赤だ。きっと発熱を出す毒かも知れない。

 そう、思って彼にジリジリと壁に追い詰める。


 『早く、私の治癒を受けなさい。クトール』

 『っ〜その前にリンファ様!』

 『何ですか?』


 彼はまるで何かを我慢していたのが限界に来たのか、話す。


 『治癒を受けます!だから、その格好を変えてください!』

 『格好…っ!?』


 格好と聞いて私は自身の服を見ると祈りの一つ『願いかけ』の後にすぐに彼の怪我事を知って急いだ為着替える事を忘れてまだ少ししか、乾いていない状態で彼を連れ込んでしまったのだ。


 『っ〜!み、見ましたか!?』

 『見ていません!神に誓って見てませんから早くお着替え下さい!』


 ようやく彼が真っ赤な理由を知って私も頬を真っ赤にしながら、彼を廊下に立たさせてすぐに違う服に着替える。


 『えっと、その…入ってください』

 『…はい、失礼します』


 気まずい空気の中、私は彼をもう一度部屋に入れて、今度こそ治癒を施すために彼を椅子に座らせる。

 

 『怪我をしたところは何処ですか?』

 『左肩です』


 彼はさっきの事をまだ引きずっているのか耳がまだ真っ赤なままだが、率直に答える。


 『わかりました。では、上の服を脱いでください』

 『はい』


 彼は私の言う通り、上の服を脱ぐと鍛え抜かれた身体が目に入った。所々が傷痕が残っているがその身体に魅了されそうに胸がドキドキと鳴り響く。


 『リンファ様…じっと見て、何でしょうか?』

 『はっ!ゴホン、治癒を施します』

 『お願いします』


 私はクトールに治癒の奇跡を起こす。


 『負傷し、苦しむものに治癒の奇跡を、ヒール』


 緑の淡い光がクトールの左肩の傷を埋めていく、完全に傷跡が無くなる。


 『ありがとうございます。リンファ様』

 『…』

 『リンファ様?』


 クトールは感謝の言葉をかけてくれるが私は黙って考えてしまう。彼の様な騎士がこんなに怪我をしているのにバケモノ達はその栄誉な働きを知らない。

 戦いなどに経験などは無い。けど、今まで見てきた怪我を見て治癒を施していたからこそ、思うのだ。

 彼の様な影で支える人達の働きを知らない人達を好き勝手に文句を言うバケモノ達の為に働く意味があるのかと、思ってしまうのだ。

 

 『クトール、教えて欲しい事があります』

 『何でしょうか?』

 『どうして貴方は騎士になる事を選んだのですか?』


 私はただ、神に選ばれて聖女となった。神に選ばれたからこそ私はその為に治癒について学び努力してきた。だが、彼は平民でありながら騎士になった。

 それは波ならない努力と根気が必要だ。特に聖騎士なんて、才能の一つも無ければなる事は一生無いと言っても過言では無い。

 彼にとって野暮な質問だと、理解している。でも、私には分からないのだ。辛い時、助けてくれない上に弱さを見せれない聖女の役目が与えられた私にとって知りたかったのだ。

 彼が選ばれた訳でもないのに騎士になろうとした事、答えなんて『人を助けたい』とか『騎士への憧れ』と言ったよくある答えかも知れない。けど、私はそれでも良いから知りたい。


 『そうですね。初めはただの憧れでした』


 彼は耳を赤くしながら、恥ずかしそうに頬を指で掻きながら私に目を合わせながら、答える。


 『剣を持って悪を倒す。そんな騎士に昔は憧れていました。でも、ある時その憧れは変わりました』

 『ある時?』


 首を掲げて聞いていると彼は私の片手を触れながら答える。


 『私は貴女が必死に治癒の奇跡を学び人の為に働く貴女の姿に憧れました』

 『私…に?』

 『えぇ』


 彼は私に憧れたと聞いて呆気に取られた。私に憧れる要素なんてある訳ない。実際に私が救おうとしていたものにバケモノ呼ばわりしている。聖女としてあるまじき考えだ。そんな私に憧れてもらえる要素なんてあるわけが。


 『貴女は教会と民衆に怯えていますがそれでも人を救う姿は私の憧れなんです。そんな貴女を支えられる騎士に私はなりたい』

 『私は…』

 『ですから、聖女リンファ様、貴女の騎士として、隣に立たせて支えさせてもらえないでしょうか』


 真っ直ぐな彼の瞳と偽りの無い純粋な気持ちで答えられた言葉に私は――救われたのだ。

 だから瞳からポロポロと流れる涙は悲しいから出ているのでは無い。


 嬉しいから流れ出てるのだ。


 神に聖女として選ばれた、私は一人しか、いない空間の外には私を見てくれていた人がいた。

 それはクトールという名の兜に赤羽をつけた騎士の彼だった。彼は私は憧れであり、隣に立ちたいと言ってくれる存在に私は嬉しかった。



 頼れる存在が


 私に手を差し伸べてくれる存在が


 物語や詩に出てくる勇者の様な存在が


 目の前にクトールという優しい『()』が立っていたのだ。


 『リンファ様!?私は何か泣かせる事を言ってしまいましたか!?』


 突然涙を流す私を見て慌てる彼に私はただひたすらに言ってくれた言葉に。


 『ありがとう…ありがとう!』


 その時はずっと感謝の言葉しか、言えなかった。


 彼に出会ってからというもの、泣いてばかりだ。

 でも『人』は悲しく時や泣くほど嬉しい時ぐらいは泣くこそ、人なんだと私はこの時、人に戻れた時だった。

 

 『おはようございます。聖女リンファ様』

 『はい、おはよう御座います。騎士クトール』


 それから私は彼がさえいれば、辛かった日々はとても明るい笑顔を出せる。 


 彼という騎士が隣に立っていると思えば、私の心は救われ続けていた。


 本当に彼が私の前からいなくならなければ、私は『滅べ』と思わなかった。


 そう。くだらない…本当にくだらない貴族から騎士になった愚物の意地が私の救いを壊して、彼の命さえ奪ったバケモノがいなければ。


 「聖女様、教会の前に到着しました」

 「わかりました」


 思い出から現実へと戻り、私は人形の言う通りに馬車から降りて教会の中へ入る。

 

 「聖女様、本日のご予定は――』

 「…」


 人形は廊下を歩きながら本日の予定をテキパキと語り続ける。

 聖女の仕事は教会で悩めるバケモノ達を救うだけでは無い。


 一つ、神への祈り。

 二つ、神への信仰心を読み上げ、信仰を示す。

 三つ、信仰者達の言葉に耳を傾ける。

 四つと次々と聖女には多くの仕事を毎日こなすのが日常だ。


 「聖女リンファ様、お久しぶりでございます」

 「…」


 そんな、忙しい予定を聞いていると愚物が私に話をかけて来たが頭だけを下げ、その場を去る。

 この愚物は私の救いクトールを()()()()()()だからこそ、私は避けている。


 「はっはは…今はまだお相手してくださらないでしょうが、必ずや私は貴女の隣に立って役に立ちますよ」

 「…」


 何が、私の隣に立って役に立つだ。このケダモノは…視線でだけで分かる。私を舐め回す様な目で見ていた事ぐらい既に気付いている。

 このケダモノは貴族の長男坊…それ故に生まれながらして騎士の称号を元より持っている存在だ。

 特に努力もしていないのに何故か私の護衛官として、近寄って来たが、私はその欲深い感情を出会った時から感じとり、警戒していた。

 その欲は私を手に入れたいという欲求を出していた。出会った時から自分のものになるのが当たり前と言わんばかりたその目に宿していた悍ましいケダモノだ。


 「私は今から祈りの時間です。自身の役場へ戻りなさい」

 「…わかりました」


 私は冷たい目で睨みながらケダモノに言い放つ。

 ケダモノはその言葉と視線にたじろいで頭を下げてその場から去っていく。

 去って行くその背中からあからさまに見える苛立っている後ろ姿が目に入る。


 「…行きますよ」

 「はい、聖女様」


 人形に声をかけてさっさと廊下を歩き進める。

 

 「…」


 貴族としては野心があるのは当然なのだろう。

 国をまとめるには王と貴族の力ある者達の力が必要不可欠だ。当然、教会も同じく維持するにも信仰が必要だからこそ、治癒の奇跡を与える事でその信仰が生き続ける。

 しかし、人の世に物事への長続きはしない。常に人は新たな発展を目指す。それ故に国に不満が有れば対立が生まれる。そして、その対立で生まれた欲深いあのケダモノ。

 世界はまるで自分のものである事を疑わない傲慢な性格を生まれながら持つ、わがままな存在。

 自分が行った大罪を理解していないズレた存在だ。アレがもしも増殖するとなれば悍ましい事になることは明確だ。 

 悪を行った者には罰は必要だ。そう、彼を殺したあのケダモノには、罰が必要だった。

 まさか、あの裁判に金に絡んだ教会内部の愚か者が私が聞いた『真偽の天秤の奇跡』の供述を隠蔽したせいで彼の無実の罪をかけられた。


 『彼は私を命令を聞かずに神聖な森で炎を使ったのです!』


 あの時の供述に彼は嘘を付いていた。

 彼は確かに炎の奇跡を使えるが森では使えない力だと、言っていた。そんな彼が炎を使うわけが無い。

 だが、結果は偽の供述が適応され、彼は神聖な森を燃やした教会の裏切り者のレッテルを貼られた。

 こんな間違えだらけの裁判に私は自身の無力さを憎んだ。彼は私にとって救世主の様な存在だと言うのに…自分は彼を救えていない。調べたくても自身の立場上では、現地には行けない身である。


 だから、未だに私は事件から一ヶ月も経ってなお、神に祈るのだ。

 教会を作った職人達が誇るほど細かく作られた祭壇に一人で跪いて祈るしか、無いのだ。


 「神よ、どうか、この弱き私にお救いを下さい」


 これしか、自分には出来ない。真実をどの様にすれば明かせるのかを神に教えて欲しい。


 「神よ、お願いです。私に…私に…」


 だが、その願いは無慈悲にも叶えてくれず、違う誰かの救いの使命が与えられた。


 「ッ…どうして…ですか。神よ」


 神は私の願いは聞いてくれない。

 この一ヶ月間ずっと私は彼の無実の罪を晴らして欲しいのに、全く別の者達の救済の策しか、教えてくれない。

 私以外の願いは聞き入れて…私だけ願いを叶えない。それだけで私の心はズタボロにされていく。


 ねぇ、どうして? 


 何で?


 ただひたすらに疑問と込み上げる熱に狂わされそうになる。

 

 メキィ…


 片手で持っていた杖に力が入る。



 ネェ、答エテ…ドウシテ、私ノ願イヲドウシテ聞イテクレナイノ?



 突然に心の中に浮かぶ黒い何か。


 「お答えなさらないのですね…神よ」


 身体中から発せられる高熱の様な塊が私の身を焼き尽くすように燃え上がる何か。


 「…」


 滅ボソウ…全テヲ。


 その言葉を思った瞬間に何かが砕け散った。 


 「…この世界が憎い」


 私は目の前にある神の再現された銅像に自身の熱を言い放った。


 「全てが憎い。彼を殺したケダモノに、真偽を隠蔽に協力した教会に、容易く騙されやすいバケモノ達、そして、私を助けてくれない神も全てが憎い」


 神は救ってくれない。

 バケモノ達も救ってくれない。

 ケダモノは私の救世主を殺した。


 「大いなる者達は救われても小なる者の犠牲を知らないのは罪である」


 私しか、居ない空間に愚かなバケモノ達向けた言葉を口に出す。

 

 「…私はこの世界に滅びに願う」


 それだけを呟いた願いに私は祭壇に背を向けてその場を去る。


 その日、私は教会で出来る世界の滅ぼす為に動くと誓った。



 

 破滅の天秤録、第一節『破滅に願いを』


 ある世界の希望とも言える聖女は世界に破滅を願った物語。

『大なる者達は救われても小なる者の犠牲を知らないのは罪である』

 意味『多くの者は一人の大きな働きを知らないのは罪である』

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