地獄行き
男が草原の真ん中で目覚めた。
歳は30歳前後。
服は着ていたが何も持っていなかった。
男は自分が誰なのか分からなかった。
ふと空腹を感じた男は周りを見渡した。
遠くに村らしきものがあるのを見つけた男は、そこに向かって歩き出した。
男は歩きながら空を見上げると、太陽はほぼ真上にあった。
男は今がお昼だと悟った。
男は村の近くまで来ると、村の様子を窺った。
どうやら女と子供と年寄りしかいないようだった。
男は街に入ろうかと思ったが、念のためもう少し様子を窺うことにして、村から少し離れたところに隠れた。
男は自問した。
(俺は誰なんだ?)
(何故あんなところにいたんだ?)
(何故隠れるんだ?)
(あの村に俺を知っている人間はいないのだろうか?)
しかし、答えは分からなかった。
やがて日が暮れると村の男達が帰ってきた。
どの顔にも見覚えはなかった。
男はどうするか考えた。
(よそ者が簡単に受け入れられる世の中じゃない。)
(夜が更けたら盗みに入った方が良いのではないか?)
男は夜が更けるのを待って盗みに入ることにした。
男は夜が更けるまで眠ることにした。
男は夢を見た。
誰かが人を次々に殺している。
(俺なのか?)
(いや、俺にはそんな記憶は無い。)
男は目覚めた。
村は寝静まっているようだった。
男はこっそりと村に忍び込み、食べ物を探した。
その時誰かが起きた。
男は右手に石を持っていた。
男はその石で誰かの頭を殴った。
殴られた誰かは動かない。
(俺はなんで石を持っていたんだ?)
(死んだのか?)
男に罪悪感はなかった。
男は食べ物を持って逃げた。
翌朝男が目覚めると、村から鳴き声が聞こえてきた。
村に近寄って確認すると、子供が死んだらしい。
(俺が殺したのか?)
(昨日俺が殴ったやつか?)
(俺が生きるために殺した。)
(俺は悪くない。)
村人が犯人を捜そうとしているようだったので、男は逃げた。
必死で逃げた。
男はあの村にはしばらく近づかない方が良いと思った。
その後も男は見つからずにあちこちの村で食べ物を盗んだ。
数年間男は転々としながら食べ物を盗んで生きた。
しかしあるとき男は盗みの最中にまた見つかってしまった。
男は相手を殴り殺して逃げた。
(また殺してしまった。)
(でも生きるためには仕方が無い。)
やがて男は疲れて眠ってしまった。
男が目覚めると数人の男達に取り囲まれていた。
男の横には真っ赤に血で染まった石が置かれていた。
男は捕まってしまった。
男は両腕を後ろ手に縛られた。
男は村に連れて行かれ、死体の前にひざまずかされた。
男が何もしないでいると、村人の一人が男に殴りかかってきた。
男は首を縄で縛られると、木に吊された。
男は死んだ。
しかし次の瞬間、男は自分が吊された木の横に立っていた。
男はしばらく木に吊された自分の死体を眺めていた。
村人達は男に気がついていないようだった。
男がその場を動こうとしたとき、男は全く別の場所に立っていた。
男はほっとした。
男は次からはもっとうまくやろうと思った。
男は再び盗みをしながら転々と暮らした。
男は見つかっても殺さずに逃げた。
そして10年の月日が流れた。
男は不思議に思い始めた。
男は10年たっても昔のままだった。
(何故俺は年をとらない?)
男は更に10年間生き延びた。
しかしある日、村の様子を窺っていると、男達に取り囲まれて捕まってしまった。
男は後ろ手に縛られて村に連れて行かれた。
(俺は誰も殺していない。)
男はそう思った。
その時村人の一人が、よそ者は殺せと言った。
男はまた木に吊された。
しかし、前回と同じように自分が吊された木の横に立っていた。
そしてまた男がその場を動こうとすると、男は別の場所に立っていた。
男は不思議に思った。
(何故俺は死なない?)
(いや、死んでも生き返るのか?)
(何故年をとらない?)
考えても答えはなかった。
男は働いてみようと思った。
意を決して村に行くと男は奴隷にされた。
わずかな食料で毎日働かされた。
やがて10年ほど月日がたつと男が年をとらないことに村人達が気づいた。
男は見張りの男を殺して逃げ出した。
その後は転々としながら暮らしていたが、盗みに入ったところを捕まり、吊された。
ある日男は夜盗に両親を殺されひとりぼっちの子供を見つけた。
(こんな子供にかまっていられない。)
男は子供を見捨てた。
男は何度も殺され、何度も生き返った。
そして1500年が過ぎ去った。
男はもう50回死んで生き返っていた。
男はずっと盗んで食べる生活を繰り返していたが、徐々に死ぬまでの時間が長くなっていることに気がついた。
男は誰もいない山で暮らすことを思いついた。
男は山で木の実や山菜を食べ、動物を捕まえて暮らした。
山では、狼や熊に殺されたて死んだ。
しかし男は吊されるより良いと思った。
男は死ぬまでの時間が徐々に長くなっているためか孤独を感じた。
しかし、男は山を下りることはなかった。
ある日男は獣に襲われ傷ついた旅人を見つけた。
(どうせすぐに死んじまうさ。)
男は傷ついた旅人を見捨てた。
更に1000年が過ぎた。
男は80回殺されて生き返っていた。
男は考えた。
(いったいいつまで続くのか?)
しかし答えはなかった。
男の隠れ家の近くに道が出来た。
男は孤独を紛らわせるために、通行する人たちを遠くから見ていた。
やがて山賊が住み着いた。
男は通行する人々が襲われているのを見ると、より山奥へと入っていった。
しかし、人恋しくなって道まで行ったとき、山賊に捕まり吊された。
男はその後も獣に殺されたり山賊に吊されたりした。
ある日男は山賊に捕まっている女を見つけた。
(捕まるおまえが悪い。)
男は女を見捨てた。
再び1000年の月日が流れた。
男は既に100回殺され生き返っていた。
男はこんな生活に辟易していた。
男は何度も自殺を試みた。
しかし、自殺をしようとすると体が動かなくなり、どうしても死ねなかった。
やがて山が開発され男はどんどん山奥へと追いやられた。
ある日見知らぬ家族がやってきた。
どうやら夫婦二人と子供一人の家族のようだった。
家族は首を吊ろうとしていた。
(死にたいのなら死ねば良い。)
男は家族をただじっと見ていた。
105回目に生き返り数十年が過ぎ、そろそろ殺される時期だと感じた男は街へ出てみた。
街は多くの人であふれていた。
しかし、誰も男のことを見ていなかった。
男は自分がここにいると叫びたかった。
しかし、その勇気は無かった。
男は盗み、食べ、そして生きた。
そんなある日、男は警官に呼び止められた。
男は走って逃げた。
後ろからは止まれと叫ぶ声が聞こえた。
男は更に逃げた。
すると背中に激痛が走った。
男は拳銃で撃たれ死んでしまった。
しかし今回は生き返らなかった。
その時明るい光が男に近づいてきた。
そして男はすべてを思い出した。
3000年前、男は何の理由もなく自分の楽しみのために100人の人々を殺していた。
しかし30歳になった頃、手下に裏切られて殺されてしまった。
男が死ぬと神は男に告げた。
「お前はこの後、お前が殺した人々が本来生きるはずだった年月をその姿で過ごすことになる。
お前は、お前が殺した回数だけ死にそして今の姿で生き返る。
それがお前に与えられる罰だ。」
そして今回、再び神が男の前に現れた。
「おまえは生前100人を殺し、生まれ変わった後に5人を殺した。
よっておまえは105回生き返った。」
男は神に言った。
「私の罪は許されたのでしょうか?」
神は言った。
「お前は罰を受けた。
だが、お前は罪を償ってはおらぬ。
罪を償う相手は私ではなく、おまえが殺した人々だ。
償うことは既に叶わぬ。
だが、私は4度お前に機会を与えた。
だがお前は一度として人を助けようとしなかった。」
「お前は地獄行きだ。」
作者は宗教家ではありません。この物語は、宗教の教えとは全く関係ありません。