プロローグ 飢えた獣あるいは、引絞られた弓矢の如く
朝起きて、顔を洗って歯を磨く。
今日も今日とてニュースは『VRオンライン』の武闘大会について大盛り上がりだ。
現実時間の0時から開催のこの大会は体感時間の加速技術により、現実の30分がゲーム内では48時間として過ごせるらしい。
ぼくたちプレイヤーにとっては、もう慣れた現象だけど、某龍の玉のあの部屋の再現だと大いに注目されている技術だ。
あの神様はなんでオーバーテクノロジーをゲームに突っ込んだんだろうか。
そして話題になってる原因のもうひとつ。
なんと『VRオンライン』初の外部への映像公開が行われるそうだ。
0時半の大会終了後、深夜0時45分から大会の様子をダイジェスト版に編集して、公式チャンネルにて配信予定だそうだ。
今までプレイヤー達にしか分からなかったゲーム内の様子が公開されるので、みんな興味津々だ。
今は配信機能を追加する為のメンテナンスが来てるらしい。
今日の23時まで続く一大作業だ。
それから0時までの1時間はインしてもメイカさんの白い空間で最終の準備運動が行えたり、開始までスキップするか選べるだけらしい。
0時が来たら大会会場に飛ばされるそうだ。
待ちに待った日だ。
みんな、仕上がってるんだろうな。
起きかけの頭でニュースを流し見しながら、食卓に着いた。
今日も今日とて我が家の朝食はトーストだ。
「お兄ちゃん、これ出るの?」
バターをよく塗った甘じょっぱいハニートーストを牛乳で飲み下しながら愚弟の愚問応える。
「もちろん出るよ、そして優勝するから見てるがよいよ」
呆れた顔で笑う弟、あとでそのニヤケ面にデコピンしてやる。
「総出場者20000人以上ってニュースで言ってるよ、流石に無理でしょ」
「バカだなー、20組のざっくり1000人のバトロワとバトロワの勝ち上がった人達とのトーナメントでしょ?実質1000人とちょっとしか倒さなくていいんだよ。」
「あ、ならいけそ……ってならないよ?!普通に無理じゃない?」
「よゆーよ、よゆー。相棒もいるしねー」
「あ、パーティプレイするの?ならワンチャンあるか。まぁ頑張ってー。」
相棒(自分の腕)だからボッチなんだけど、面倒だから訂正せずにトーストをかじるのを再開した。
学校行って早く帰ってゲームするのが楽しみだ。
ぼく、ワクワクすっぞ!
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今日はあえて、『VRオンライン公式アプリ』は起動しない。
疲れて本番で100パーの力で動けない、なんてことになったら馬鹿らしいし。
このアプリも一ヶ月で随分と浸透してきている。
通学路の公園ではスーツ姿のサラリーマンが見えない何かと戦ってる。
「くたばれ、鬼め!」
奇声をあげて何かと戦う一般男性。
少し前なら事案だが、今の世の中はVRオンラインとそのアプリについても認知されている。
鬼系のモンスターか。
振り下ろす動作的に武器は剣かな。
なんとなく目を凝らしてると男の人の戦ってる相手や使ってる武器が見える気がする。
ぼくも学校に行くし、まじまじ眺めるのも失礼だろう。ぼくはその場を後にした。
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「おいーす、おはよー」
やる気のないぼくの挨拶にクラスメイトがこっちを見てくる。
珍しい、なんか悪い事をしただろうか?
最近した悪事といえば……シカを根絶やしにしたくらい?
ちょっと訳あって経験値がたくさん必要だったとはいえ。
弱いモノいじめは悪いことだろう。
……現実では思い返しても心当たりはないな。
中川もこっちを見てくるから話してみよう。
「どしたの?」
「あ、あぁ。響ちゃんが教室に入ってくる前にになんか背筋が冷たくなって……」
「アニメの世界でも無いのに、気配を読む力でも手に入れたの?」
真剣な顔でおかしなことを言う級友に笑いかける。
「いや、たぶんお前がアニメみたいな誰でも分かる程の殺気をぶちまいてる」
……「まじ?」
こくこくと頷く中川の後ろで他のクラスメイトもガクガクと首を縦にふっていた。
楽しみにし過ぎだったみたいだ。
抑えなきゃ抑えなきゃ。
ちなみにその日の授業中にバッと振り返る先生が多かったのは、授業から気が逸れたぼくのせいじゃないと思いたい。
それくらい、ワクワクしてた。
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そして、帰ってから速攻でご飯も風呂も課題も終わらせた。
ログイン、白い空間にリスポーンした。
事前の通知通りだ。
まずはエルに挨拶。
「おはようエル、やるぞ」
「おはよう、ラティ。楽しみにしてたからね。
私もお父さんに会いたいし、頑張ろう。」
お互いアイコンタクトで様子を確かめる。
殺る気十分。いい感じだ。
そこへ、メイカさんが来てくれた。
「おはようございます、ラティ様。本日の武闘大会についてのメッセージがございます。」
「おはようございます。教えて下さい」
「では、こちらをご覧ください」
メイカさんがホログラムの画面をぼくの前に投影した。
「最終的に今回の参加者は約23000人となりました。これらを約1000人ずつ23グループに分けた大規模バトルロワイヤルを開催致します。広大なフィールド内にランダムに転送され、そこで戦ってもらいます。」
ふむ、前から告知されていた通りだ。
「予選期間は1日で、最後の生存プレイヤーになるか。制限時間終了以降に3人以下になったら予選は終了です。予選通過時のキルスコアによって本戦でのシード権獲得の可能性がございます。」
「なるほど?決着がつかなければ絞るだけ絞ってくださいみたいな感じなんですか?」
「そうですね、また共闘などされる方もいると思うので最大3人までになりました。」
なるほど、駆け引きというやつも生まれるかも?
でも、パーティ組める最大人数には足りないはず。パーティメンバーで相談して支援職は辞退してもらうとかするのかな。
ぼくはボッチだから関係ないけどね!
「どれくらいの広さのフィールドになりますか?」
「総面積にしておよそ100km2になります。そちらでは東京ドーム20個分と言うのでしょうか?」
「……それ、分かりにくいです。」
「ユニークパークジャパン、通称ユニパ2個分よりちょっと広いです。」
あ、わかりや……すくはないね!
エルもリアクションに戸惑ってるのが伝わってくるほど微妙に分かりづらい。
「ただ広いのは分かりました。プレイヤーに会えますかね?」
「メニューのマップにイベントエリアの地図が出ます。そちらに残り生存者が10人減る毎に全プレイヤーの位置が表示されます。そして、最後の10人は全員表示されます。」
「時間経過とかじゃないのか……もしかして殺すタイミングとかも重要になってきます?」
「そうですね、消耗し過ぎてる状態で10人目を踏むと恐らくは困るでしょうね。しかしながら、他のプレイヤーによってもタイミングが変わるので、位置がいつ表示されるかは運次第になります。」
そっか、他のプレイヤー次第でもあるからコントロールは無理か。
でも、
「向かってきてくれるのは大歓迎です」
自然と口角が上がる。
ずっと今日の為に溜め込んでた『衝動』が今か今かと騒いでる。
プレイヤーを殺すのは初めてだ。
今まではモンスターしか殺してなかった。
ルールがどうとかじゃなくて、後が面倒なのとそもそも北門に殺してやりたくなるようなプレイヤーが来なかったから。
モンスターとは違うリアクションを期待する。
人は、その知性持つ獲物はどんな鳴き声をあげるのか。
思わずハミングしたくなるね。
「〜〜♪〜〜〜♪〜♪♪」
指揮者のように指を振ってリズムを取る。
この曲は元々少しテンポの早い曲だけど、わざとゆっくりとしたリズムでハミングするのが好きだ。
「……なんて曲?ハミングには向いてないね。」
「そう言わないでよ、交響曲第5番……たしかショスタコーヴィチ作曲の曲。
日本だと『革命』って呼ばれてる曲だよ。」
「博識ですね、クラシックはよく聞かれるのですか?」
「いえ、うちの音楽教師の趣味です。」
あの人、やたらソビエト連邦の事に詳しいからなぁ。授業は布教の場と考えてそう。少なくとも昼休みにソビエトマーチが流れるのは彼女の仕業だと言われている。
そんな風に雑談を交えながらルールを確認したりしていると。
ポーン、ポーン、ポーン
と、アンティークの置き時計の鐘のような音が響いた。
「おっと、フィールドの準備が完了したそうです。今から専用のドアからフィールドに入れます。もう少し準備時間はありますが、如何なさいますか?」
きた。
「エル、いける?」
「いつでもどうぞ」
いい返事だ。
「早く行きたいです、ウズウズして無駄な体力使っちゃいそうなので。」
「かしこまりました、ドアをくぐられますと10秒間の行動不能時間の後に一斉にスタートとなります。本当に準備はよろしいですか?」
開始時間はゲーム初日みたいに各プレイヤーの体感時間を操作して全員ピッタリおんなじタイミングにするのかな?
だから、準備の機会もここで終わりと。
「大丈夫です、ドアを出してください。いってきます。」
もう、抑えられない、いや抑えないでいい。
早口に告げる。
左腕はとっくに擬態モードから元の異形腕に変化してる。
「は、はい!出しますね!」
カカッとヒールが鳴らされ。
いつもの『EXIT』ドアとは違って大きなモノがせり上がってきた。
『大会中』と赤いランプが特徴的な、大きなステンレスっぽいスライドドアのある真っ白な壁だ。
あれだ、『手術中』って本来上に書いてあるやつだ。
ドラマとかで病院の手術室に使われているドアだ。
「創造主からのお言葉です。『歴史に名を刻め』以上です。」
なるほど、短くて分かりやすい言葉だ。
「分かりました、致命傷になる程刻んでやりましょう。」
「さ、流石に加減してあげてくださいね。」
壁の横についてる穴にメイカさんが足を入れる。フットセンサーが反応して、ドアが開く。ドアの向こうには白いモヤが広がっている。
「それでは、ご武運を」
「容赦無く、慈悲無く、油断無く、皆殺しにしてきます!征ってきます!!」
ご馳走を前にした飢えた獣の様に駆け寄って、飛び込んでいった。
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ラティ少年のいなくなった白い空間にて彼女《AI》は独り語る。
「あー、こわかった。」
それだけ呟いて、彼女はすぐに別の仕事に戻るのであった。




