純粋な想い
扉の影に隠れていた私は、こっちに近付いてくるセンパイを前に動けずにいた。
あの光景はなんだったの?
とても、激しい闘いがあった。
エルと呼んでから怪物と化した左腕。
でも、左腕だけじゃない。
あの闘いの中のセンパイは怪物じみていた。
壁に叩きつけられたはずなのに、
そこから手負いの獣みたいに猛然と『阿修羅』に襲いかかっていた。
痛かったんじゃ?怖かったんじゃ?
当然感じるはずのモノをまるっと無視する姿は恐ろしくて、人間離れしてて
カッコよかった。
私は初めて人に憧れをここまで強く感じたかも。
いい子ぶって、不満は貯めて、敵を作らず気を張っての毎日。
そんな私と違ってセンパイは、
好き放題に理不尽を振るっていた。
笑顔がキラキラしてて、私の造花じみた笑い方が虚しくなるくらい楽し気に振る舞っていた。
扉に近付いてきたセンパイが私に気付いた。
目があっちゃっていつもの癖で、私は頬の端を歪めてしまう。
空気は既に夜の気配を含みはじめてる。
こんな時間に残ってる生徒は、多分いないと思ってたのかな。
目を見開いてぱちくりしてる。
左腕は人間の手だ。
『エル』と呼んでいた、あの異形の腕は影も形もなかった。
センパイは疲れてるのか、気だるげに声をかけてきた。
すごく面倒くさそうな顔をしてる。
「あー?……見てた?」
私はちょっとドキドキしながら正直に言葉を返した。
「さっきの戦闘でしたら見てました…すみません。」
それを聞いた瞬間、センパイは凄く気まずそうにした。
「マジかぁ……あんまり、言いふらしたりしないでくれると嬉しいなぁ。キミって中等部の何年?」
「3年です……言いふらしたりしないですよ?」
「中学生のクチの堅さには信用がならないものがある……キミ、名前は何さん?」
すごい年下に偏見をもってる人だなぁ。
「水澄です。水澄 鏡子」
私は素直に答えた。
「よし! 水澄さんを信じよう。
名前を知ってしまえば、もし広まっても文句の一つくらいは言いにいけるしな!」
「清々しさを感じる程信じて無いですね!」
「人を肩書きで判断してはいけないとは思うけど、『この人は信用できるヤクザ』とか言われたときに信じれる?ぼくにとって女子中学生はそういう存在なの。」
なんて暴論なの……女子中学生ってだけで反社会的なの?!
混乱する私をよそに、さっさとセンパイは出ていこうとする。
「さて、暗くなってるしお互い帰ろうか。高等部と下駄箱の場所違うし、ここでお別れってことで。」
ちょっとまって!
私はあれがなんだったのか知りたい!
センパイが笑顔で楽しんでたあれは何なのか……
それに突き動かされて普段出さないような、大きな声で呼び止めてしまった。
「あ、あの!!」
「ん?」
「結局あれは、あの闘いはなんだったんです?」
センパイは頬をかいて、私を見て少し考えると答えてくれた。
「Variable Real On-lineって、ただのゲームさ。……ちょっと値段は張るゲームだけど。」
あれがゲーム??
私はあんまりしたことないけど、男子達が『クリーチャーハンター』(?)とかを登校のバスでやってるのは見たことある。
画面を見てやるものじゃないの??
疑問符を浮かべる私に、愉快そうにセンパイは続ける。
「興味がある?まだ、新しいゲームだし出遅れる前に早目に始めたほうがいいよ?」
私もセンパイと同じような顔で笑ってみたい!
「興味があります!!……出遅れる?競争のあるゲームなんですか?」
「あー……その反応、さてはオンラインゲーム自体あまりしたことない?」
ちょっと思案するようにしたあと
「よし!先輩として、たまには後輩と関わるのもやぶさかではない。
『オンラインゲームとは』どういうモノかというのも含めて『VRオンライン』を教えてあげよう!」
そう宣言して、さっさと進んで行ってしまう。
センパイ、私がおいてけぼりです……
思わぬ事態に着いていけてない。
「ほら、さっさといくよ。中等部の玄関の方が校門まで遠いよね、先に行って校門で待っとくよ。暗くなってるしお互い早く帰りたいでしょ?」
「はい?!」
こうして、センパイと一緒に下校する事になった。
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一度別れて、私が校門に向かうとセンパイは本当に待っていてくれてた。
「すみません、お待たせしました」
「さっきぶり、3分も待ってないよ。」
なんか、むずがゆい。
「さて、『ゲーム』について早速話していこうか」
あ、そうでしたね……センパイは全く意識してないみたい。
私だけ年上の異性との待ち合わせってシチュエーションにドキドキしちゃって、バカみたい。
「お願いします。」
「うむ、何から話そうか……じゃあ――」
センパイは楽しそうに『オンラインゲーム』とは何なのか。更に根本的に『RPG』とは何か。そして、『VRオンライン』は何かを語ってくれた。
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「夢がゲームになる?その世界に入り込める……?」
「まぁ、ぼくも詳しいことは分からないけどね。」
『VRオンライン』のお話はとても興味を惹いた。
『ゲームの世界』
そこなら私もセンパイみたいになれるのかな?
「私もセンパイみたいになれますか?」
「ボクみたいになりたいの?たぶん成れるよ。」
ポツリと漏らした言葉に軽い調子で肯定してくれた。
「話のなかでRPGについて話したでしょ?そう、役割を演ずるゲームだって話」
こくりと私は頷く
「よし、ぼくはどんな役割だと思う?」
たしか……前線で戦う人、つまりは
「戦士?」
「そう!だけど足りない!」
そう区切ったセンパイは闘い|の時の笑顔になって
「『狂』戦士だよ!」
戦闘の興奮を思い出してるのか、剣呑な光が灯る瞳。
私はその瞳に引き込まれる。
「相手を『殺す』為に執念を燃やす。どんな痛みを背負っても、狂ってでも《《暴れ抜く》》!
そんな戦士だよ!」
にっこりとして告げるセンパイに背筋に冷たいものがぞくりと走るのを感じる。
日常で感じた事の無い気配。
それは鋭い金属の刃のような冷たさ。
「実は、最初に一目見たときからキミに言いたい事がある。」
神妙な面持ちでセンパイは私に言葉を投げ掛ける。
え?それって告は……
「その、『愛想笑い』をすぐに浮かべようとする歪んだ口の形が気に食わねぇんだよ!」
穏やかだったセンパイの語り口が急変する。
さっき感じた、刃のような冷たさが増す。
「《《オレ》》はなぁ、うるせぇ年下も嫌いだが、言いたい事言わずに従うだけの小賢しい年下もだいっ嫌いなんだよぉ!!」
センパイは、呆然とする私のほっぺたをいきなり片手で掴みグニグニと揉んできた。
「キミの、この口は正にそれの象徴だ!何か本心が出てくる前に『愛想笑い』で歪んで、出口として使えなくなってる。」
……センパイの勘の鋭さが私の悪いところをズバリ見抜いている。
なら、どうして色々教えてくれたのだろうか?
「なんれれふか?なんれ、教えてくれたんれふか?」
「なんでか? そりゃ、キミの目が腐ってなかったからだ。」
冷たさの中にほんの少し熱が入る。
「キミはオレの同類だ。目が『暴れたがってる』。
だから、
キミは狂戦士になれる。
なりに来る」
とても、嬉しそう。
「知識を与えて、VRオンラインを始めてくれれば、だいっ嫌いなキミとゲームの中で殺り合えると思ったんだ。」
パッと私のほっぺを掴んでた手を離した。
「早くおいでよ。」
それだけ告げるとセンパイは、ぼくはこっちだからと言って曲がり角を曲がっていった。
……掴まれていた、ほっぺたに手を伸ばす。
すごく、ドキドキした。
声、頬を掴む強さ、そして瞳
どれもが、「気に食わないから殺す」と伝えてきた。
真っ直ぐでシンプルな殺意が、私に突き刺さるようだった。
これが心に届くってことかな。
陶然とセンパイからの言葉を反芻して、ハッと気づいた。
センパイはこう言っていた
『殺り《《合える》》』って!
センパイが曲がっていった角へ私は走り出した。
私の心に浮かんだ想いのまま声を張り上げた
「センパイ!!!」
センパイは足を止めて首だけで振り返る。
私もセンパイみたいになりたい……
いや、なるんだ!!
「殺り合えるよう!私も《《殺しにいきます》》!!!」
届け!私の殺意っ!
口角が上がっていくのが分かる、これは作り笑いじゃない。
私の声を聞いたセンパイは、前に向き直り
腕を横に伸ばし サムズアップ…それを反転させた。
『殺れるモノなら殺ってみて』
前に向き直る一瞬あの笑顔を浮かべて、
そう言てくれた気がした。




