六話 君とのお出かけ(後編)
お昼ご飯を食べ終わった僕たちは店を出た。
「弓弦君…。お金…。」
「今日はあいつの奢りだって。今度なんかお土産持っていこうか。」
申し訳なさそうにこちらを見てくる亜矢さんに対して僕はそう言った。
「うん!また来ようね!」
亜矢さんは笑顔でそう言った。
僕達は次の目的地に行くために車に乗った。
「弓弦君次は何処に行くの?」
亜矢さんは車の助席からそう言った。
「うーんどこだろうね。」
僕は意地悪をするようにそう言った。
「どこだろ、楽しみだな。」
亜矢さんはそう呟いた。
「亜矢さんって17歳なんだよな。」
僕の独り言が車内に響く。
「そうだけど?」
亜矢さんは不思議そうにこちらを見る。
「高校生?」
僕はこの質問をしたことを後に後悔することになる。
なぜなら、この質問をしてから僕たちの空気に重みが生じたからだ。
亜矢さんは僕の質問を聞いて下を向く。
「そ、それより、今日すごくいい天気だね。」
僕は空気の重みに気付いて、すぐ話を変えた。
それに今日はびっくりする程天気が良かったから。
「そうだね。」
亜矢さんは静かにそう言った。
僕たちの会話はそれで終わった。
次の目的地に着くまでの20分間車の中に静寂な空気が続いた。
「着いたよ。」
僕は展望台近くに車を止めて、そう言った。
「うん。」
亜矢さんは相変わらず元気がない。
「亜矢さん大丈夫?もしあれなら…。」
「違うの!!」
亜矢さんは僕の言おうとしてることに感づいたのか急に叫んだ。
「亜矢さん?」
「あ…。ごめんなさい。」
そう言って俯く君を見て僕の胸は痛くなる。
そしてその痛みは喉の奥深くまで広がっていって、僕が声を出そうとするのを邪魔する。
「弓弦君、さっきの質問。私…。高校に行ってないの。それを言ったら…。嫌われそうで…。」
亜矢さんは黒縁眼鏡をかけてても分るくらい瞳一杯に涙を浮かべた。
「亜矢さん。」
僕は亜矢さんをそっと抱きしめた。
体が勝手に動いた。
「大丈夫。僕は亜矢さんが好きだ。どんな亜矢さんも好きだ。高校に行ってないからって嫌わないよ。」
「ありがとう。弓弦君。」
僕の胸の中で亜矢さんは涙を手で拭ってそう言った。
「それより亜矢さん!ここ亜矢さんを連れてきたかったんだよ!ここの展望台から見る景色すっごく綺麗だから!」
僕はそう言って展望台を指さした。
「行こ!」
亜矢さんは笑顔でそう言った。
やっぱり僕は笑顔の亜矢さんが大好きだ。
「ここの景色すごい綺麗!」
亜矢さんは歓喜溢れる声でそう言った。
「そうだね、すごく綺麗だ。」
確かにここから見る景色はきれいだ、でも一番綺麗なのは君だよ。
なんて恥ずかしい言葉を僕は胸の中にそっとしまった。
「街があんなに小さく!」
亜矢さんはずっと興奮していた。
まるでリードから離されたペットの様に解放されたようだった。
「まぁ亜矢さん落ち着いて、ほら、あそこが僕たちが初めて会った銀杏の木だよ。」
僕は遠くにうっすらみえる銀杏の木を指さした。
「うーーん。わかんない。」
亜矢さんは一生懸命僕が指す銀杏の木を探したけど、無理だったみたい。
「じゃ、亜矢さんが見つけるまで、ここに何回でも来ないとね。」
「うん。また来よう。絶対に。」
亜矢さんはさっきまでの表情とは別に、真剣な眼差しでそう言った。
「うん!また来よう。」
僕達は小さな約束をここでした。
そして時はすぐに過ぎ、徐々に日が落ちていった。
それを見て僕は焦った。
海岸で夕陽を見るというプランを思い出したから。
「亜矢さんこっち来て!」
僕は亜矢さんの手を引いて急いで車まで駆けた。
「ちょっと、弓弦君!?」
驚く亜矢さんに僕は何も言わずにただ流れで亜矢さんを車に乗せて、海岸まで車を走らせた。
「亜矢さん着いたよ」
僕は車を止めて亜矢さんにそう言った。
「綺麗…。」
亜矢さんはそう言った。
僕達は車の中から大きな夕陽を見た。
その夕陽はいつも以上に輝いて見えた。
「弓弦君今日はありがとう。」
亜矢さんは僕にそう言った。
その頬は赤く煌めいて、とても美しかった。
「こちらこそありがとう。」
僕も亜矢さんにお礼を言った。
本当に心からそう思っていたからだ。
「弓弦君。私、今日の日を絶対に忘れない。」
「僕も忘れないよ。」
僕達は見つめ合った。
二人を夕陽がオレンジ色に染める。
「あ、そういえば。」
僕はそう言って、鞄の中に手を入れた。
「今日の感謝の気持ちです!」
僕はそう言って亜矢さんに小さな小包を渡した。
「え…。」
亜矢さんは驚いて目を見開いている。
「どうぞ!」
「いいの?」
「いいよ!」
亜矢さんは僕のプレゼントを受け取ってくれた。
「開けていい?」
「もちろん!」
亜矢さんはゆっくりと小包を開けた。
「ヘアピンだ…。綺麗。」
僕はプレゼントにヘアピンを選んだ。
ピンクの胡蝶蘭がヘアピンに飾ってある。
「亜矢さんに似合うかなって思って…。」
「本当に嬉しい…。」
亜矢さんはまた涙を瞳に浮かべた。
でもその涙はさっきの涙とは違うことを僕は何となくわかった。
「喜んでもらえてよかった。じゃ、帰ろうか。」
「うん!」
二人が乗る車は夕陽が煌めく中銀杏の木を目指して走った。
ピンクの胡蝶蘭。その花言葉は一途の愛。
弓弦はその思いを胸の中に秘め、そして隠した。