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この木の下で君を待つ  作者: カル
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二話 約束


僕は亜矢さんとそこで何気のない会話をしていた。

幸せな時間はすぐに過ぎ、気付けば日が落ちかけていた。

辺りが薄暗く、藍色の世界になっていくのに気付いた亜矢さんは、焦るように荷物を片付け始めた。


「弓弦君、ごめんね、私行かないといけない所があるの。」


亜矢さんは焦っているのか、少し早口でそう言った。


「大丈夫だよ。気を付けてね。」


僕はそう言って亜矢さんを見送ろうとした。

亜矢さんはその言葉を聞いて、急いでその場を立ち去ろうとした。

亜矢さんの背中が小さくなっていく。


何故だろう。

胸が痛い。

虚しい。


きっと寂しいんだ。

僕は君ともう会えなくなるのが怖いんだ。

でも亜矢さんと僕は今日だけの関係。

たまたまこの木の下であって、少し仲良くなっただけ。

ほんとに、それだけなんだ。


僕がそう思っていると、君は何か思い出したように後ろを振り返った。


「弓弦君!またこの木の下で会おうね!!」


遠くから君はそう叫んだ。


僕はその言葉を聞いて、喉の奥が苦しくなった。

そして、目の奥がぎゅっと熱くなった。


「うん!」


この時きっと僕は満面の笑顔だっただろう。

君とまた会える。

それがとてつもなく。

心の底から嬉しかったんだ。


亜矢さんの背中が見えなくなるまで僕は見送って。

僕も家に帰った。

家の帰り道の途中僕は今日の出来事を噛みしめるように思い出した。


君は運動が好きで、特にバスケが好き。

中学の頃に目が急に悪くなって、眼鏡を付けている。

歴史が好きで、特に武田信玄が好き。

好きな食べ物はプリンで、一週間に一度は絶対食べる。


君の事を思い出すだけで頬が緩む。

顔が熱くなって、君の事しか考えられない。


これが恋か。


僕はそんなことを思いながら家に帰った。


その日の晩御飯は全然食べれなくて、夜も眠れなかった。


気付けば朝陽が昇って僕はいつもの様に、高校に行った。


授業中も、昼休みの時間も時間が過ぎるのが遅い。

今日、亜矢さんに会うのが楽しみだからであろう。


そして、待ちに待った放課後の時間。

僕はダッシュで君と会ったあの木の下に行った。

早く着きすぎたのか君はまだ来ていない。


だから僕はいつもの様に本を読んだ。

そしてその日は終わった。


亜矢さんきっと何か用事があったのだろう。

僕はそう思いながら家に帰った。


君は次の日も、そのまた次の日もこの木の下に来ることはなかった。


「亜矢さん僕の事忘れてしまったのかな。」


僕は一人、銀杏の木の下で呟いた。


結局亜矢さんに会うより早く僕は卒業してしまった。

僕は家の近くの花屋に就職をした。

でも亜矢さんが言った、亜矢さんとの初めての約束を忘れられない僕は仕事終わりだろうと、休みの日だろうと、雨の日だろうと、台風が来ようと、その木の下で君を待っていた。


「那須与一の本。懐かしいな、この本だっけ、亜矢さんと初めて会った日持っていた本って。」


僕は久しぶりにその本を持ってきて読んだ。


那須与一は伝説を残している。

弓の名人だった彼は、遠く離れた扇の的をその弓で射貫くという伝説だ。


「僕も与一の様に亜矢さんの心を射貫けたらなぁ、、、」


僕はひとりそんな事を呟いた。


「へぇ射貫いてくれるんだ」


後ろの方から懐かしくて大好きな声が聞こえる。


「亜矢、、、さん?」


僕は信じられなかった。

再開の時がいきなり来たからだ。


「はい!亜矢さんです!ずっと来れなくてごめんね。」


亜矢さんは僕にそう言って頭を下げた。


「そん、、な、、事、、どうでもっ!!“」


「ちょっと、弓弦君!?」


亜矢さんが驚いてる。

どうしてだろう。


「どうしたんですかぁ、、?」


「どうしたって、なんでそんな泣いてるの?」


あぁ。僕は泣いていたんだ。

君に会えたことが嬉しすぎて。


涙なんてどうでもよくなるくらい、君に会いたかった。

それくらい、君が好きだったんだ。

その思いが爆発して僕はつい言ってしまったんだ。


「亜矢さん好きです」


この言葉を。

涙で視界がぐしゃぐしゃになっていたけど、これだけは分かった。

君の顔が真っ赤に染まっていることを。


「ちょっと。弓弦君どうしたの、急に?」


君はそういったけど、いつもの声より少しトーンが高くなっていた。


「急にすみません。でも、もう後悔したくなくて。」


僕は自分の言葉に驚いた。

後悔。

そう僕は後悔していたんだ。

あの日初めて会った時になぜこの気持ちを言わなかったのかを。

もう会えなくなるくらいならこの気持ちだけでも伝えておきたかったんだ。


「そっか、ずっと待っていてくれたんだね。」


亜矢さんは少し俯きながらそう言った。


「はい。初めて会った時から一目惚れでした。また、会えるなら。また会いたいから、この木の下に居ました。」


口が嘘のようにスラスラと思いを喋る。


「そうなんだね。ごめんね、ずっと待たせて。」


また君は謝った。


違うんだ。

僕は君から謝って欲しくてこの言葉を言ったんじゃない。


「亜矢さん違うんだ、僕はっ!」


僕が気持ちを言い終わる前に。


ぎゅっと。

何かに包み込まれた。


「ありがとう。」


亜矢さんが僕を抱きしめる。

柔らくて、それでいて、いい匂いがする。

でも僕を抱きしめるその肩は小刻みに震えていた。


「亜矢さん。」


僕は君を守りたくて、怯えて欲しくなくて。

包み返した。


「弓弦君?」


「ん?」


「ずっと待つとかズルいよ。そんなの嬉しいに決まってるじゃん。」


「そうかな?」


「そうだよ。ねぇ弓弦君?」


君はそう言って顔を僕の胸の中で上げて、僕の顔を見た。


「私と――」


亜矢さんは何かを言おうとした。

でもその何かは何となくわかった。

だから。

僕は彼女がそれを言う前に言ったんだ。


「僕と付き合ってください」


君は驚いた顔をして、その後に微笑んだ。


「はい。」


その言葉を聞いた僕は君をもう一度強く抱きしめたんだ。

亜矢さんも強く抱きしめ返してくる。


もうその肩は震えていなかった。


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