一話 銀杏の木の下で君に出会った
恋といえば春だ。
でも、僕に恋が訪れたのは、銀杏の葉が色鮮やかに目立つこの季節だったのです。
僕、水無瀬弓弦は18歳の高校三年生。
学生時代特に部活をやっていなかった僕は運動が苦手で体力もない。
だからいつも学校が終わると帰り道の途中にあるこの大きな銀杏の木の下で本を読んでいた。
君との出会いはいつもの様に銀杏の木の下に行った時だったんだ。
何気なくそこに行くと君がいたんだ。
君は165㎝の僕より背が低くて、黒縁眼鏡を付けていた。
君はその日、銀杏の木に語り掛けるように銀杏の肌に触れ、目を閉じていた。
その様が美し過ぎて僕は君に一目惚れをしてしまったんだ。
いつもなら誰もいなくて静かに落ち着いて本を読めるこの場所が、君のせいで一番心臓がバクバク言ってしまう場所に変わってしまった。
君はそんな僕に気付いたのかこちらに視線を向けた。
君と目が合う。
僕は本の事なんかすっかり忘れてただ激しく高鳴る心臓の音と君の事だけしか考えられなかった。
すると君はそんな僕を見て微笑んだ。
「君、顔赤いよ?」
その一言で僕は完全に我を失った。
「す、すみません!」
驚き、慌てて僕はその場を逃げようとした。
「待って!」
君はそう言って僕を呼び止めた。
その声は僕の体をまるでリモコンで一時停止のボタンを押したかのようにピタッと止めた。
「君名前は?」
君は僕にそう聞いた。
「弓弦…。水無瀬弓弦です。」
僕がそう言うと君は何とも言えないような顔をしてその後に、また僕に微笑んだ。
「弓弦君か、いい名前だね、私は黒霧亜矢。よろしくね。」
君はそういうと銀杏の木の根元に腰を掛けた。
いつも僕が腰を掛け、本を読んでいる場所だ。
「弓弦君、本好きなの?」
君は唐突に僕にそう聞いてきた。
「どうしてでしょうか?」
緊張のせいか言葉が丁寧になってしまう。
「弓弦君が今、本を持っているからだよ。」
君はそういうと僕が右手に持っていた小説を指さした。
「あ、はい。本好きなんです。いつもここに来て本を読んでいるんです。」
僕は緊張でちぎれそうな心臓の痛みをなんとか堪えてそう言った。
「そうなんだ。いつもここに来てるんだね。じゃあここに座って読みなよ。隣空いてるよ。」
君はそういうと座っている側をポンポンっと叩いた。
「え、でも、、。」
僕は正直戸惑った。
理由はただ一つ。
一目惚れした人の隣に座って本を読むとか、高難易度だからだ。
でも君はそんな僕に目もくれず隣に座れと言った。
この状況は戸惑うししかない。
僕は高鳴る心臓を体全体で感じながら君の隣にぎこちなく座り、本を開いた。
「緊張してる?」
君は僕にそう聞いてきた。
恥ずかし過ぎて顔も見れない状況で本しか見ていなかった僕は知らなかったんだ。
今、君の頬が紅葉の葉よりも紅く染まっていたことを。
「緊張っていうか、、恥ずかしくて。」
僕は俯きながらそう言った。
「そう。私も少し恥ずかしいかな。」
今更だけど君の声はとても聴き心地がいい。
声色が高くてとても美しい。
「そうですよね。」
君の質問や発言に対して一言でしか返せない自分に腹が立つ。
「で、何読んでるの?」
君はそう言って僕が読んでいる本を覗き込んだ。
「えっ!?」
君との距離がいっきに縮まる。
心臓の高鳴りはさらに激しくなった。
きっと顔は真っ赤だろう。
そしてとても甘い匂いがしたんだ。
「な、な、那須与一の話ですぅ!!」
焦って言葉もまともに話せない。
「ふふっ。そんなに緊張しなくていいのに。」
君は態勢を戻して僕にそう言った。
その時僕は初めて隣に座った君の顔を見たんだ。
「かわいい、、、」
僕が無意識にそう言ってしまったのを気付いたのは、君の頬がいっきに赤くなったのを見たからだ。
「え、、、」
「いやっ、、今のは、、、」
2人の間に沈黙の時間が出来た。
2人は顔を見合わせただひたすら高鳴る心臓の音を感じていた。
そんな中二人の間に一枚の銀杏の葉が落ちた。
その葉は、風で揺れ動き、君の頭に乗った。
2人はその様子を見て緊張の線がぷつっと切れたかのように、二人で笑った。
「改めまして、僕は水無瀬弓弦。高校3年生です。趣味は読書です。」
「改めまして、私は黒霧亜矢です。趣味は散歩です。よろしくね。」
2人は改めて自己紹介をした。
「今更だけど、弓弦君って呼んでもいいかな?」
君は僕にそう聞いてきた。
もちろん答えはYESだ。
「はい!僕も亜矢さんって呼んでもいいですか?」
君は僕の言葉を聞いて顔をすこししかめた。
「ダメです。」
予想もしてなかった言葉だ。
君は残念そうな僕の顔を見て少し微笑んだ
「私の事を名前で呼んでいい人はぎこちない敬語で話さない人です。」
君はそう言って僕の方をチラッと見る。
「わかったよ。亜矢さん、、敬語気を付けます、、」
「ほらまた敬語!」
「あ、ごめん!」
亜矢さんは僕の方をみてニコッと笑った。
僕はその時確信したんだ。
君が、いや。亜矢さんは僕の初恋の人だと。