知らなかったころ
まだ、純粋だった頃で無知だった。
小学生四年生の頃までは、まだ何も知らない無邪気な女の子でした。そこら辺にいる、活発ないつも笑顔な子。
わたしはれん、と言います。
ほとんど、いつも笑顔だったから友達もたくさんいたよ。近所のおじちゃんおばちゃんにもたくさん可愛がってもらっていた。たまにお菓子を貰ったり、野菜を貰ったり。私は凄く愛されていたんだと思う。
「おはようございます!」
「おはよう、れんちゃん。」
挨拶はきちんとしなさい、と両親にきつく言われてたわたしはたくさんの人に挨拶をしてた。友達や近所の人、それからすれ違う人も。だから知ってる人はたくさんいた。そしてその人達はいつも笑顔でわたしに返してくれていた。それが嬉しくてわたしも自然と笑顔になった。楽しい日々だったよ。毎日が幸せ…なんて考えていたと思う。でもそれって今思うと脳内お花畑だけれどね。幸せがずっと続くとは限らないのに。幸せの中でも誰かは必ず傷つくのに。
わたしの両親はとても仲が良くて、年の離れた弟もいた。喧嘩はしてたけどわたしは、弟のことが大好きで仕方なかった。近所に幼馴染達もいた。殆ど毎日遊んでいる幼馴染達。遊ばない日の方が少ないくらいに。…そんな毎日が続くって思っていたんだ。きっと、皆もそう思っていたと思う。
幼馴染達と遊んでいた日常がある日崩れた。キッカケは、二人の兄妹とその家族がいなくなったこと。…突然だった。
わたしは兄妹の妹の方である、泉ちゃんと仲が良かった。
学校に行って、みんなに挨拶をしてクラスに入る。いつもの朝。でも何かが違う。泉ちゃんがいない。風邪なのかなと思ってたから、帰り道にお見舞いに行こうか迷っていたと思う。
チャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。当時の先生は男性の先生。若かったけど、一人一人のことをちゃんと見ていてくれてた人で私も大好きだった先生。川瀬先生。
川瀬先生は、教壇の上に立ってる。日直のクラスメイト二人が立ち上がって朝の挨拶を始める。いつもの日常のはずの光景。わたしはこの時、泉ちゃんがいないからつまらないなぁ…そんなことを考えていたんだろうな。
「きりーつ!礼!おはようございます!」
日直のクラスメイト二人が目を合わせながら言っていた。それに合わせて皆が立ち上がって川瀬先生におはようございます、と挨拶をして着席する。それが四年生のときの朝の流れで。誰も予想していなかったよ。
「先生のおはなし!」
川瀬先生が背筋を伸ばしているように見えた。深呼吸して、少し悲しげに目を細めて…空気がしん、と静かになったのを覚えてる。怒られるのかもしれない…それとも誰かになにかあったのかな?皆色々考えていたと思う。
「先生のお話です。……泉ちゃんが転校しました。突然の事で皆驚いてると思う。けどご家庭事情で転校しました。詳しいことは言えません。辛いと思うけど…。……先生から泉ちゃんへは手紙を届けることはできます。だから皆で泉ちゃんに……………………」
長々と先生は話してた。みんなが黙って、泣く子もいた。泣いてる子以外はみんながびっくりしていた。わたしは途中から先生の話が理解出来ていなかったんだと思う…その日は途中から記憶がなくて気付いたら家だった。
自分の部屋に私は立っていて…ランドセルを背負ったまま。朝からの記憶がなくて、自分の中で照らし合わせてみたけど何も無い。でも一つだけ、覚えていた。
『泉ちゃんは転校しました。』
わたしはランドセルを投げ出して、靴も足を入れただけ。踵を踏んだまま走ってた。家の玄関の鍵も閉めていなかったと思う。飛び出していたんだ。
泉ちゃんの家に走った。私の家から泉ちゃんの家は近かったから。坂を上った先にある、泉ちゃんのお家。
(ピンポンを押したら、きっとお兄ちゃんか泉ちゃんのママが出てきてくれる!大丈夫!!)
走ったら三分もかからない道のりがやけに長く感じていた気がする。それかわたしの頭が混乱していたか…。すごく口が痛かったのも覚えてる。もしかしたら、わたし凄い勢いで唇を噛んだのかもしれない。血の味、していたのかな。
走った先の、泉ちゃんの家。
わたしはすぐにインターフォンを鳴らした。玄関の扉も叩いた。玄関の郵便受けを少しだけ開いて叫んだ。
「泉ちゃーん!れんだよ!あそぼ!」
誰の、声も聞こえない。わたしの声だけが響く。…ねえ、どうして。
「泉ちゃん!?お兄ちゃん!泉ちゃんママー!」
叫んだけど、返事はなかった。空気が冷たく感じて、頬がもっと冷たくて。息も思うようにできない。
なんで?どうして?わたしと泉ちゃん友達でしょ?なんで…?
知らなかったころ、わたしが初めて友達を失った日。何も、わたしができなかった日。無力で非力な、なにも出来ない子供だと悟った日。そんな日でした。