身分証と一生のお願い
宜しくお願いします。
○登場人物
・俺 / 俺ちゃん / 古本屋店員
・マスター / 僕 / 古本屋店主
・サトリ / 依頼主
俺とマスターが、朝食を食べているとサトリが目を覚ました。
「おはよ~。」
マスターの抜けた挨拶に、バツの悪そうなサトリが小さな声で挨拶を返した。
サトリの朝食を用意するか・・そう思って立ち上がると、サトリがぶつかってきた。
そのまま抱きつくと
「ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・ありがとう・・。」
と、言ってきた。
頭に手を乗せて髪をクシャクシャにすると、
「朝食、食べるだろ。
顔洗って来い。」
と、言って洗面所に送り出した。
今の俺が、俺ちゃんだということを受け入れてくれたようだ。
ニヤニヤしているマスターの顔が横目に見えたが、無視してやった。
「今日は、古本屋開けるのか?」
サトリの朝食を運びながらマスターに声をかける。
「う~・・・どうしようかな??」
「私、手伝います!!!」
悩んでいるマスターとは正反対の前向きな返事が聞こえた。
「じゃあ・・開こうか。
気乗りしないけどな~。」
そう言って笑うマスターは、とても嬉しそうだった。
朝食後、開く前に古本屋の掃除をしようという話になって、2人は掃除、俺は病院ということになった。
マスターが、病院へ行くなら・・と、何かをゴソゴソ探している間に、サトリは猫を伴って古本屋へ降りて行った。
「猫・・完全にサトリに懐いたな。」
「そうだね~。
そういえば、いつの間にか”サトリ”って呼んでるね。」
こちらに目もむけず、何かを探しながら質問してきた。
「ああ、サトリからのお願い・・約束なんだ。」
「へぇ~、お願いか。
あ、あった、あった。」
興味がないなら質問するなよ。
そう思いながら、マスターの投げてよこしたものを確認する。
それは、新しい身分証だった。
「ま、必要ないけど・・念のためね。」
「・・だな。」
そう言って事務所を出た。
あ!!支払いの事いうの忘れた!!
薬の分析費用と治療費・・・。
まあ、いいか。
デツとデップの事だ、許してくれるだろう。
ま、彼からは、文句言われるだろうな。
古本屋のバックヤードに入ると、サトリちゃんが一生懸命、埃落としをやっていた。
「10日程閉めてただけなのに、埃ってすぐ溜まるんですね。
これだけでも、結構大変です。」
・・・ごめん、サトリちゃん・・・それ・・・ずっと前から・・・。
申し訳なさ過ぎて涙が出る。
それにしても、箱入り娘だった割には、掃除とか・・手際がいい。
「ん~・・サトリちゃんって、家でも家事とかしてたの?」
「一応・・。
自慢できるほどはやってないけど、適当には。
自分の部屋とか・・やっぱりね。」
へ~、その辺すべて付き人の方々が、やってくれていると思ってた。
そういうことを自分でやる、やらないは、人によるのかね。
そんなことを考えていると、サトリちゃんの手が止まった。
「私・・存在してない・・んだよね・・・。
家族も帰る場所もない。」
黙って、話を聞こうかとも思ったが・・フェアじゃないな・・。
そう考え、机の上に封筒を置いて声をかけた。
封筒の中身を見たサトリちゃんは、僕と猫に順番に目を向けた。
「サトリちゃんの新しい戸籍・・。
もちろん、ちゃんと正規で通用するよ。
一応、色々経歴みたいなものもあるから読んどいてね。
・・高卒だけど・・大丈夫だよね。
それと、名前が変わっちゃうけど・・そこは勘弁してね。」
まだ、状況がよくわからず、ポカンとしている。
そりゃそうか・・普通、目の前に戸籍だされて、”これがあなたです”なんて・・ないよな。
苦笑いしながら話を続ける。
「この戸籍を受け入れてくれるなら、サトリちゃんは実生活において不自由はないよ。
誰も気にすることなく自由に生活できる。
働くこともできるし、学校にも行ける。」
僕の話を黙って聞いていたサトリちゃんが、急に封筒の中身をしまうとテーブルに置いた。
「これは貰えない・・・。
私は、二人に散々迷惑をかけて・・俺ちゃんなんて、2回も死んじゃって・・。
それなのに、私は散々ひどいこと言って・・。
何も返せてないのに・・・私だけ・・・。」
「大丈夫だよ。
最初に言ったでしょ。
依頼があれば、報酬がある。
まだ、報酬の額って言ってなかったよね。」
ニッコリ笑って、サトリちゃんの顔の前に目いっぱい開いた掌を見せる。
「5000万円!!
ぴったりこっきり、サービス料込。
分割手数料無料、ある時払いの催促なし。
それにさ・・戸籍ないと働けないよ。」
「でもそれじゃあ・・。」
言いかけるサトリちゃんを静止して話を続ける。
「でも、5000万円なんて払えない・・と、お困りの貴女。
大丈夫、ここでスペシャルなお知らせ。
今だけ、この5000万円をチャラにする方法をお届けします。
方法は、簡単。
僕のお願いを聞くだけ。
今度は、僕が依頼主。
さあ、どうする?」
サトリちゃんの目を真正面から見て返答を待つ。
僕が冗談で言っているわけではないことを、十分感じ取っているはずだ。
帰ってきた返事は、
「わかった。
お願いを聞く。」
強い意志を持った返事だった。
「とんでもないこと言われるかもしれないよ。
手籠めにされたり。
もっと、酷いことかも。」
「それでも、構わない。
私は、あなた達に救われたから。
ある時払いの5000万円なんて、あやふやなモノじゃなくて・・。
私のできることで返したい。」
強い娘だ・・。
お願いも断って、5000万円も少し払って後は誤魔化すこともできた。
というか、遠回しにそうするように言ったのだ・・。
が、そうはしなかった。
なら・・僕も、お願いをしよう・・一生のお願いだ。
僕自身も請けた・・一生のお願いを・・。




