電話と紙
宜しくお願いします。
○登場人物
・マスター / 古本屋店主
・軽自動車 / 愛車
・大鷹玲子 / 古本屋の客 & 今回の依頼人
・弟 / 依頼人の弟 & 今回の探し人
「どなたをお探しかわかりませんが、
人探しなら警察の方が良いのではないですか?」
「いえ、警察には頼めません。」
「それが、依頼内容を、なかなか話せなかったことにも
繋がるということですか。」
少し頷くと、また目線を手元に落とす。
とりあえず言葉少なめに、絞り出すように声を出す依頼人の話を遮らないようにしばらく黙ることにした。
「探してほしい人は、他人の戸籍で生きています。」
ああ、なるほど・・警察に頼むと、その過程でバレてしまう可能性があると・・
「一緒に生活していたのですが、
1ヶ月前にいなくなって、それっきりです。
連絡もない、しても繋がらない。」
そこまで話をして・・沈黙・・・沈黙・・・
え?終わり??なんぞ??情報を小出しにする作戦ですか??
しばらく出方を伺うが、沈黙は終わらない。
これは手ごわい。
諦めて、さらに話を聞くため、こちらから話を続ける。
「最初からですか・・後からですか・・?」
「え!?」
顔を上げ怪訝そうにこちらを伺う。
言葉足らずでしたか・・コミュ障を取り繕っても、すぐボロが出る。
「戸籍です。」
「あ、後かららしいのですが・・・
最初から無かったようなものです。」
「恋人ですか?」
「いえ・・弟です。」
「ん!?姉のあなたは戸籍があるのに、弟にはない??」
戸籍がないのは、聞いたことはあるが、姉弟で違うとは・・・
「弟の物心がつく前に、お金に困った母が戸籍を売っていたようです。
弟が生まれてすぐに両親は離婚・・私は父へ、弟は母へ・・」
「ああ・・なるほど・・」
聞けば、それほど不思議でもなかった。
軽く相槌を打ちながら、赤信号にブレーキを踏む。
依頼者は、最初と変わらず青白い。
一昔前に比べて、この国の治安は悪くなった。
世界一と言われた治安も今となっては見る影もない。
当然、殺人は捕まる、戸籍の偽造や売買も捕まる。
だが、人が殺されてもそれほど大きなニュースにもならない荒んだ世の中。
そんな国でも、戸籍があるとないとでは違う。
「で、いなくなった理由に心当たりは?
たとえば、お金、人間関係、仕事関係・・・いろいろありますよね。」
「・・・わかりません・・・。
以前はかなり荒れた生活を送っていたようなんですが、
偽とはいえ戸籍を得て、私に会いに来てくれました。
再会した時には、真面目にちゃんと働いていたんです。」
よく聞くテンプレのような話・・・。
まあ、とはいえ極論、そのまま荒れた生活を続けるか・・まともに生きるか・・
の二択だからよく聞くのも当たり前といえば当たり前。
「わかりました、依頼は人探しということでよろしいでしょうか?」
「はい。」
少し緊張は解けたようだが、青白いのは変わらない。
「では、依頼料ですが先日お買い上げいただいた本の千倍、
前払い即金となります。
調査期間は一ヶ月、成果が出なくても返金はできません。
こちらも、相応のリスクを負うということで、ご容赦ください。
それと、酷な言い方になりますが、
世の中は複雑なようで答えは大抵単純です。
1ヶ月も行方不明となると・・帰るつもりがないか・・死んでいるか・・
どちらにしろ依頼者にとって受け入れがたい結果の方が高い。
それでも、こちらを信用して御依頼いただけますか?」
自分の物言いか、依頼料か、どちらもか、
グッと身体を強張らせるかのように沈黙した後、
「わかりました、お願いいたします。」
と、ハッキリ言い切った。
「では、探し人の写真と情報、依頼料を口座に準備しておいてください。
電話でのやり取りはしますが、データでのやり取りはしませんので、
情報は紙で準備してください。
また連絡します。」