特売日とクビの理由
宜しくお願いします。
○登場人物
・俺 / 古本屋店員
・マスター / 古本屋店主
・猫 / 古本屋のペット
・大鷹玲子 / 古本屋の客 & 今回の依頼人
・小谷健一 / 依頼人の弟 & 今回の探し人
開店してから、まったく客が来ない午前中を過ごし、
止まらない欠伸をどう止めるか悩んでいた時、
カウンターの上にいた猫が顔を上げて、店の入り口を見る。
客か・・本日の来店1人目おめでとう。
何も出ないが、笑顔をやろう。
そう考えて、客の方を見ると、
その客は、ろくに選びもせずおもむろに一冊の本を手に取ると、そのままカウンターへやって来た。
「これいただけますか。」
カウンターに差し出された白く細い腕と、この顔には、見覚えがある。
弟探しの依頼人。
確かに、マスターの言う通り美人だ。
軽く会釈をして本を受け取り、会計しようと値札を探すが・・
「すいません、マスター。
これ値段がないのですが、どうしましょう?」
「ちょっとまって。
どこかに、値札貼ってあるでしょ。
ちゃんと探した?」
バックヤードから、ゆらりとカウンターに出てくるマスター。
「すいません、この本なんですが・・。」
本を渡し、マスターの返事を聞く前に、
「ここはお任せして、私は、買い出しに行ってきます。
今日は、特売日なので、ちょっと時間かかりますが、
お店よろしくお願いします。」
そう言って、そそくさと立ち上がり、バックヤードに姿を消す。
そのまま、正面入り口の自動ドアの電源を落とし、買い物の準備をして裏口から表に出ると、背伸びをし深呼吸をする。
「ふぅ~・・眠気覚ましに丁度いい。」
”Close / 閉店 ”と書かれた札を正面入り口に下げ、
「どちらにしても、客なんて来ないですけどね・・。
まさか・・が、ありますから。
念のためです。」
一緒についてきた猫にそう話しかけ、
バックパックを担ぎ、エコバックを片手に、颯爽と買い物に出かけた。
「警察には、匿名で遺体が埋められている場所を連絡しました。
捜査が始まれば、すぐにでも、見つかると思います。
善良なる一般市民からの通報には、
動かざるを得ないでしょう。」
カウンター前に置かれた椅子に座り、
黙って話を聞く彼女は、以前に比べてかなり落ち着いている。
「ありがとうございます。
最後まで、弟を探してくださって・・」
少しとはいえ笑顔を浮かべる彼女の顔を見るのは初めてだ。
「いえ、追加の依頼なのですから当然ですよ。
こちらこそ、何も詳細をお話しできず、
申し訳ありません。
あなたが何か行動を起こして、
容疑者にされると困ってしまうので
何もお話しできませんでした。」
調査報告をしたあの日、
僕は、弟さんのご遺体を探すことを提案した。
こちらを信用してくれた相手への誠意だ。
ただ、追加依頼として、報酬はいただくけど・・。
こちらは、彼の記憶があれば、造作もないこと。
いわゆるWinWinな関係というやつだ。
「あなたは、これからすぐ警察に捜索願を出してください。
2ヶ月近く連絡が無く、行方知れずだと・・。
姉弟だということは、DNA検査で確定できますよ。
あと、その際の失踪者名は、このお名前で。」
彼女の前に一枚の紙を置く。
「え?これは・・?」
戸惑う彼女に、
「井上勇樹さん・・大鷹勇樹さんの方が良かったかな。
弟さんの本当の戸籍です。
住民票や免許・・その他、個人に関する情報は
全て弟さんのところにお返ししましたよ。
その代わり、これまであなたの弟さんの
使っていた戸籍はこちらがいただきます。」
ゆっくりと紙を手に取り、ジッと見つめる彼女の目から大粒の涙が零れた。
一枚の紙を胸に抱きしめ、声を殺して涙する彼女は、これまでで一番美しかった。
ただ、その後、泣き止まない彼女のために、コーヒーを淹れ落ち着かせようとするが、目的を達成するにはかなりの時間を要した。
「取り乱してすいません。」
泣き腫らした目で頭を下げる彼女に、
「いえ、大丈夫です。」
大丈夫じゃないが、大丈夫だと、とりあえず答えておく。
というか、それ以外に言葉が見つからない。
「あの、こちらを・・。」
依頼人が、差し出した封筒の中には、旧弟名義”小谷健一 ”の通帳とハンコが。
中身を確認し、契約終了を告げる。
「確かに・・受け取りました。
これで、契約は終了です。
・・すいません・・
こんな時、何か元気づけられるような良い言葉が
出てくると良いのですが・・
ただ、ここまで家族に拘った弟さんですから、
きっと、今もあなたの傍にいますよ。」
依頼人は、しばらく無言で俯いていたと思ったら、
「ありがとうございました。」
と、何かを吹っ切るように、急に立ち上がり深々と頭を下げた。
入口の自動ドアは、きっと彼が電源を落としているだろうから・・と、依頼人を見送りに入口の方に向かっていると、こんな質問をされた。
「あの、前に来た時の店員さんいらっしゃらないんですか?
今日、お店に入った時、
てっきりあの時の店員さんだと思ったら、
別の方だったので。
全然違う方なんですけど・・
何というか雰囲気が似ているというか。
ちょっと、吃驚したので・・。」
突然のことに、こちらが吃驚です。
「あはは、そうですか?
前の店員、勝手に商品売って小遣いにしていたので、
クビにしたんですよ。
態度も悪かったですし、あ、ご存じですよね。
にしても、まいったな、似てるって言われると、
また同じことするのかな~。」
唖然と吃驚が入り混じったような顔をして会釈をすると、
依頼人は振り返らず去っていった。




