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BLACK GUARD  作者: やっちら
9/10

最後の償い

 メッカ達はミオス達と別れた後、ギッシュのいる城へと無事に到着した。

「ふうん。ノウム君の言ってた通り、本当に人払いされてるね」

「こっちにとっては好都合や」

「リーデルはどこだ!?」

 口々に喋りながら、大きな門の中へと進もうとしたのだが。

「……死体だね」

「……死体やな」

「ま、まさか……! …………ふう。リーデルじゃないな」

 倒れていたのは、三十代前半くらいの女。背中をバッサリと斬られ、血だらけで倒れている。

 すでに事切れているのは明らかだった。

「ま、ギッシュやろ」

 頭を掻きながら怠そうに呟くアイウォレ。

 ポンパはリーデルではなかったことにホッとしながらも、「いくら復讐とはいえ、ギッシュって奴は酷いことをするな」と死体へ哀れみの視線を向ける。

「…………復讐って、そういうもんなんじゃない」

 メッカは女の死体に軽く手を合わせた。

 悪いことをされたから、悪いことで返す。しかし同等の悪いことで返すだけでは復讐にはなり得ないのではないだろうか。復讐とは、相手から受けたものよりも、更に悪いことで返すことなのだろう。

「おい、死体なんぞほっとけ。一々気にしてたらこの先キリがないで」

 アイウォレの言う通りだろう。城にはギッシュが復讐したい輩は山程いる。恐らく今頃は死体の山ができているかもしれない。

 先行くアイウォレを追い掛けると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 城の方へと近付けば近付くほど声は大きくなり、ついには一人の少女が姿を見せた。銀色のお団子頭の少女だった。

「リ、リーデル……?」

 ポンパが掠れた声で呼び掛けると、少女は大きな瞳を更に大きく見開く。

「ポ、ポンパ!?」

 驚く彼女の腕には大泣きしている赤ん坊がいる。

「なんや、まさかの子持ちかいな」

「んな訳あるか! リーデル! 心配したぞ!」

 アイウォレの冗談(?)にポンパは勢いよく突っ込み、リーデルと呼んだ少女のもとへと飛び出した。

「ポンパも無事だったのですね!」

「ああ! こいつらに偶然助けられたんだ! ギッシュって奴に変なことはされなかったか!?」

「う、うむ……変なことはされてはおりませぬが……」

 ポンパの無事を喜んでいた表情から一変。いやに歯切れが悪い返答である。彼女は赤ん坊をあやしながら悲しそうに見つめる。

「……大方、目の前で人を殺されたんとちゃうか」

 そう言ってアイウォレは、先程の死体があった方向に視線を向ける。

 もしかするとその赤ん坊は――

「……ギッシュ殿のことが――よくわかりませぬ」

 リーデルはぽつりと呟いた。

「あの者は一体――」

「復讐なんだよ」

 メッカはリーデルの疑問に答える。

「ギッシュは復讐に人生懸けてるからさ。やることはメチャメチャだと思う。それを僕らが理解しようとしたって無駄だよ」

「あいつはもう自分しか見えてへんねん」

 付け足したアイウォレの言葉に、リーデルは「でも――」と続ける。

「ギッシュ殿は、あなた方の呪いを解いてほしいと――わらわに願いました」

「え?」

「は?」

 メッカとアイウォレはお互い疑いの眼差しを彼女へと向ける。

「まさか、同情のつもりかいな」

「ギッシュの呪いは解いたの?」

 彼女はゆっくりと首を横に振る。

「いいえ、自分には必要ないと」

 これまた奇天烈な話である。ならば何故、ポンパとリーデルを誘拐したのか。メッカ達も懸命に呪いを解く方法を探したが、この数年なんの手掛かりも得られなかったのだ。それを見つけたギッシュの労力は計り知れないように思う。

 それなのに、自分の呪いを解くつもりがない。

「つまり、どういうことやねん」

「もうすぐ復讐が終わるから必要なくなった、とか?」

 しかしそうすると彼は――

「死ぬつもりだな」

 あっさりと答えたのはポンパだった。

「――それだけでありましょうか」

 そしてそれに異を唱えたのはリーデルだ。

「あなた方の為に呪いを解く方法を探していたとは思えませぬか?」

 彼女は優しいのだろう。きっとギッシュがただの悪人だとは思えないのだ。

「なんじゃい、オレら巻き込んだ罪滅ぼしとでも言うんか。だとしても関係あらへんやろ。あいつが何を考えてようが、悪人は悪人や」

「アイウォレがそれ言っちゃう?」

「ああん? 文句あんのか!?」

 ガンを飛ばすアイウォレを無視し、メッカはリーデルに向き直る。

「もしかしたら、リーデルちゃんの言う通りなのかもしれない。それに僕はギッシュのこと嫌いじゃないよ。そりゃあ、いつも自分は安全なところから指示だけ出して僕がほとんど最前線で無茶やらなくちゃだし、失敗すると笑顔で怒ってめちゃめちゃ怖いし、それがトラウマですごくすごく苦手だけど」

「……それはフォローのつもりなんか?」

「とにかく、ギッシュが死ぬつもりなら、僕はそれを止めに行く!」

 そう宣言してグッと拳を握り締めると、アイウォレは肩を落とした。

「なんや、結局あいつに最後まで振り回されるんか……」

 そうは言いつつ、反対はしなかった。

 いわゆる同じ釜の飯を食べた仲ではあるのだ。いくら辛い記憶があろうとも、メッカもアイウォレも彼に対して情はある。

「ってことだから、ポンパとリーデルちゃんはその赤ちゃんと一緒にここで待っててよ。すぐに戻るからさ」

 いつの間にやらぐっすり眠っている赤ん坊を抱き締めたリーデルは、少しだけ嬉しそうにコクリと頷いた。

「戻ったらちゃんと呪いを解いてやるから、安心しろ!」

 リーデルを取り戻してすっかりと機嫌を良くしたポンパに、アイウォレは「当たり前やろ」と突っ込みながら城の中へと向かってゆく。

 メッカもすぐにその後に続いた。




 城の中は――想像通りの悲惨な状態だった。

 逃げ出そうとしたのか、扉を開けた瞬間に数人の死体が転がっている。

「こん中あいつを探し出すて、えらい気が進まへんな」

 アイウォレは心底嫌そうな顔で呟いた。

 血の匂いが充満する中、この広すぎる城内をどう進んだものかと悩んでいると、新しい血が点々と滴っているのを見つける。

「アイウォレ、これ」

「……外の死体のか」

 恐らくそうだろう。あの赤ん坊の母親と思われる女の返り血だ。

 一先ずこの血を辿ればギッシュのもとに近付けるだろう。

 お互い無言で頷き合って、二人は奥へと進み始める。

「ギッシュに会うのはどれくらい振りかな」

「五年や」

 苦々しく呟かれた言葉に、ふと昔を振り返る。

 ――呪いの宝石を見つけた後、お互いの能力、また背中に刻まれた呪いの印について気付き、三人は孤児院を出た。

 ギッシュはメッカとアイウォレに一つ提案をしてきた。呪いを解く方法を探すことはもちろんだが、自分の復讐の為に手を貸してくれないかと。その代わり、能力の上手い使い方を教えてくれるというものだった。ギッシュは頭がよかった。それに比べ、アイウォレの良いところは顔だけだったし、メッカはまだ幼すぎた。ギッシュに従わざるを得なかったのだ。

 それからというもの、能力を使って様々な詐欺や盗みを働いてきた。そしてメッカもアイウォレもギッシュの力を借りずとも、一人で生きられるくらい十分逞しくなると、ギッシュの無茶な要求に不満を感じ始めていた。それまでも日々、命からがらに資金集めを行っていた積み重ねで、すでに二人はくたびれていたのだが、復讐に対する異常な執着から、ギッシュの資金集めは日に日に過激化していった。

 ついにギッシュのもとを離れようと決意したのは、とある大金持ちの金庫を狙った資金集めの仕事が切っ掛けだった。今までの経験の中で一番相手が悪かった。相当頭の切れる男だったのだ。

 結果、メッカとアイウォレはその男に捕まり、殺される寸前だった。ぎりぎりのところでギッシュの手助けが入り、一命を取りとめたのだが――

『またよろしく頼むよ』

 悪びれもしない笑顔を張り付け放たれた言葉に、これ以上ギッシュに関わっても、ろくなことにならないだろうと、二人は彼に見切りをつけたのだ。

 ――もう協力するのは嫌だ。

 そう言うと、ギッシュは表情一つ変えずにそうか、と一言呟いた。

 呪いの印はどうするんだと問われたので、自分達で解く方法を探すと告げれば、ギッシュはそれ以上何も言わなかった。

 あの時、少しだけ――ほんの少しだけ、彼が寂しそうに見えた気がした。

 そしてそのまま――メッカとアイウォレは逃げるようにギッシュのもとを去ったのだ。

「……そっかあ、五年かあ」

 長い螺旋階段を登りながら、メッカは何とも甘酸っぱい思い出だなあと昔を振り返ったのだった。

「ギッシュなら本当にやるとは思ってたけど、せっかく国王になったんだから、復讐なんていくらでもやりようがあるのに勿体ないよね」

「オレにはあいつの気持ちは読めんけど、復讐だけが生き甲斐やったんはわかる。それさえ終わればあとはどうでもいいんじゃ」

 自分の命さえもな――アイウォレはそう言って、うんざりしながら螺旋階段の先を見つめる。

「止められるかな」

「お前が止める言うたんやろが」

 もちろん止めたい気持ちはあるのだが、実際止められるかはまた別の問題である。

 メッカはそう言葉を続けようとしたが、隣のアイウォレはすでに階段を登り続けることに疲れ始めている様子だったので、体力を温存する為にも無駄な会話は避けることにした。

 しばらく二人は無言で登り続けると、ようやく一つの扉にたどり着いた。

 すでに血の跡は途切れていたが、一方通行だったのでこの先にいることは間違いないだろう。

 重い扉をギギギッと音を響かせながら開くと、青空が広がった。

 外に繋がっていたのだ。

 周りを見渡せば、大砲がいくつか設置されており、本来ならばここから敵を迎撃できるのだろうと思われる。

 そして――

 ただ一人の男が、城下町を見下ろして佇んでいた。

 元は純白だったのだろう真っ赤に汚れた衣装を着て。


「ギッシュ」


 メッカがそう呼び掛けると、金髪の男はゆっくりとこちらを振り向いた。

「やあ、メッカ、アイウォレ――久し振りだね」

 とても穏やかに、優しい笑みを浮かべて、彼は言った。

「君らのことを夢で見ることはできなかったが、きっと来るだろうと予想はしていたよ」

 以前よりも数段風格がある彼は、それでもやはり昔のままの復讐に燃える瞳を湛えていた。

「ギッシュ、願いの宝石――見つけてくれたんだね」

 メッカの言葉にギッシュは薄く微笑むのみ。

 それを見てアイウォレが前に出る。

「オレらだけ呪い解けってのはどういう了見じゃ、ああん?」

「もちろん、間に合わなければ俺も呪いを解くつもりだったさ」

 間に合う――というのは、やはり復讐のことだろう。

「復讐を終えたら――死ぬつもりなの?」

「俺の生きる意味が無くなるからね」

「生きるのに意味なんて必要ないよ」

「……必要さ。意味を見出だせなければ、人は死ぬ」

 極論だ。

 極論だが、ギッシュにとってはそうなのだろう。

「昔みたいにさ、三人でまた一緒に行こうよ」

「俺が嫌で逃げ出したんだろう」

 それはそうだが、復讐という目的を終えたギッシュなら、きっとうまくやっていけるのではないだろうか。多分。

 それに何より――

「今のギッシュならいいよ」

 ふと、ギッシュは訝しむようにメッカを見る。

「だって、すごく寂しそうだもの」

 彼は押し黙る。

 そして背中を向けて、周りを囲っている腰ほどまでしかない石壁の上へと身軽に飛び乗った。

 まさか飛び降りるつもりか――

「ギッシュ!」

 再び呼び掛ければ、彼もまたこちらを振り返る。

「君達に会わなければ――こんなに寂しくはならなかったのかもね」

 それはとても寂しそうな子供のような顔だった。

 不意に、彼の足が地面から離れる。

 彼は空に向かってそのまま後ろへ倒れ込み――

「あほが!!」

 アイウォレが飛び出すのを見て、メッカも慌ててその後を追い掛ける。

 普段ならすぐ追い越せるはずだが、この時ばかりはアイウォレの足が速かった。

 落ちる寸前、アイウォレがギッシュの腕を掴む。

「くっ……こんの!!」

 追い付いたメッカは、落ちそうになるアイウォレの体を慌てて支えた。

「ギッシュ……! お前っ、勝手なことばっか、やりおって……!」

「アイウォレ……」

 ギッシュは意外そうに目を見開く。

「散々こき使っておいて、自分の用が済んだら、はいさようならやと.....! 償いせーや!」

「……その償いが、願いの宝石さ」

「はっ! そんなんただの自己満じゃ! そんなんで足りる訳あらへん!」

「ギッシュ! 僕の手にも捕まって!」

 メッカはアイウォレを支えながら手を伸ばす。

「勝手に死ぬなんぞ、許さへんぞ……!」

 そろそろアイウォレの力では限界だ。

 しかしギッシュはメッカの手を取ってはくれない。

「メッカ、アイウォレ」

 彼は穏やかな口調で二人の名を呼ぶ。


「――ありがとう」


 それは、彼と会ってから初めて見る心の底からの笑顔だった。

「……くっ!?」

 瞬間、ギッシュはアイウォレの手を振り払う。

「あっ……!」

 メッカが手を伸ばすが、僅かに届かず。


 ギッシュは笑顔を浮かべたまま――奈落の底へと落ちていった。

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