呪いの印
「な、なんだこれは!?」
「これとは何だ! ポンパだ! 失礼な奴だな!」
怯えるような視線を向けるミオスに、ポンパは羽を羽ばたかせながら叫ぶ。
メッカ達はゴロツキを倒したあと、まずは毒に侵されたマゼンダとミオスに解毒剤を買って飲ませ、グルミゼラの中にある宿屋に泊まった。
もちろん、二人の正体は隠さなければならない為、あまり経営状況がよろしくなさそうな地味で安い宿屋を選んでいる。それでもかなり大胆不敵だとは思うものの、野宿は勘弁というアイウォレの言葉に各々が賛成した上での結論である。
驚いたことに彼らは一夜明けてすっかり元気になったので、とりあえず宿屋の一部屋に集まって話し合いの場を設けたのである。
そして、メッカのリュックサックに隠れるのも我慢の限界を迎えたポンパは、ギッシュの義姉弟になるという、つまりは王女と王子にあたるマゼンダとミオスの前に何の躊躇いもなく姿を現したのだった。
「あの! こ、これは一体何なんですか!?」
ミオスは腰を抜かしながらメッカ達に助けを乞う。
「妖精」
「ファンシーな生物」
「願いの宝石の守護精だ!」
メッカとアイウォレに続いたポンパの言葉に、『願いの宝石ぃ~?』と一同が声を上げる。
「それは初耳やな」
「あら、貴方達も聞いてないの?」
冷静なマゼンダに問われ、そういえばポンパのことについて何も知らないと気付くメッカ。呪いを解くことができるという半信半疑なことしか聞いていなかった。信憑性はもちろんある。誰にも知られるはずのない呪いのことを知っていたからこそ、メッカとアイウォレはわざわざグルミゼラまで赴いたのである。
「えーっと、二人はギッシュのこと知ってるし、話しを共有してもいいよね?」
アイウォレに尋ねれば、思いの外すんなりと頷いた。
「知られて困ることはないからかまへん。例え言いふらされたとしても、言いふらしたそいつが頭のおかしな奴と思われるだけやし」
怪訝な表情でこちらを見るマゼンダとミオスに、メッカは事の経緯を説明し始めた。
「まずは僕とアイウォレとギッシュの関係だけど、同じ孤児院の出身なんだ」
「ということは――彼が城を出た時からの知り合いということね」
マゼンダは言葉を選びながら紡ぐ。
メッカは頷き、「馴れ初めは割愛するけど――」そう言ってからどう説明したものかと考えあぐね、
「何やかんやあって、ギッシュの後をついて行ったらみんなして呪われちゃったんだよね」
「割愛し過ぎ!?」
ミオスの大げさな突っ込みに唸るメッカ。
「うーん、あんまり記憶がないんだけど、三人である洞窟を冒険したんだよ。そしたら、ギッシュが変な宝石を見つけたんだ」
そう説明すると、ポンパが視線を鋭くする。
「〈呪いの宝石〉に呼ばれたんだな」
「の、呪いの宝石……?」
顔を青くするミオス。コロコロと表情が変わる人だなーとメッカは心の中で感心する。
ポンパは少し得意気に鼻を鳴らした。
「ボクも詳細は割愛させてもらうが、呪いの宝石というのは、願いの宝石と対になる存在だ。元は一つだったんだけどな。それが、簡単に言えば良いものと悪いものに分かれてしまったんだ」
そして良いものである願いの宝石が、守護精としてボクを生み出した――とポンパは続ける。
「願いの宝石は、人間の巫女を通じて人間の願いを叶える」
「もしかして、その巫女がリーデルちゃん?」
こくりと頷くポンパを見て、なるほどそれでリーデルがいなければ呪いは解けないのだとメッカは納得する。ポンパは話を続ける。
「元々、人間を豊かにする為に生まれた宝石なんだ。だけど、何でも叶える訳じゃない」
「なにぃ?」
アイウォレが不審がる。自分達の願いが叶わなければ意味がないからだ。
「安心しろ。願いの宝石が人間の為にならないと判断したもののみ受け付けないだけだ」
「どういう基準じゃ」
ポンパの説明に呆れるアイウォレ。
「ちゃんと判断してくれるんやろな?」
「お前達が無害な存在だと認められれば可能性はある」
「ケンカ売っとんのか、ワレ?」
「ぐっ!? や、やめろ!?」
素早い動きでポンパの首を締めるアイウォレ。
まあまあと宥めれば、アイウォレは不満顔ながらも手を緩める。
「……ぶはー! だ、大丈夫だ! リーデルは心優しい巫女だから、きっと呪いは解いてくれる!」
「は? きっと?」
「ぐは!?」
再び強まるアイウォレの手元。
「か、必ず解きます……!!」
必死のポンパに、「最初からそう言えや、あほ」と悪どい顔で舌打ちする。
「ものすごく有害に見えるわね」
「姉さん、聞こえるから!」
呟くマゼンダに慌てるミオス。メッカもマゼンダの言葉には共感したのであった。
「で、貴方達の呪いとは一体どういうものなのか、聞いてもいいのかしら?」
「あ、あまり聞きたくない気もするけど……」
興味津々そうなマゼンダに対してミオスはまたも顔を青くする。
極端な姉弟である。
「いいよ。まずは僕の呪いからね。えっと、背中を見せたほうが早いと思うんだけど……」
チラリとマゼンダを見やれば、その意味をすぐに察してくれ「ええ、構わないわ」と答えてくれる。婦人の手前、メッカも一応気を使ったのだ。
「んじゃ、遠慮なく」
チョコレート色のコートを脱ぎ、シャツを捲り上げる。背中を見せれば、ミオスが「うわあ」と怯えた声を上げる。
メッカの背中には大きな刺青のような紋様が刻まれていた。
蛇のようなグネグネしたものが絡まった歪な藍色の紋様である。
「これが〈呪いの印〉だ」
メッカの代わりにポンパが疲れた顔で口を開く。
「呪いの宝石は、強い願いを持つ者を見つけ、心に呼び掛けるんだ。そして特殊な能力を授ける。その代償として呪いの印を付けるんだ」
「特殊な能力?」
マゼンダは興味深そうに首を傾げる。
メッカはシャツを着直し、窓に置いてある萎れた花が飾られている花瓶に目をつける。
「もう二人も見たと思うけど、僕の能力はこれ」
花瓶に手をかざすと、その花瓶が赤く光り、フワリと宙に浮く。
「ひい!? さ、さっきの男達を倒した技ですね!?」
「なるほど、重力を操るのね」
正直メッカもよくわかってはいないのだが、基本的にマゼンダの言う通りである。
「次はアイウォレの番だよ」
花瓶を元に戻してから促すと、ミオスが「ア、アイウォレさんも背中に呪いの印があるんですか?」とおずおずと問い掛ける。
「見たいんか? オレの背中は高いで」
「えー! それじゃあ僕の背中が無価値みたいじゃん!」
反論すれば「オレと並べると思うなよ」と冷たい返答。確かにアイウォレのような一般的に美男子と呼ばれる者のほうが金が取れることは確かだろう。しかしメッカの童顔も、その辺りの層には大受けのはずである。
と追加で反論しようとしたが、無意味な張り合いな上に切なくなってくるので止めた。
「能力は教えてくれるの?」
またしても興味ありありな様子のマゼンダに、アイウォレは面倒くさそうにミオスに向き直り、「お前の秘密、頭に思い浮かべや」と告げる。
「へ? ひ、ひみつ!?」
ミオスは慌てながらも考えを巡らせているようだった。
「あ、あの……絶対、言いませんよ?」
思い付くものがあったのか、少し身構えるミオス。
「言う必要はあらへん」
言うやいなや、アイウォレは彼の手を掴み取り、真剣な表情を浮かべる。
燃えるような赤紫色の瞳に見つめられたミオスは、動けなくなり息を飲んだ。
瞬間、アイウォレは物凄く面白くなさそうな顔に戻る。
「うわ、くっだらな。尻の青アザかいな」
言い当てられたのか、真っ赤な顔になったミオスは「な、な、な、うわー!?」と挙動不審に叫び出した。
マゼンダは驚き口に手を当て、ボロい木の椅子から立ち上がる。
「それはミオスがひた隠しにしていたもはや私しか知らない秘密! まさかあなたの能力は――」
アイウォレはニヤリと笑う。
「精神感応じゃ」
つまり、彼の能力は人の心を読むことができる能力なのだ。
「そ、そんなバカな!?」
「いもしない彼女を想定して尻の青アザを笑われるのを心配しとる奴に疑われんのは納得いかへんなあ」
「わー! わー! 信じます! 信じますから、もう勘弁して下さい!」
色々な意味でかわいそうなミオスである。
「それは相手に触れないと読めないのかしら?」
「どれだけの力を出すかによるな。本気出せば触れんでも、周りの全部の声が駄々漏れになるくらいのことはできる。死にそうになるからやらへんけど」
「貴方達、すごいわね」
マゼンダは肩を竦めて感心したように二人を見回す。
もちろん、この能力は非常に役立つものなのだが、問題は呪いの印なのだ。
「でもさ、もうすぐ死ぬんだよね、僕達」
「――代償、と言っていたわね」
呪いを受けた際、声が聞こえたのだ。
その呪いの印はお前達の命を蝕んでゆく、と。
恐らく、呪いの宝石の声だったのだろう。
今は声は聞こえないものの、呪いの印を伝って己の死期を全身で感じ取れるのだ。
「だけど、呪いを解いたらその能力も消えるんじゃないかしら。それでもいいの?」
彼女の言う通り、そうなるだろうという予測はついている。だが命が無くなれば力があっても無意味なのだから、そこはとうの昔に覚悟はできているのだ。
「ちなみに、『願いの宝石の守護精』としても同じ見解なんか」
「さあ」
アイウォレの顔色の雲行きが怪しくなると、ポンパは慌てて「本当に知らないんだ!」と叫ぶ。
「ボクのところに来た呪いの印を持つものは、お前達が初めてなんだからな!」
ということは、他のものはすべて呪いによって死んでしまったのだろうか。
「それでちゃんと呪いは解けるんやろな?」
「それは大丈夫だって言ってるだろ!」
正直、少し頼りない気はするのだが、今は信じるしかないのだろう。メッカはとりあえず説明を続けることにする。
「でさ、呪いは解けるらしいんだけど、ポンパから交換条件出されちゃってね。さっきポンパが話してた願いの宝石の巫女がリーデルっていう子なんだけど、ギッシュに誘拐されたみたいで取り戻すのが条件なんだ」
「えっ、じゃあギッシュも目的は同じなんじゃ……」
「せやろな。オレらより先に見つけ出したんやからのう」
ミオスはアイウォレのあっさりした態度に釈然としないようだ。
「なら協力したほうがはやいんじゃないですか? ギッシュだって――」
「それはどうかな。ギッシュとは喧嘩別れしたみたいなもんだったから。嫌気が差して『もうギッシュにはついていけない』って言ってアイウォレと一緒に逃げ出したんだよね~」
「逃げたんやない。愛想を尽かしただけじゃ!」
憤るアイウォレに肩を竦めながら「こっちはそんなところだよ」と説明を終える。
「まあ、ギッシュと協力しろと言ったところで、アタシ達についてもらうとしたらならば、それも無理な話ね」
マゼンダは髪を掻き上げ、メッカ達に強い視線を向ける。
今度はマゼンダ達の事情を聞く番だ。
「ギッシュと行動を共にしていたのなら、彼が復讐の為に王を殺したことは知っているのかしら」
「まあね」
メッカは頷く。呪われた際に協力を仰がれてギッシュの生い立ちについては粗方聞いているのだ。
「アタシ達は彼を止めたいと思ってるの」
凛と言い放つ彼女からは、憎しみのような感情は全くないように見える。
「止める? ギッシュの復讐は王を殺したことで済んでるんじゃないの?」
惚けたように質問すれば、マゼンダは押し黙り、こちらの反応を伺うようにジッと見つめられる。
軽く溜め息をついてメッカは口を開く。
「君達は王妃の子供なの?」
マゼンダとミオスは二人同時に頷く。
「ってことは、毒を盛ったのもギッシュなんだよね?」
「何が言いたいの?」
眉をピクリと吊り上げるマゼンダに、アイウォレが鼻で笑う。
「はっきり言ったれや、メッカ。止めたいんやのうて殺したいんと違うかってな」
「そういうことね」
彼女は特に気を悪くすることもなく「自分の親がいかにひどい王と王妃だったかということも理解しているつもりだから」と淡々と告げる。
「ギッシュと彼の母親であるリオネラさんが苦しんでることも知ってたんです。でもおれ達は何もできなかった。グルミゼラ王国はギッシュが国王になってからすごくよくなってる。このままグルミゼラを守ってほしいと思ってます」
「はっ、えらい勝手なことほざいとるな。王妃の息子としてのプライドはないんか?」
切実に語るミオスは辛辣な言葉を放たれ、うっと呻く。
「後半は完全に腑抜けなミオスの考えだったわ。ギッシュの目的は恐らくグルミゼラ王国すべてに対する復讐。その為だけに国王になった彼がただグルミゼラの為に貢献するなんてことはまずないでしょうね。アタシには王女として国を守る義務がある。だけど彼の事情も知っているから、殺したくはない。何とか説得してミオスに国王の座を譲ってもらいたいの」
マゼンダの言葉にさらにうぅっと呻くミオス。
「それもそれでえらいしたたかな考えやな。大体、あいつが国全体に報復するつもりがあるってのは確証あるんかいな?」
「あるわ。彼は裏でグルミゼラに恨みのある小国の者達を集めて、戦争を始めようとしていると情報があがってる。それに――貴方達ならそんなことも知っているのだと思ったけれど」
またも探るような視線にメッカは苦笑いを浮かべる。
もちろん王を殺し、国王の地位を手に入れたいことは知っていた。その為の資金集めに協力してきたのだから。そのあとの行動も、彼の性格を考えれば容易に想像はできた。グルミゼラ王国を滅ぼさないと彼の気は済まないのだろうということは。
ただ、ギッシュと別れたのは国王になる前だ。復讐の詳細については初耳である。
「まあとにかく、それを止めるのに協力しろっていうの? 相当難しいことこの上ないよ」
本心を伝えてアイウォレにも同意が欲しいと視線を投げ掛ける。
「あいつは――ギッシュは殺さな止まらんぞ」
意外なことにアイウォレは本気の忠告をしている。
マゼンダとミオスもそれがわかったのか、表情を引き締める。
「……昔馴染みの貴方達の説得も聞かないというのなら、貴方達の能力を使わせてもらいたいの。それと――ギッシュの能力についても教えてもらいたいわ」
そう言われて確かに説明していなかったなと思い出す。
「予知夢を見ることができるんだよ」
「よ、予知夢!?」
ミオスはまたも青ざめる。
「的中率はほぼ百パーセント。見たいものを見れるらしいよ」
こうしたらどうなるのか、ああしたらどうなるのか、いくつかの候補を上げて予知夢を見ることができるらしいのだ。ただどれだけ熟睡状態に持っていけるかで、予知夢の長さも変わってくるようなのだが。
知っている限りのことを説明すると、マゼンダは「厄介ね」と呟いた。
「そしたら、おれ達のこともお見通しなんじゃあ!?」
そう、確かにすべての行動を見透かされているとしたならば、非常に厄介でこの上ないのだが――
呪いの宝石の能力には、たった一つ弱点がある。
心配するミオスに、メッカはピッと人指し指を立ててこう告げた。
「ただし、呪われた者同士では能力が使えない」
ピシャリと告げた言葉に、その場はシンと静まり返ったのだった――