願いの宝石と呪いの宝石
ギッシュの目の前には、色とりどりのケーキやクッキーなどのお菓子がテーブルの上にところ狭しと並べられていた。向かいの席に座る少女が、それらをヨダレが垂れそうなくらい美味しそうに見つめている。
彼女の名はリーデル。銀色のお団子頭が特徴的な十二歳の少女だ。昨日、シーラ達に誘拐してきてもらった少女である。
彼女と話をする為、ギッシュの部屋へと招待していた。他人に聞かれるのは都合が悪いので人払いをしており、彼女と二人きりとなっている。
拷問がしたい訳でも、ましてや手込めにしたい訳でもない。より良い話し合いができるよう警戒心を解く為に、目の前のお菓子を用意したという訳だ。
「どれでも好きな物を好きなだけ食べるといいよ」
にこりと微笑んで見せると、彼女はハッとして頬を赤く染める。
「わ、わらわはこんなことで騙されませぬ!」
騙すつもりもないのだが、彼女の妙な話し方が少し笑ってしまいそうになる。思えばアイウォレの話し方も慣れるまでに時間が掛かったものだ。
「リーデル嬢、話だけでも聞いてくれないだろうか。〈願いの宝石〉について、ね」
彼女は困った顔をしてギッシュを見つめる。
「あなたもその力を利用したいだけなのではありませぬか」
「無論、利用するつもりだよ。だからこそ君を誘拐してまでここに連れてきた。だが、悪いことに使うつもりはない」
「悪人は皆、そう言いまする」
悪人――か。
ギッシュは自嘲する。
「……そうだね。しかし、それはすでに昔に願ってしまったよ。あとはもう自分の手で叶えることができそうだからね。今は別のお願いをしたいんだ」
「昔……? 〈願いの宝石〉に叶えてもらったと?」
いぶかしむ彼女に、ギッシュは首を横に振る。
「いいや。あれは〈呪いの宝石〉だったかな」
「っ!」
リーデルは茶色い瞳を真ん丸に開く。
「ならば、あなたの背中には……」
「さすがは〈願いの宝石〉の巫女だ。対の存在となる〈呪いの宝石〉についても詳しいと見える」
ギッシュは両腕を広げて大袈裟にリーデルを賞賛する。
「託宣された訳でもないが、時間がないことは自分の体がよくわかっているんだ」
何てことのないように語るギッシュを見て、リーデルは胸に付けた大きな花形のブローチをぎゅっと握り締める。
「……それが〈願いの宝石〉なのかな?」
そのブローチはコンパクトケースになっているようで、恐らくその中に〈願いの宝石〉が入っているのだろうと踏む。
「わらわから奪うつもりでありましょうか」
警戒する彼女に、ギッシュは「まさか」と返した。
「無理矢理奪ったところで〈願いの宝石〉は使えない。〈呪いの宝石〉と違って、〈願いの宝石〉には守護精がいるだろう。そして君という巫女の存在も必要だ。違うかい?」
「ど、どうやってそこまで調べて……」
彼女は驚きたじろぐ。
「長年の苦労が実を結んだのさ。結果、未開の土地〈エピシミア〉に辿り着いた。君達の故郷、〈願いの宝石〉と〈呪いの宝石〉の発祥の地だろう」
最初は〈呪いの宝石〉の存在も知らずに力だけを与えられたので、うまく予知能力を使うこともできず、背中に刻まれた呪いの印を頼りに、必死に手掛かりを探したのだ。呪いの印が載った書物を見つけ、エピシミアに辿り着くまでかなりの苦労を要したものだ。
しかも苦労して見つけたエピシミアには、すでに〈願いの宝石〉はなかった。リーデルは守護精と共に旅に出ていたのだ。最近になってようやく足取りを掴み、シーラ達に捕まえてもらったという訳である。
リーデルは何か思案しているようで無言で胸のブローチを見つめる。
「……勘違いをなされるな、そう簡単に願いを叶えられるものではありませぬ」
ぽつりと呟くように言う彼女の言葉に、ギッシュは大きく頷いた。
「わかっているさ。私は直接エピシミアを訪れたのだから。彼らは気難しい者ばかりではあったが、私が〈呪いの宝石〉の犠牲者と知ると色々と協力的に教えてくれたよ」
エピシミアについて知ったのはメッカ達と道を違えた後の為、一人でエピシミアの地へ向かったのだ。
自給自足をする未開の土地ながら、数々の石造りの建造物は美術品さながらの美しさを誇っていた。彼らの技術力に感服したものである。
「彼らから聞いた話によると、君という巫女の技量が大きく関係しているんだろう? そして何より――願いの宝石の意志が重要だ」
そう、願いを叶えるには、守護精との相性や精神的な強さも必要なことらしいのだが、まず第一に願いの宝石の意志を尊重しなければならない。
「おっしゃる通り。故に願いの宝石に叶える意志がなければ、そもそも願いを叶えることができませぬ。もちろん、願いの宝石が叶えようと示したとしても、巫女の技量が足りなければ願いは叶えられませぬ。だからこそ、わらわは〈願いの宝石〉の巫女としての修行の為、旅に出ておりました」
「修行の成果は出たのかな?」
「途中で邪魔が入りましたゆえ、まだまだ未熟者でございまする」
彼女なりの精一杯の皮肉だろう。ギッシュを可愛らしい顔で睨み付けてくる。
「それはすまなかった。だが、一回くらいは使えるだろう。守護精も必要ならば、改めて連れてくるとしよう」
無理矢理誘導しようとすると、彼女はギッシュを見据え、「願いは何なのですか」と真顔で問うた。
「それは――」
ギッシュが答えようとすると、部屋の扉がノックされた。
「ギッシュ様、急ぎの用件で参上しました!」
扉の向こうから聞こえた声は、シーラ達と同様、ギッシュが拾った一人――ノウムという男のものだ。
「申し訳ない、リーデル嬢。お菓子でも食べて少し待っていてくれ」
「そ、それなら仕方ありませぬ」
少し嬉しそうに頬を染める。
逃げ出す心配はあるまい。
そう判断し扉を開けると、丸眼鏡を掛けた前髪の長い根暗な男が立っていた。ノウムだ。
「おお、ギッシュ様! 相変わらずお美しい!」
見た目と違い、テンションは高い男なのだ。
「くだらない世辞はいらない。用件を言え」
冷たい言葉を放てば、ノウムは恍惚とした表情で「へへへっ」と気持ち悪くにやける。
「世辞じゃないんだけどなー。オラの本心なのになー」
彼はギッシュに対していつもこんな調子なので、かなり会話が面倒なのだが、頭はいい。それが彼を拾った唯一の理由である。
「もう一度言う。用件は?」
威圧感丸出しに問い掛けると、彼は「その美しい顔で凄まれると迫力がハンパないねー」とケラケラ笑う。
それに対し無言で待てば、ようやくノウムは「あー、はいはい、用件なんですけどね。アンシェルさんの野郎、どうにかしたほうがいいと思います」と話を進めた。
「何か問題でも?」
「いやー、まさか嗅ぎ付けられるとは思ってなかったんですがねー。〈ヴェンジェンス〉とのやり取りを知られちまったようで、城の幾人かに吹き込んでやがりますね。ま、ギッシュ様の人望がありますからね。まだ城の者も半信半疑でしょうが」
――なるほど。そこまで知られていたのか。
つまりは昨日の話し合いが、アンシェルなりの最終宣告のつもりだったのだろう。
「わかった。彼のことは私に任せろ」
「いいんですか?」
意外とばかりに丸眼鏡を押し上げるノウム。
アンシェルには義理もある。自分で始末をつけることが彼への手向けとなるだろうと考える。
「リーデル嬢の監視を頼む」
「え、まさか今からですか?」
呆気に取られた彼に頷くと、ノウムは「さすがですねー」と言っていつもの気持ち悪いにやけ顔に戻る。
「私のいない間、彼女を怖がらすなよ」
「努力しまーす」
ヘラヘラ笑いながら答えるノウムを置いて、ギッシュは部屋を出た。
どちらにしろアンシェルについては、近々処分するつもりだったのだ。
――すでに時も満ちている。
今さら作戦を城の者に漏らしたとしても結果に影響はない。
ノウムの言った〈ヴェンジェンス〉とは、グルミゼラ王国に滅ぼされた小国の生き残りの者達の総称だ。デマンド時代にグルミゼラ王国に歯向かってきた国は、全力でねじ伏せてきたのだ。この国に恨みのある者はギッシュだけではない。大勢いる。
そんな彼らをかき集め、ギッシュはこの国を滅ぼそうとしているのだ。
廊下を歩けば、一人の兵士とすれ違う。
「アンシェルを知らないか」
「はい、執務室にいらっしゃるかと……」
「そうか」
「お供致しましょうか」
兵士の言葉に一瞬考え、「いや、必要ない。ただ重要な話があるんだ。一時間ほど人払いをしてくれないか」と頼んだ。
兵士は大きく返事をし、深々と一礼してすぐにその場を去る。
これでどの程度止められるかわからなかったが、もうギッシュの中では誰にバレようと大した問題ではなかった。
執務室の扉を開ければ、まるで家捜しでもしているかのような散らかりようで、アンシェルが資料を読み漁っていた。
「ギ、ギッシュ様……!」
「こんなわかりやすいところに証拠など残さないよ」
狼狽えるアンシェルに思わず苦笑する。
そんなギッシュの様子を見て状況を悟ったのか、アンシェルは落ち着きを取り戻す。
「……わかっています。ですが、何かできることがあればと動かずにはいられませんでした」
それはどこか諦めにも似た表情だった。
「今更、君の行動一つでどうにかなるようなことではないんだよ。気付くのが遅すぎたな」
ギッシュはゆっくりと腰に提げた剣を引き抜く。
「憎しみは――消えませんか」
アンシェルの言葉に一瞬動きを止める。
もとより、憎しみを消すなどという考えすらない。
「私は復讐の為だけに生きている。それが終われば――」
剣をアンシェルの胸元へ向ける。
「死ぬだけだ」
言い終えたと同時に、ギッシュはアンシェルの胸を貫いた。
低い呻き声と共に、彼の口から赤黒い血が飛び出す。
「きっと――マゼンダ様と、ミオス様は……貴方を見捨てることは、ないでしょう――」
アンシェルは掠れた声でギッシュに伝える。
「――二人を逃がしたのか?」
その問いには答えず、彼はうっすらと笑みを浮かべるだけだった。
「きっと、貴方を……止めて――」
最後まで言葉にすることは叶わず、アンシェルはもう一度赤黒い血を吹いて床に倒れ込む。
彼の胸から剣をゆっくり引き抜いて、ギッシュはその場に立ち尽くす。
今日は王女と王子の食事当番からアンシェルを外した。いつまでも反抗するアンシェルに代わって毒を盛らせる為だ。逃がしたのはその後だろう。せっかく逃げおおせたというのに、彼らはまたグルミゼラに戻ってくるというのか。
ギッシュはフッと微笑む。
「……瀕死の状態で、一体何ができるというんだ」
マゼンダとミオス。
彼らとはほとんど会話したことがない。腹違いの姉弟という意識も全くない。だから、彼らから苛めを受けたこともなく、彼ら自身に恨みはない。
しかし、正妻の子供であることは紛れもない事実。ギッシュよりも遥かに待遇良く育てられたことは間違いないだろう。
そして、復讐を誓った相手の子供だ。彼らを消す理由としては十分だろう。
とはいえ、もう彼らを探し出す必要もないのかもしれない。
「リーデル嬢との話し合いも終わっていないのだが、仕方がないか」
ギッシュは軽く溜め息を吐き、息絶えたアンシェルを見据えるのだった――