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BLACK GUARD  作者: やっちら
2/10

自称大泥棒と自称占い師

「ヒュー、いい獲物発見!」

 露店が並ぶ人通りが多い道の中、下手な口笛を吹いて陽気に笑う男――メッカは、悪趣味な赤色のスーツに身を包んだ禿げた男に狙いを定める。

 人混みに紛れながら、サイズの合っていないダボダボのチョコレート色のコートを翻し、足早にその男へ近づいてゆく。

 そのまま足を止めずに男の背中にわざとぶつかった。

「うお!?」

「わわっと、ごめんね、おじさーん」

 軽い調子で謝ると男はチッと舌打ちし、ぎろりと睨まれる。しかし場所が場所なのか「こんのガキ、気を付けろよ!」と一言だけ告げ、ぷいと顔を背けられた。

「あはは、はーい!」

 男からパッと離れ、メッカはすぐに裏通りへと駆けてゆく。

 さすがに人の多い中で騒ぎを起こす気にはならなかったのだろう。もちろん、それを見越した上での行動ではある。

 裏通りに入ると、捨てられたのか置いてあるのかよくわからない使われていなさそうな大きな木箱があったので、とりあえずそこに隠れるように飛び込んだ。

「うひひ、大成功!」

 メッカの手の中には、黒い長財布が一つ。先程の男の物である。

「うーん、中身はまあまあかな?」

 お札を数え、赤茶の髪をポリポリ掻くメッカ。

「だけど、ガキ呼ばわりされた見返りとしてはちょっと少ないかなー」

 不満タラタラに頬を膨らます。

 大抵の人が見れば、十五、六の少年に見える彼の本来の年齢は二十一だ。身長の低さと大きな金色の瞳を持つ童顔が、彼を幼く見せている。

 ――これじゃあ、今日の収穫としては満足できないなあ。

 そんなことを考えながら、メッカは木箱の中から顔だけひょいと出し、次の標的を見つけた。

「ちょっと、その壺は丁重に扱って」

「言われなくてもわかってる」

 人通りの少ない裏通りの一角で、品の良いドレスとスーツ姿の男女が、高級そうな青い壺を大事に抱えていた。

 何となくその二人の様子には違和感がある。夫婦にも見えず、かと言って恋人同士にも見えない。どちらも二十後半くらいのようだが、立ち居振舞いに隙がない。

 ――変装したコソ泥ってところかな?

 自分のことは棚に上げ、悪い奴らに違いないと青い壺を狙うことにした。

 それなりの戦闘力は身に付けていそうなので、直には対決せず、壺を奪おうと算段する。

 幸い、まだこちらの存在は気付かれていない。

 メッカは人差し指を、二人の近くにあるこれまた捨てられたのか置いてあるのかよくわからない樽に向けた。

 不意に人差し指がほんわりと赤く光ったかと思うと、樽が倒れた。

 突然の物音に、二人は瞬時に倒れた樽へ身構える。それぞれ懐に隠していた刃物を持っている。

 ――やっぱただ者じゃないなー、あの構えは。

「……偶然?」

「どうだろうな、不自然な気もするが……」

 ――もういっちょう!

 メッカは再び樽に人差し指を向けると、倒れた樽がガタガタと揺れ出した。

 二人の視線が鋭くなる。

「おい、この壺を持ってろ。俺が中身を確認する」

「ええ」

 男が女に壺を渡し、男が樽へと手を掛けた瞬間、

「いっただき!」

「な!?」

 メッカは滑り込むように女の手から壺を奪い、壁を蹴って建物の屋根へ軽々と飛び上がる。

 先程の二人の声が下から何やら聞こえたが、メッカはお構いなしに屋根から屋根へ飛び移り、二人から遠ざかって行く。

「意外と軽いな、この壺」

 青い壺は白い蛇のような紋様が刻まれている。蓋がきっちりと閉まっており、簡単には開けられそうにない。

「何か入ってるのかなー。ま、いいや。とりあえずかーえろ!」

 大事に壺を抱えながら、メッカはチョコレート色のコートを翻して青空の下、屋根を飛び回るのだった。




「ああ! 貴女は何てお美しいのでしょう! この宝石も、貴女の前ではただの石ころに見えてしまう!」

 メッカは自分の住み処に帰って早々、呆れる程に訳のわからない演技掛かった言葉を並べ立てている男が目に入った。

 住み処と言っても、町外れの草原に建てたテントである。もちろん寝泊まりするだけの小さなテントではなく、普段生活するにも困らないくらいのかなり大型のテントである。

 男は紫色のローブに身を包み、そのローブにはゴテゴテジャラジャラした宝石や金をあしらった刺繍がこれでもかという程、施されている。そして褐色の肌に黒髪のオカッパ頭、耳には大きなわっかのピアス。

 これだけ聞けば、どれだけ変人なのかと思うところだが――

「ですが、こちらの宝石であれば、貴女の美しさをより引き立ててくれるでしょう!」

 お饅頭くらいの大きさはある真っ赤な宝石の付いた金のネックレスを若い女へと差し出した。相当悪趣味な品だ。

「あらまあ、そうかしら! うふふ!」

 しかし女は完全にその気になっており、男の顔に見とれていた。

 ――そう、男は壮絶な程の美男子であった。その淡い赤紫色の瞳は、見つめられてしまえば相手が男でも落とせるだろう程の色気と魔力に満ちている。

 彼は商談中なのだ。邪魔をすると後々面倒なので、とりあえず隅っこに積まれた木箱の上に座って待つことにした。

 すると女と目が合う。

「あの方は?」

 彼女はアイウォレに問うと、「単なる小間使いなのでお気になさらず」と爽やかな笑顔で言い切った。

 メッカはピキッと青筋を立てながらも、何とか笑顔を取り繕って会釈する。

 彼女は瞬時に興味がなくなったようで、赤い宝石のネックレスへ再び視線を戻した。

「でも、少しお高めねえ」

 女は小首を傾げる。彼女の身なりと仕草から、お金持ちのお嬢様であることは間違いないだろう。高級そうな赤いドレスは売れば相当の値打ちがしそうだ。

「ハッハッハ、確かにそうかもしれません。ところで話は変わりますがーー貴女は最近、何か悩み事があるのではありませんか?」

「――え?」

 アイウォレは、突然の話題変えに目を点にする彼女の手をそっと取り、真剣な表情で見つめた。

 まるで全てを見透かすかのような瞳に、彼女は僅かに動揺する。

「――ふむ。お友達と喧嘩なさってしまったようですね」

「な、何故それを!?」

「もちろん、私は占い師ですから」

 ――詐欺師の間違いだろーに。

 当然のごとく名乗るアイウォレに突っ込むメッカ。

「そのお友達には素直に謝るのが一番です。でも、貴女はそれが中々できないでいる。そうですね?」

「……え、ええ」

 女は驚きが隠せないでいる。

「そこで!」

 アイウォレは大仰に両手を広げた。

「この宝石が今の貴女にピッタリなのです!」

 片方の手には先程の悪趣味なネックレスが光り輝いている。

「何と、この宝石はただ握り締めるだけで不思議な力が湧き、素直にお友達に謝ることができるのです!」

「まあ……!」

 わざわざそんな馬鹿高い宝石を買うぐらいなら、友人にいくらでも謝ってやりたい、とメッカは思う。

「ついでに、私の顔も思い出して頂けると、効果は絶大だと思いますよ」

 アイウォレは再び彼女の手を取り、優美にその手の甲に口付けた。

 真っ赤になった彼女は、慌てて高級そうなバックから高級そうな財布を取り出し、分厚いお札を取り出した。

「か、買ったわ!!」

 物凄い勢いでテーブルをお札で叩く。

 商談成立である。

 意気揚々と悪趣味なネックレスを付けてテントから出ていく女に「毎度ありー」と声を掛けてから、メッカは奥で肩を震わせうずくまる男を呆れながら眺めた。

「フッフッフ…………これで今日のノルマは達成じゃあ!」

 突然立ち上がって大笑いする男は、先程とはまるで別人のような訛り言葉を使っている。

 これがアイウォレの本性だ。

「どこであんな悪趣味なネックレス手に入れたの」

 声を掛ければ、彼は途端に笑みを消して物凄い不機嫌さを醸し出し「……ああん?」と睨み付けてきた。

「お前の目は腐っとんのか」

「大泥棒の目が腐ったら終わりだよ」

「コソ泥やろ」

「詐欺師に言われたくなーい」

 いつものやり取りを終え、メッカは先程手に入れた壺をテーブルにドンッと置いた。

「……ほお」

 アイウォレは目の色を変え、感心したように呟く。

 その反応に気分をよくしたメッカは得意気に鼻を鳴らした。

「どう? 値打ち物だと思わない?」

「悪くはないな」

「でも蓋が開かないんだよねー」

 見たところ、取っ手がないのだ。

 アイウォレは青い壺に描かれた紋様をじーっと見つめ、

「……似とるな、この紋様」

 心底嫌そうに呟いた。

 メッカはアイウォレの言葉に首を傾げてからすぐに何かを思い出し、手をポンと叩いた。

「ああ、確かに」

「お前の力で開けられんのかい」

 言われてメッカは気付く。そういえば試していなかったなと。

 さっそく壺に手を伸ばし、ジッと見つめる。

 ポウッと赤く光ったかと思えば、壺がカタカタと揺れ出した。

「あ、開きそう」

 少しの期待を膨らましたところで、蓋の隙間から煙が溢れだす。

「って、何かすごい煙の量!?」

 まるで火事が起きているかのようにモクモクと立ち上る煙に驚いていると、突然ボフッと大きな音を立てて「ぶはあっ!」という妙な声も聞こえた。

 次第に煙の中から小さな影が現れ、完全に煙が消えれば、メッカは目を瞬かせながら口を大きく開けた。

「妖精!?」

 目の前に現れたのは、背中から羽根が生えた青い髪の少年だった。なんと、その大きさはりんご一個分くらいしかない。

 煙のせいなのか、げほげほと咳き込んでかなり苦しそうである。

「急にファンシーなもんが出てきたな」

 対してアイウォレは、然して驚いた様子もなく、値踏みするかのように羽で宙に浮くその妖精らしきものを眺め回す。

「げほげほっ、ボ、ボクを解放してくれたのは、お前らか!」

 咳き込みながらも何とかそう言葉を発する彼に、メッカは目を輝かせて「僕、僕!」とワクワクしながら答える。

「よ、よくやった! ボクはポンパだ! お前に褒美をくれてやる!」

 咳がようやくおさまったのか、得意気な顔で小さな人差し指をメッカに突き付けた。そのファンシーな名前にメッカは笑いを堪える。

「ちょっと待てや! 開け方提案したオレにこそ褒美を貰う資格があるやろ!」

 メッカを押し退け、アイウォレがすかさずポンパに詰め寄ると、彼はアイウォレとメッカ二人を交互に観察し、「なるほど」と言って偉そうにふんぞり返った。

「お前達、呪われてるな!」

 その言葉に、二人は顔を見合わせて無言になる。しかしすぐにポンパの小さな腕を掴んで、頭突きされそうなくらい勢いよく顔を近付けた。

「な、何をする!?」

 驚いたポンパは、羽を大きく羽ばたかせて逃げ出そうとするのだが、二人の力には敵わず、恐ろしい形相の二人を前にすっかりと固まってしまう。

「お前、この呪いがわかるんか!?」

 ポンパはアイウォレに気圧されたのか「あ、ああ」と力なく答えた。

 メッカは再び目を輝かせる。

「まさかまさか、この呪い解けるとか!?」

 その言葉に、ポンパは少し調子を取り戻して「当然だ!」と胸を張って答えた。

 瞬間、二人はポンパの腕を離し、感無量といった様子で万歳をして叫び出す。

「よっしゃー! これで死なんで済むわー!」

「間に合ったー! 無理かもと思ってたけど間に合ったー!」

 喜ぶ二人を見たポンパは、少し呆気に取られつつも顎に手を当てて何かを考え込む。そしてゆっくりと真剣な顔つきで口を開いた。

「褒美として呪いは解いてやる。だけど、今すぐには無理なんだ」

 途端に不穏な空気を醸し出すアイウォレに代わり、メッカは「なんで?」と目を丸くして問う。

「呪いを解くには、お前達の力を借りる必要がある」

「ああん? 褒美言うてる癖にオレらに何かしろってか?」

「呪いが解けるならいいじゃん。何をすればいいの?」

 喧嘩腰のアイウォレを宥め、メッカは上機嫌でポンパに向き直る。

 するとポンパはしょんぼりと項垂れ、背中の羽も羽ばたきが弱々しくなってしまう。

「……実は、ボクの大切な人が誘拐されてしまったんだ」

『ゆうかい~?』

 思ったよりも面倒事らしい。思わずアイウォレとハモるメッカ。

「大切な人って……恋人とか?」

「そんなチンケな言葉では言い表せない関係だ!」

 思い切り反論され、メッカは愛想笑いを浮かべるが、アイウォレはジロリとポンパを睨んだ。

「そいつを助けろ言うんか。そいつがおらんと呪いも解けへん言うんやな?」

「そうだ、文句あるか!」

 そう簡単にはいかないか――メッカは食い下がろうとするアイウォレを制して「犯人に心当たりはあるの?」と問う。

 大きく頷くポンパに、なんだそれなら話は早そうだと軽い気持ちで犯人の名前を聞いたのだが、


「グルミゼラ王国の王――ギッシュだ!」


 その名前を聞いた瞬間、『却下!!』とメッカとアイウォレは再びハモるのだった。

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