解放と誘い
「さて、お前達! 準備はいいか!?」
威張り散らして叫ぶのは、手の平サイズのファンシー妖精こと願いの宝石の守護精であるポンパだ。
「こっちはいつでもええ言うとんじゃ! 何日待たされたと思とんねん! そこの小娘に早よせい言えや!」
「リーデルは集中してるんだ! 邪魔したら呪いは解けないぞ!」
煮えを切らしたアイウォレだが、ポンパにそう言われてしまうと不機嫌に黙るしかない。
願いの宝石の巫女――リーデルを見やれば、目を瞑って青く輝く宝石を両手で掲げている。何やらブツブツと唱えているようだ。
「まあいいじゃない、アイウォレ。まだ死ぬまでにもう少し余裕はあるし、この大聖堂も一日貸し切りにさせてもらってるんだし、ゆっくり待とうよ」
メッカはそう言って辺りをグルリと見回す。
天井や壁に描かれた天使や神様の絵に、美しい彫刻が彫られた柱など、相当値が張る一級品であることは間違いない。
メッカ達は、グルミゼラ城内に建てられた大聖堂に集まっていた。マゼンダとミオスの計らいで、呪いを解く為の場所として一日貸してもらえることになったのだ。
事の経緯を説明するならば、勝利したのはグルミゼラ王国だったということだ。マゼンダとミオスが戻り士気が上がった兵士達は、見事ヴェンジェンスを打ち倒したのだった。
当然、その後のグルミゼラ王国は大忙しである。国王として着任したばかりのギッシュが今回の騒動の発端であり、しかも――死んでしまったのだから。
そう。確かに彼はアイウォレの手を振り払って落下した。あの高さから落ちれば助からないだろう。
しかし――ギッシュの遺体は見つからなかったのだ。
表向きには死んだと公表しているらしい。また、今回の主犯についてはヴェンジェンスと呼ばれる反乱軍だったと公表したのだ。どうやら、ギッシュが主犯だと知っているグルミゼラの者達は全て抹殺されており、ヴェンジェンスの生き残りも裏で引いていたギッシュについては一切口を割らないそうである。もしかしたら、ヴェンジェンス内でもギッシュのことを知るのは一部だけで、その知る者が全て死んだだけの話かもしれないが。
そして唯一真相を知るミオスとマゼンダは、これ以上国民の不安を煽らない為、真相を語るのは避けることにしたらしい。
ギッシュは戦いの最中に命を落とした。それで国民を納得させたのである。
そして次期国王はもちろん、ミオスである。
『やっぱり、おれが国王になるしかないのか……』
『当たり前でしょ。アタシがしっかり鍛えてあげるから覚悟しなさい』
『ひいぃ』
正式に国王就任が決まった時の項垂れるミオスと渇を入れるマゼンダの姿が思い浮かぶ。
頼りない気はするが、マゼンダがフォローしてくれれば何とかなるのだろうとメッカは楽観的に考える。
とはいえ、グルミゼラ王国の未来など、メッカとアイウォレにとっては何の関係もない。まずは呪いを解かなければ、自分達の未来が絶たれてしまうのだ。
ポンパとリーデルはもちろん快く引き受けてくれた。だが、どうやら願いの宝石には多くの制約があるらしく、一つの願いを叶えるのにも時間が掛かるらしい。
まず第一に願いの宝石の意志が必要だという。基準は不明だが、歴史を変えるようなことや、そもそもこの世に存在しない事象などは叶えたことがないとのこと。
何でもかんでもすぐにぽんと叶えられる訳ではないのだ。そりゃあそんなことが可能なら、世の中苦労しないだろうとは思う。
しかし、かれこれ一ヶ月待っているのだ。これで無理ですと言われた日には、アイウォレは確実に『呪いを解いてやる』と豪語したポンパを殺してしまうことだろう。ましてやリーデルは修行中の身らしい。成功するのかさえ甚だ疑問である。
幸い、マゼンダとミオスのお陰でグルミゼラに滞在させてもらい、宿代やご飯代なども困ることはなかったのだが。
アイウォレ曰く『滞在費払うぐらい当然やろ。国がボロボロにやられたせいで、お宝貰えへんくなったんやから』とのことだ。メッカはすっかり忘れていたのだが、確かにマゼンダと相応の礼をしてくれるという約束をしていた気はする。
そんなこんなで今日ようやく、呪いを解いてくれるそうなのだ。あくまで予定、だが。
「用意できましたぞ!」
意気揚々とリーデルが声を上げる。
彼女に促され、祭壇の前にアイウォレと並んで立つ。
「さっさと頼むで」
「心配はご無用。お任せ下され」
その自信はどこから来るのか。いや、自信なさげなほうがこちらも不安になるのでマシではある。
メッカとアイウォレの前に彼女は立ち、手の平サイズの青く輝く宝石――願いの宝石を掲げた。
すると、願いの宝石がふわりと浮き上がり、まるで意志があるかのようにリーデルの手から離れて上空に飛んでゆく。
宝石は彼女の真上で止まり、青い輝きが一層強まった。
「願いの宝石よ――メッカとアイウォレ、この二人を呪いから解き放ちたまえ――」
声高々にリーデルが唱えると、メッカとアイウォレの体も青く輝き出した。
「ホンマに害はないんやろな……?」
「いやいや、すごい効きそうじゃない!」
自身の体を覆う青い光を不気味そうに眺めるアイウォレとは正反対に、メッカは嬉々として青い光を眺める。
「お前達、少し黙っていろ!」
ポンパに怒鳴られ、メッカは思わず彼を二度見する。
「ポンパは何してるの?」
「リーデルを見守っている!」
「守護精の癖になんもせえへんのかい!」
ふんぞり返るポンパに的確な突っ込みを入れるアイウォレ。
「ばかを言え! 守護という意味をよく考えてみろ! 願いの宝石とその巫女であるリーデルを守るのがボクの仕事なんだ!」
「お前、えらそーにしとるけど、今回守ることすらできてへんからな?」
「ぐっ! う、うるさい!」
まるでポンパに勝ち目のない言い争いの最中、青い光はいつの間にか消え、リーデルがこほんと咳払いをした。
「願いは叶えられました」
「え、もう?」
「脱げばわかるやろ!」
メッカとアイウォレは一斉に上着を脱ぎ始める。
「お、乙女の前で破廉恥ですぞ!」
「リーデル! 目を瞑れ! そのキレイな瞳が汚れるぞ!」
リーデルとポンパが何やら慌てているが、メッカはそれどころではない。
「ガキにはまだこのオレの背中の価値はわからへんやろな」
アイウォレはご丁寧にも言い返しながら、背中をあらわにする。
お互いの背中を見せ合うようにすると――
「き、消えてる……! アイウォレの気持ち悪いぐらい真っ白で貧弱な背中しか見えないよ!」
「お、お前の色気の欠片もないガキみたいな背中も、呪いの印があらへんで……!」
「お前達こんな時くらい、普通に会話できないのか……?」
呆れるポンパは置いといて。本当に背中から呪いの印が消えている。
その時、大聖堂の扉を開けてミオスが慌てて入ってきた。
「ふう。どうにか撒けたかな……。あ、皆さん! 呪いは解けましたかー?」
何かから逃げてきたのか、呑気にヘラヘラしながらこちらに手を振るミオス。
「能力も失くなったか、試さなあかんな。ミオス、こっち来い!」
「は、はい!? っていうか何で裸!?」
興奮気味のアイウォレに怯えながらもミオスが近付いてゆくと、がっしりとアイウォレは彼の腕を勢いよく掴む。
「ひい!?」
「今、一番怖いもんは!?」
「え、あ、あの!?」
「『これまで以上に口煩くなったマゼンダ』やな!?」
「わー!! 心を読むのは止めてください!?」
結果。
「能力は――失くなってない?」
驚きながらメッカも祭壇に置いてある蝋燭に狙いを定める。
――浮け。
念じると蝋燭はいとも簡単にふわりと宙に浮く。
「……えっと、つまり呪いだけ消えた?」
「失敗ちゃうやろな」
「わらわには願いの宝石の声が聞こえておりまする! 呪いは完全に解いたと! 失敗などありえませぬ!」
上半身裸の二人を見て、頬を赤らめながら反論するリーデル。
確かに、今までの重苦しい呪いの気配も消えた。何となく感じていた己の死期も一切感じなくなっていた。
「つまり、呪いと能力は切り離されて願いが叶えられたってことだろう。お前達の願いはあくまで呪いの解除だけだからな!」
当たり前のように言うポンパだが、果たしてそれで納得してよいものか。
「あら、呪いの印が消えているのなら問題はないと思うけれど?」
「ひい!? 姉さん、いつの間に!?」
「あんたの後ろにピッタリくっついてたわよ」
「……ま、撒けてなかったのか……」
落ち込むミオスには見向きもせず、マゼンダはメッカとアイウォレの背中を興味深そうに観察していた。
「オレの背中は高いで?」
アイウォレが不満そうに呟くと、彼女も同じく不満そうに顔を上げる。
「……ギッシュを生かしたまま止めて欲しかったのよ、アタシは」
「あん? 死体は見つかっとらん。死んだかわからへんわ」
「城から飛び降りたのよ。普通なら死んでるわ」
つまりマゼンダは約束が果たされてないと言いたいのだろう。すなわち、背中くらいタダで見せろということだ。
二人は暫し睨み合い、珍しくアイウォレが折れた。
「はあ。ま、ええわ。これで今までと変わらず商売できるし、気持ちよくこの国ともおさらばできるわ」
アイウォレが服を着直すのを見て、メッカも服を着直し、ホッと安心しているリーデルに向き直る。
「ありがとね、リーデルちゃん! 本当に助かったよ!」
「いいえ、わらわも修行の成果を出すことができ、よかったと思っておりまする」
「もうリーデルは、一人前の巫女だな!」
「ふふ、何を言うておりまするか、ポンパ。まだまだ修行は続けなければなりませぬ」
「……思ったけど、今まで二人だけで旅してたの? よく平気だったね」
二人のやり取りに、当然の疑問が沸いた。リーデルは子供だし、ポンパなんて手の平サイズである。ポンパだけではこの物騒な世の中からリーデルを守れるとは到底思えない。
「本来ならボクはすごく強い」
「ホラ吹きよったで」
横槍を入れてくるアイウォレにポンパは「ちがーう!」と大声で反論する。
「全てはあのギッシュのせいなんだ! どうやって手に入れたのか知らないが、呪いの宝石の力を宿した壺に封じ込められたからな! ボクの力は封印されて、未だに戻ってないだけだ!」
メッカはギッシュの部下の二人組から手に入れた壺を思い出す。なるほど、どうりで呪いの印と似た紋様が描かれていた訳である。願いの宝石の守護精も出し抜くとは、さすがはギッシュ。抜かりはなかったようだ。
「今回は油断しただけだ! もう少しすれば、力も戻る。そうすれば、またリーデルを守りながら旅に出られるんだ!」
「じゃあ、二人はまだここにいるつもりなの?」
憤るポンパに構わず質問を続けると、リーデルがこくりと頷いた。
「はい。それに、まだ何かお役に立つことがあるかと思います」
グルミゼラの犠牲は相当なものだ。リーデルはメッカ達の呪いを解く準備の傍らで、炊き出しや孤児の面倒を見たりといわゆるボランティア活動を行っていた。
ちなみに、願いの宝石はこの国の為に力を使う様子はないらしく、リーデルは歯がゆそうにしていた。メッカは自分達の呪いは解いてもらえて心底よかったと安堵する。
「それは助かるわ。代わりに生活の面倒は見るから安心してちょうだい」
「こちらこそありがとうございまする」
リーデルがお礼を伝えると、マゼンダはメッカとアイウォレへ交互に視線を向けた。
「で、貴方達はどうするの?」
そう問われ、メッカはキョトンとする。思えば、呪いから解放された後のことなど考えもしなかった。ただ元の生活に戻るつもりではいたのだが――
「さっきも言ったやろ。とにかくこの国から出る。っつー訳で、オレらはもう退散するわ」
「え、僕も強制?」
「当たり前や、オレの護衛やろが」
当たり前のように言われ不満がない訳でもないが、やることもないのでまあいいか、とメッカは考える。それに今までの暮らしも嫌いではない。
「お、お二人とも! おれ、立派な王になりますから、その時はまた来て下さいね!」
「それは勘弁やな」
「ひどっ!?」
相変わらずミオスには辛辣なアイウォレである。
「お二方、どうぞ道中、お気を付けて」
「もう呪いの宝石に関わるんじゃないぞ!」
リーデルとポンパも声を掛けてくれる。
「――行くのね。なら、最後に言わせて」
マゼンダは急に真剣な眼差しをメッカとアイウォレへ向けた。
「ギッシュと会ってくれてありがとう。彼のこと――忘れないであげて」
忘れる訳ない――
メッカは彼女にしっかりと頷いて笑顔を向けた。
アイウォレはそっぽを向いていたが。
「これで自由の身になったんだねー」
「せやな」
グルミゼラ王国を出たメッカとアイウォレは、二人ではたまた草原を歩いて行く。
空は晴天だ。
「どこに行こうか」
「さあな、どこでもええわ」
「――ギッシュは、生きてると思う?」
どこか心ここにあらずのアイウォレにメッカは問う。
「生きてても、どうせ呪いで死ぬやろ」
確かにそうだ。リーデルの話によれば、ギッシュは呪いを解いてもらってないのだ。無意味な論争ではある。
「でもさー、何となくギッシュは死なないよような気がしちゃうんだよね」
「あいつを何やと思とんじゃ」
呆れたアイウォレの声を背中越しに聞きながら、メッカは草原を見渡す。
ここからどこに向かうおうか――
ふと、何か声が聞こえた気がした。
「アイウォレ、何か言った?」
「はあ? 言うてへんわ。こっちは疲れてきとんねん。あんま話し掛けんなや」
苛立つアイウォレを無視し、メッカは再び草原を見渡す。
――やっぱり、聞こえる。
「アイウォレ、あっちに向かおう!」
「お前の好きにせい……」
すでに息切れし始めたアイウォレに異論はないようだ。
一体誰の声なのか。
わからないけれど、行かなければならない気がした。
「大きなお宝が待ってるかもしれないなぁ」
メッカは足取り軽くその声に従って歩き始める。
そういえば、大昔に誰かも声がどうのって言っていたような――
「ねえ、アイウォレ――」
振り返れば、彼は自分の着ている長いローブを忌々しそうにしながら草原を歩き辛そうにしていた。とばっちりを喰らっても嫌なので話し掛けるのをやめることにする。
まあいいか、とメッカはそのまま先を進んで行く。
それが吉と出るのか凶と出るのか――
それはまた別の物語、というやつである。




