05 スタートライン
孤児院を出て、数日経ち、私は。ギルドのお世話になっている。ギルドの二階を借りて、ギルドマスターのジークさんの元、光魔法の練習、体力作り、負傷した人の治癒などを毎日の日課として続けている。
私が所属したギルド「赤獅子」は所謂中小ギルドと呼ばれるギルドで、そんなに数も多くなく、平和なギルドだった。「赤獅子」には孤児院出身の子が一番最初に入るギルドでもあり、若い子たちと仲良くなるのはすぐだった。
簡単な仕事もこなしていき、冒険者としてはスムーズな滑り出しだった。しかし、一つだけ問題があった。
レベルが全く上がらないのである!
生活に関わるスキルが増え、特訓のおかげで光魔法のレベルが上がっても、私自身のレベルは1のままだった。
こっそり一人で歌を作ったり、ダンスの練習しても、レベルは上がらない。焦りが伝わったのだろうか、ギルドマスターから休暇を言い渡された。
そんなわけで私は今、ゴブリンの村に来ています。
「聖女様、コノ肉モ食ベテクダサイ」
「聖女様!コチラノ果物モドウゾ」
たくさんのゴブリンに聖女扱いを受けているこの状況はなんだろう。
私が入ってきた途端に村中歓迎ムードだった。一緒にやってきた護衛のギルドの赤髪のレオンハルト先輩はもう慣れたのか、隣に座りおいしそうに肉を食べている。顔を寄せて、こそりと呼びかけた。
「先輩、レオン先輩。普通、魔物ってこんなに人間に好意的なんですか?」
「すっげー珍しいだろうな」
ギルドマスターも言っていたが、基本的には魔物と人間は相容れない生物のようだ。そんなに凶暴でないゴブリンも人間と出会うと、まず威嚇するレベルらしい。
そんな彼らが私を慕ってくれているのは偏に光魔法のおかげだという。光魔法と魔物こそ相容れない気がするのは私だけだろうか。あの時、傷を負っていたゴブリンが居た中で歌うとたちまちそれらの傷が癒えたらしい。ここに来てからも病気のゴブリンの前で歌うと、すぐ元気になってお礼を言われた。
聖女と呼ばれ、この世界に来て初めて必要とされてくすぐったさを感じたけれど、私は傷を癒すために歌っているのではない。ギルドやここで治癒士の真似事をしても、私の本当の職業は……。
そんな難しい顔をしているのを先輩であるレオンハルトに見られていることに気が付いて、咄嗟に笑顔を見せて、適当に摘まんだ果物を口に放り込んだ。
「お前さあ、無理してるだろ」
ゴブリン村からの帰り道、レオンハルトにそう言われると歩いていた足が驚きで止まってしまった。しかしすぐに歩き出す。レオンハルトに見えないように先へ行き、口を開いた。
「無理だなんてしてないですよ!ゴブリンさんたちのところでお腹いっぱい食べたし!」
「そうじゃなくてだな」
レオンハルトは頭を掻きながら、言葉をゆっくりと口に出した。
「お前はやりたいことあって、ギルドに入ったんだろ?」
レオンハルトはどこか遠くを見ながら言った。その横顔は綺麗で、思わず見とれてしまう。粗暴な態度が目立つが、レオンハルトは綺麗な顔立ちをしている。彼の赤い髪が夕陽に照らされて光った。
「今、やりたいこととやってることが、違うんじゃねえのか?」
「どうして……」
「俺もそうだったからな、分かるよ」
そう言った彼は少し寂しげ表情をしていた。レオンハルトにもどうやら何かしらの事情があるらしい。
「あの場所にいたら出来ないこと、したいんだろ?」
孤児院を思い浮かべる。優しくて、暖かい場所だった。けど、私がアイドルをするにはきっとあそこにいてはだめだったから、この世界を知るためにも出て行った。
ギルドだって今の位置にいるだけじゃきっとアイドルにはなれない。ゴブリン村にいて、魔物たちの聖女になってもアイドルにはなれない。
「聖女でも治癒士でもなくて、お前にしか出来ないことをしたいんじゃないのかよ」
まっすぐこちらを見て言ったレオンハルトに、心臓をわしづかみにされた気がした。この人になら、言ってもいい。そう思った。
「私の職業、アイドルなんです」
「あいどる?」
聞きなれない言葉なのだろう。そもそも、この世界にアイドルという概念がないことすら、私は知らなかった。
「歌って、踊って、人を笑顔にして、幸せにする職業です」
そんな職業、あるわけないだろ。なんて言葉は出なかった。彼は真剣に聞いてくれていた。
「光魔法はきっとそれの副産物なんです。でも私は魔法じゃなく自分の力で人を笑顔にしたい」
体が熱くなって、漏れ出そうになる魔力を必死に抑えた。悪いものじゃない。でも今の私には必要のないものだ。
「私は、今度こそ自分の力で本当のアイドルになりたいんです!」
レオンハルトの緑の目をじっと見つめる。こんな風に口に出して言ったこと今までで一度もなかった気がする。前世でだって、思うだけで口に出したことはなかった。
レオンハルトは一度俯いてから、こちらをじっと見つめた。
「ギルドで光魔法の練習してた頃より、ずっといい顔してるぜ」
歯を見せて笑うレオンハルトを見て、泣きそうだった。笑顔はこんなにも人を幸せにしてくれるものだと、改めて実感した。
「なっ、なんで泣くんだよ!」
「だって~……」
自然と涙がこみ上げる。若返って、涙腺も弱くなったようだった。
仕方ないなぁと、乱暴にハンカチで私の涙を拭うレオンハルトは、優しい顔をしていた。今度は私が、この人を笑顔にして、幸せにしたい。
漠然とした「誰かへ」の感情が、初めて個人へ向けた感情になった瞬間だった。
「私、新しい歌、作ったんです。レオン先輩、帰る前に聞いて下さい!」
「おっ、いいねえ」
マイクもなしで、広い空に向かって歌い上げる。スキルも魔法も使わない。体も自分で好きなように動かした。ただのお遊びにも見えるお粗末なステージなのに、レオンハルトは楽し気に聞いてくれていた。この人に届けと、初めて一人の人へ歌う歌は最高だった。
「聞いてくれて、ありがとうございます」
「こっちこそ、ありがとうな、ルーチェ」
初めて名前を呼ばれて、くすぐったかった。胸がぽかぽかする。私、やっとアイドルとしてスタートラインに立てたかなぁ。
世界のどこかで、レベルの上がる音がした。
ルーチェ
Lv.2 / アイドル