02 初ステージ
「ルーチェ!薬草摘みに行こうぜ」
「おいアラン!あんまり急かすなよ、こいつ赤ちゃんレベルなんだぜ」
「はいはい、洗濯物が畳み終わったらね」
このファンタジーな世界に来て、5日が経過した。最初は警戒していた子供たちともすっかり打ち解けた。レベルが1のせいで赤ちゃん扱いをされてはいるが、孤児院では大人組に分類されるため、雑用なども担当している。
この5日間はこの世界の常識から、この国のことを教えてもらったり、喋れるけど書けない読めない文字に悪戦苦闘したりしていた。
その中で魔法についても教わった。魔法は6種類あり、属性は火、水、風、土、光、闇だ。大抵一種類は魔法が使えるらしい。その中で光と闇は珍しくあまり使い手がいないらしい。自分の使える魔法については基本的に秘匿するらしく、私がどの魔法を扱えるのはについては聞かれなかった。ステータスによると私は光魔法を使える。基本的には回復ヒールや障壁バリアなどが主らしい。まあ、その魔法もLv.1なので大したものは使えないだろうな。
また、この世界には人間以外に亜人や魔物が存在するらしい。実際、この孤児院には獣人と呼ばれる子たちもたくさんいる。エルフやドワーフ、ゴブリン、スライムなど、ファンタジーを代表する種族もいるようだ。
今私がいる国は5つある国の一つ、中央多種族国家ゴールドシュタイン王国。色んな種族が入国することを許可されている。王都を中心としていくつかの領があり、その中には魔物の森やダンジョンなんかもあるらしい。
ファンタジーらしくギルドというものも存在し、冒険者ギルドや商業ギルドなどがある。ここの孤児院の子たちは13歳になったらギルドに所属するのが一般的だそうだ。
ギルドなら身分証も作れてお金も手に入る。私もそれを視野に入れなければならない。
うーんと唸りながら洗濯物を畳み終え、小さな子供たちに片づけを頼む。そしてアイテムボックスから薬草摘みにいるバケットを取り出して、アランたちに声をかけた。
「待たせてごめん。行こうか」
「アイテムボックスあるとか便利だよなぁ」
「おれも欲しい!」
私の固有スキル、アイテムボックスは人なら誰でも欲しがるスキルらしい。後天的に見につけることが出来ず、先天性のものらしい。
私はこれを神様のプレゼントだと思うことにしている。
孤児院の少し先にある森の中に私たちはいた。この森は魔物がたまに出るらしく、深いところまでは行ってはいけないと言われている。
まだ魔物に出会ったことはないけれど、怖い生き物なんだろうなと思っている。
「鑑定、っと」
鑑定結果
・ピピップ草
ただの草
「ピピップ草とププッペ草似すぎだよー!」
ピピップ草を投げ捨て、私はせっせと草に鑑定を続ける。鑑定スキルは基本的には取りづらいスキルらしく、これも神様のプレゼントだと思っている。レベルは1だけど。
「待てって、アラン!」
「着いてこれるならこいよー!」
一緒に来た男の子たちは飽きたのかすでに薬草摘みを放りだして遊んでいる。この子たちに注意して聞くのはソフィーだけだとこの5日間で学んでしまった。
「ルーチェ、これも鑑定して」
「いいよ、マヤ」
草を差し出してきたのは一緒についてきたマヤというピンク髪の女の子だ。あの日本人顔の女の子で、どうしてもこの子に親近感を覚えてしまう。
「鑑定。うん、これ薬草だね!えらいね、マヤ」
「えへへ」
普段はおとなしい女の子だが、笑った顔が可愛くて、ついつい頭を撫でてしまう。
「あれ、二人は?」
せっせと薬草取りをしているうちに、男の子たちの声が聞こえなくなったことに気が付いた。
マヤが周囲を見渡して、顔を青くした。
「もしかして、中に入っていったんじゃ……中には凶暴なゴブリンが出るって噂なの」
「ゴブリンって凶暴なの!?」
ファンタジー作品によっては友好的だったりもするゴブリンが凶暴なんだ!
「って、そんなこと言ってる場合じゃない。マヤ、院長呼んできて」
「やだ、怖いよ。一人で行けない……」
私のワンピースをぎゅっと握り、嫌だと首を振るマヤに無理強いは出来なかった。ここから孤児院までは少し距離があり、一人で行くには少し遠い。
「もし私に何かあれば、走って逃げるって約束してくれる?」
「わかった……」
アイテムボックスに薬草を入れたバケットを入れ、マヤの手を握って森の奥へ入っていく。
私は未だにレベル1だし、マヤもそんなに高くないだろう。本格的に魔法を使うようになるのはギルドに入る前ぐらいだって聞いたし、戦闘は期待は出来ない。
慎重に森の奥へ進んでいく、するとアランの叫び声が聞こえた。マヤの手を引いて早足でそちらへ進む。茂みに隠れて様子を伺うと、そこには5体ほどのゴブリンに囲まれた二人がいた。
「ルーチェ……!」
マヤの手が震えている。いや、私の手も震えていた。助けなきゃいけないのに、どうしようもできない自分が嫌だった。
アランたちは応戦しようとしているも、相手のゴブリンは武器を持っている。勝ち目なんかあるわけない。
「何かない……?何か!」
亜空間のアイテムボックスにもう片手を突っ込み、中を探る。先ほど入れたバケットと着替えの洋服と、とっておいたおやつ、それから……これは。
手に持ったのはマイクだった。可愛らしい装飾が施されているマイクだ。なぜ、マイクがこんなところに入っているのか分からなかったけど、本能的に感じた。
私、歌わなきゃ。
「ルーチェ……?」
マヤの手を優しく解いて、マイクを持って茂みから出ていく。それにゴブリンたちが気が付き、威嚇してくる。アランたちは一瞬助かったという顔をしたが、私がレベル1の赤ちゃんだと思いだして、逃げろと言った。
「『陣地形成』!」
レベル1の陣地形成を初めて使う。私の下の土が数センチ盛り上がった。それを見て、ゴブリンたちは笑ったけど、私は本能的にそれが何か理解した。
ステージだ。
私が歌うための!
ゴブリンたちを見て、私はにっこり笑った。私はアイドル、観客はゴブリン。うん、揃ってる!
「ミュージック、スタート!」
マイクを掲げてそう言うと、マイクから音楽が流れだした。
ああ、これは私が作った曲、最期に聞いた曲。
体が勝手に踊り出す、これもスキルの効果なのだろうか?それとも、魂が覚えているのだろうか。
それからは夢中だった。体がぽかぽかしてきて、心なしか体が光っているような気もする。私、輝けているのかな。誰の影にもならない、初めての一人だけのステージは最高で、思い切り歌い上げて踊った。
観客は数人だし、メイクも衣装もない。それでも、満足だった。
音楽が終わり、自然と陣地形成されていた大地は元に戻っていた。
「はあ、はあ、」
体力が消耗したのか体が重いのに、清々しい気分だった。
「聞いてくれて、ありがとう」
ぽかんとこちらを見ているゴブリンたちにそう言うと、手に持っていた武器を落として、ハッとした表情を浮かべて森の奥へ走っていってしまった。
「すっげー!」
「ゴブリンを追い払っちまった!」
アランたちがこちらへ駆けてくる。良かった、怪我はしていないみたいだ。安心したせいなのか、体の力が抜けてしまった。
「ルーチェ!」
マヤの悲鳴のような声を最後に、私の意識は途絶えた。