快適な陸の旅を
柚姫が目を覚ましたのは昼前のことだった。
「目が覚めたか」
目覚めの言葉を掛けてくれたのはレティアだ。どうやら彼女の方が先に起きていたらしく、声の位置からしてカウンター席にいるのだろう。
「あのメイドが既に出発の準備はしてくれている。もう出るか?」
「身支度の時間と朝食ぐらいは欲しいよ」
起きてそうそう外出とはなんとも厳しい奴隷だこと。柚姫は立ち上がり、手を差し伸べる。レティアは初め首を傾げたが、エスコートの要求だと気付いたらしくその手を取ってくれた。
「シャワーぐらいしかないが。朝飯はそうだな。昼飯兼ねて車中で食おうか」
そう言われ連れてこられたシャワー室。柚姫は一緒に入るよう頼んだが、彼女はそれを拒否。お陰で初めてのシャワー室を手探りで使用する羽目になった。彼女の去り際にタオル等の用意を頼まなかったらずぶ濡れで他人の店を徘徊していただろう。
「気が利かない。ってのもあるんだろうけど、慣れてないのが大きいのかな?」
そうであって欲しいと祈りながらシャワーを浴びて、何とか着替え、何とか壁を伝って店に戻るとそのレティアはマスターから朝食兼昼食のパンを受け取っているところだった。
「何だ、呼んでくれたら迎えにいったのに」
そう一応気を使っていますよ。そんな事を言うが、いくら店の備え付けのシャワー室だといっても声を張って聞こえる距離ではないと把握しているのだろうか。本当、後一週間したら慣れていて欲しい。
そんな奴隷に手を引かれ、裏通りから表のメインストリートに出る。深夜に歩いた時とは違い、行きかう人は多い。手を引かれているが故に、レティアの視界を共有している柚姫は、何とか人の波の隙間を通るようにレティアの背後をついていく。
「それでどこに行くの?一応聞くけど、都市間の距離がどれほどあるか知らないけど、歩いていくなんてことないよね?」
「当たり前だ。車を使うさ。車と言っても軍用の装甲車両だがな。ユーミの奴が護衛の傭兵まで雇ってくれている。今は待ち合わせ場所に向かっているだけだ」
この世界のエンジンの原理は知らないが都市間移動に燃費に重きをおいていない軍用を使うあたり、この世界の都市の外は危険がいっぱいと見るべきだろう。というか、魔王なんてぶっそうな存在がいる時点で、魔物なり凶悪な野生動物ぐらいいて当然か。
歩くこと数分。メインストリートの中でも一際大きな建物の前についた。その建物の前にユーミが立っていた。メイド服姿で。
「お待ちしていました。ミッドラルまでは私も同行します。それと、レティアさんには伝えましたが外は物騒です。護衛の傭兵グループを雇いました。もちろん、費用はこちら持ちですのでご安心を」
綺麗な一礼で出迎えてくれたユーミ。昨夜は敵意ある目でこちらを見ていたのだが、姫様の命令となるとここまで丸くなるのかとか感心する。
「顔合わせの後、出発します。よろしいですか?」
「もちろん。世話になるよ」
その傭兵との待ち合わせ場所は建物の中、そのロビーだった。外見から分かっていたが、そのロビーも中々の広さである。
「ここは傭兵斡旋所みたいなもんだな。私も傭兵時代はここに、というよりも、この国の傭兵組合には世話になったもんだ」
懐かしそうに、レティアが言った。柚姫は少し気になりレティアの思考を少しばかり共有した。ちょうど昔の傭兵時代のことを懐かしんでいたせいか、この国での傭兵という存在を少し知ることが出来た。
簡単に言ってしまうと、この都市連合の成り立ちに傭兵が深く関わっており、傭兵に対して手厚い保護を行っている、だ。
「そんで何の縁なんだろうな。まかさ、こいつらが護衛とはね」
続けたレティアの言葉に、柚姫は今ちょうど自分らと対面した男女3人の顔を、レティアの視界ごしに見た。
「こちらが今回私が雇った傭兵なのですが……どうやら、レティアの知り合いのようですね」
言葉からして、ユーミも狙ってこの傭兵達を選んだ訳ではなさそうだ。本当の偶然に、レティアの昔の知り合いを引き当てたらしい。
「こいつが奴隷になる前に一緒にチーム組んで傭兵やってたんだ」
リーダー格の男がそう言った。
「にしてもまぁ、久々に指名の依頼があり来て見れば、昔の仲間とあの姫様付きのメイドがいるとはな。世の中何があるか分からないものだ。このチームのリーダーをしているゼーファだ。短い付き合いだろうがよろしく頼む」
ゼーファと名乗った男が雇い主であるユーミに握手を求めた。それに答えつつ、彼女は今回の契約についての確認を行う。
「提示した通り、必要経費はこちらで持ちます。報酬は目的地であるミッドラルに到着後に支払い。目的は彼の護衛です。よろしいですか?」
「本当なら前金無しなら受けないところだが、依頼主がシャルティア姫のメイドなら話は別だ。報酬が必ず払われることは約束されているもんだしな。だが、何だ。後払いな以上、俺らの手に負えない危機の際には契約はその場で破棄させてもらう。いいよな?」
津宮人、つまりは異世界人の柚姫の感覚からしたら、その契約破棄はどうなのだろうと思う。だが、ここは異世界。
「構いません。お好きになさってください。あなたがそう言う契約をよくすること知った上での指名です」
護衛任務なのに護衛を途中で破棄することを良しとする者がリーダーを務める傭兵グループに依頼をする。ここで柚姫は自分の中での警戒を少しばかり高める。後で問い詰めてみるか。必要なら少し強引に。
「顔見せも終わりましたので目的地、ミッドラルへ向かいましょう」
柚姫を含め計6名となった一行は都市の外縁部にある傭兵達の施設で、今回の足となる装甲車を受領した。
「レティア。運転は出来ますか?」
装甲車を前にユーミが尋ねた。
「そりゃ、出来るが、私は一応、柚姫の世話があるのだが?」
ちらりと、レティアが視線を寄越したことに気付いた柚姫は少し考えてから、
「丸腰のレティアが運転するのは、まぁ合理的だね。別に構いやしないよ。その代わり、ユーミが僕の世話をしてくれる?」
「構いませんよ。それでは、レティアが運転でゼーファさんが助手席。他は後部で見張りとしましょう。ではみなさん、良い旅を」
柚姫の手を優しく取ったユーミのその言葉で、柚姫のこの異世界での旅が始まった。