異世界とて人の世界
異世界といえば何処か特別なように感じるが、そこにいる生き物が自分と同じ人間である以上、別の世界に飛ばされたと言うより海外旅行に出かけた気分になる。むしろ、普通に言葉が通じる異世界渡航のほうが気が楽ではないかとさえ思える。
「しかしながら、こうも簡単に異世界の人と会話出来ることは、こちらとしても随分助かっています」
本当に酒を楽しむように上品な仕草でグラスを傾けていたシャルティアの言葉に柚姫は首を傾げてから、
「あぁ、そうだね。僕自身は母国の言葉を話しているつもりなんだけどね」
異世界人同士の会話が普通に成り立っていることに気付いた。口では母国語を喋り、聞こえてくる言葉も母国の言葉。そんな会話をしていているのだ。相手側に指摘されるまで気付かない、もしくは意識しないのは当然。そんな反応を彼はした。
「あなたの母国、確か津宮でしたっけ。お話は少し聞いていますよ。何でもこの世界の他に5つの異世界とつながりがあるようですね」
「繋がりと言ってもまだ細い繋がりで、民間の交流なんてまだまだだよ。むしろぽんぽんと異世界から勇者を呼ぶこの世界の方が繋がりがあるんじゃないの、異世界と」
「どうでしょう。私たちは勇者を呼ぶことが目的で、他の世界との交流は一切考えていませんから」
聞こえ方によってはひどい言い様だ。人を世界を超えて拉致することしか興味ないとは。いずれ手痛いしっぺ返しを貰いそうな発言だ。
柚姫は空になったグラスを背後に控えているレティアに渡そうとしたが、その気配を察してかメイドが酒を注いでくれる。
「彼女はユーミ。あなたの世話役となるメイドです。あなた自身の世話は基本、そちらの奴隷に任せるものとしますが、こちらの用意する屋敷管理のリーダー、そう思ってもらえればと」
「よろしくお願いします」
そのユーミと言う奴隷の声を聞いて、
「あぁ、君は。散歩に付き合ってくれてどうもありがとう」
最初に共有を行ったメイドだと気付き、本心半分、皮肉半分のお礼を述べた。彼女は一応、柚姫の共有を自力で解いた人物。シャルティア側は彼女が柚姫の精神操作に対抗出来ると踏んでの世話係りに任命したと言ったところか。
「レティア、確認するけど君の家事のスキルは?」
姫がメイドは屋敷の管理だけと言ってきた以上、レティアの家事スキルの確認は必要だ。
「傭兵と娼婦しかしてなかった私が、家事が出来るとでも思っているのか、ご主人様?」
「……期待はしてなかったけどね。予想通りの回答をどうもありがとう。そんな訳でシャルティア姫、家事……いや、せめて料理も出来る世話役をつけてくれないかな?」
「構いませんよ。そうですね、屋敷のオプションとしておきましょうか」
オプションという事は貸し借り無しということだろう。気の利く姫様だ。
「ありがとう。ついで質問、君の領地の都市の中でお勧めの都市はある?せっかくの異世界だし、観光がてら社会勉強でも思って」
「おすすめ、ですか。ではまずは中央都市ミッドラルにでも言ってみればどうですか?。この都市が勇者召喚の都市だとしたらミッドラルは都市連合の全ての中枢が集まる都市です。移動のための足はユーミに手配させましょう」
「本当に至れり尽くせりだ」
柚姫は上機嫌にグラスに口を付けた。今後シャルティアが柚姫に対してどう出るかは不明だが、この対応の良さについては貸しにしても良いと思う。口には絶対に出さないが。
「言ってしまいましたからね、最初に。手厚い保護はすると」
「言ってたね。何雑魚が保護求めてるんだって雰囲気してたけどね」
「経過はそうですが、結果は両者満足行く結果になりましたので」
涼しそうにいうなぁと柚姫は小さく笑った。
「それと、先ほどの他の勇者の件ですが……」
話題を変えるためか、シャルティアがそう切り出す。
「私たちが保護することになった勇者と会うことは出来ると思いますが、会ってみますか?」
「そうだね、会ってみたいな」
即答だ。勇者がこの世界でどう動くか確認する必要があるし、柚姫は勇者達にして見れば赤の他人だ。今後の付き合いを考えれば神宮寺美夏以外の津宮人の人脈は広げて損は無い。広げすぎは面倒事が増えるが。
「では、こちらの方で日程は決めましょう。ユーミを通して伝えましょう」
シャルティアはそう言ってグラスを置いた。
「本当はもう少し飲んでいたいのですが、日の出が近い時間になってきましたね。仕事もありますし、引き上げるとしましょうか」
確かに柚姫が逃げた時間から考えると朝帰りがしっくりと来る時間だ。
「支払いはこちらで持ちます。後はユーミに予定を告げれば色々と用意をしてくれますよ」
彼女が席を立つのと、その後ろに控えていたメイドが少し多めの代金をマスターに手渡すのは同時だった。店を出る彼女を見えない目で見送った柚姫の隣にレティアが座り、少なくなったグラスに席に置いたままの酒を注いだ。変に気を利かせた彼女を怪しんでいると、
「これからの予定だがミッドラルに行くついでにノブハって言う都市に寄って……いいか?」
まるで急に親の手伝いをしたかと思えばお小遣いをねだる子供のような彼女の行動。だがまぁ、好き勝手せずに一応こちらの許可を取りに来た辺り、躾が効いたのだろうか。
「ユーミ、そのノブハって都市は?」
この世界の地理なんか柚姫には分からない。だから第三者のユーミに振ったのだが、
「都市連合が治める特色の無い中規模の都市です。住宅街ならぬ住宅都市といったところでしょうか」
今の柚姫にとって何も旨みが無い都市だと言う事が分かった。と、なると知り合いに会いたいと言った願望が彼女にあるのだろう。彼女が柚姫の普通の知り合いなら許可は出しただろうが、レティアは柚姫がわざわざ金を使って買った物なのだ。その物の都合で自分の予定を捻じ曲げられるのは、いくら不良品と分かって買ったとは言え馬鹿馬鹿しい。
柚姫は注いで貰ったグラスをレティアに押し付け、
「却下。いちいち反抗的な態度取る君にお願い聞いて何の得になるのさ?それにさ、ねだるなら服脱いでベッドの上でその体使うぐらいしなよ。一応、そっち方面の奴隷でもあるんでしょ?」
「私は夜の奴隷になるって言った記憶はねぇ。商人が勝手に思い込んで売り込み、買って夜の奉仕を強要
した今までのご主人様はみんな血だるまになったんだがなぁ。まぁ、駄目もとの願いだからいいさ」
レティアの諦めは早かった。押し付けられたグラスを一気に呷り、そしてグイと顔を柚姫に近づける。美人。その分類できる女性に顔を近づけられる。心躍る状況も、盲目の柚姫からしたら、アルコールと煙草が混じった匂いが近づいた、としか感じない。
「私はあくまで傭兵から奴隷になった。娼婦からその路線で奴隷になったわけでは無い。その辺は理解してくれ、ご主人様。でないとお前も痛い目見るぞ」
奴隷が主人に言って良い言葉では無い。だが彼女は気にした様子も無く、反対側のソファーに移動すると体を横たえた。
「この世界では奴隷は契約でしか行動を縛れませんが、奴隷は飼い主の物です。傷が残るような罰を与えても、最悪殺してしまおうが罰せられないのですよ?」
やりとりを見ていたユーミが助言をしてくれたが、
「彼女が僕の琴線に触れたら殴り飛ばすさ。これぐらい可愛いものさ。それよりも少し仮眠するよ。僕が起きるか、そっちの準備が出来たらミッドラルに向かおう」
予定を告げて、柚姫も体をソファーに預けれる。見えない視界の中で、ユーミが頭を下げて了承したと言う動作をしたことを、衣擦れの音で察した。