軽い社会勉強はお酒と共に
酒はどこの世界も変わらないな。出された酒を飲んだ柚姫の感想だ。元々、酒に関してそこまで深い趣味は無いので味を語れる立場では無いが。レティアも頬を腫らしながらもお気に入りと言う瓶のラベルを見るからにきつそうな酒をロックで、しかも煙草を吸いながら楽しんでいた。
ただ、先ほどぶん殴ったお陰かそれらに夢中になることは無く直ぐに話に入った。
「お前が……ん、柚姫が喧嘩を売った姫様についてだな。あの姫様はここを含め5つの都市を治めている都市連合国のお姫様だ」
都市連合国。国名からして小国の集まりなのだろう。
「柚姫、お前は勇者だから国の事は分からないだろうが、まぁ、望むならおいおい説明してやる」
「気が利くね。さっきまでとは違って」
嫌味を隠さず言ってやると、カランと氷が大きく鳴ったので気にはしているようだ。
「ふん、都市連合ってのはその成り立ちから傭兵の国とも呼ばれている。そんな国の姫様だ。どんな人物かわかるだろ?」
「体感したよ。剣ぶん回して、腕折っても腹殴っても黄色い悲鳴上げなかった武人系姫様だったよ」
今度はカウンター側からグラスを落とす音が聞こえる。そういえばマスターはこれまでの経緯を知らなかったなと思うが、その辺はレティアが適当なタイミングで話すだろう。
「そうだ。武人と言うより、軍人系姫様だ。姫である以上、正式な国の舵取りはしてないがそこそこの軍事力を動かす事は可能と言われている。だがな、そんなことよりもっと大きな役割がある」
「勇者関連?」
「そうだ。たがが5つの都市しかない小国が、周囲の大国に飲み込まれず存在出来る理由。それが勇者の召喚だ」
この世界にいる魔王を倒すために、異世界から勇者を召喚する。これが柚姫が巻き込まれた召喚の概要だ。本当か嘘かは知らない。判断するだけ事実をまだ掴んでいないから。そもそも、魔王自体いるのかどうかも怪しい。
「魔王を倒せ。召喚された次の言葉がそれだったけど、魔王って本当にいるの?」
「いる。と、言われている。過去に何度も魔王が現われ、その度に勇者が召喚され討伐されたと歴史の書き物には書かれている。だが、その魔王とやらの存在を一般市民は感じたことは無いだろうな。なんせ、前回の勇者召喚は5年前だ。その時は平和そのものだったぞ」
そんな頻度で勇者召喚が行われていることにまず驚きを隠せない。そんな頻度で魔王が現われるとか、魔王という存在が急に安っぽくなってしまう。
「何それ。魔王は木の実みたいに出来るの?」
グラスの酒を楽しみつつ呟くと、彼女は何か思い出したくないものでも思い出したのか、一気に酒を飲み干しおかわりを要求する。その酒は以前にレティアがキープしていたものだからいくら飲もうが文句を言うつもりは無い。
「安っぽいものでも魔王は世界に危害を出す。それがこの世界のお偉いさん達の認識だ。そしてそれに立ち向かえる勇者召喚の技術を持っているのは都市連合の王家の女性のみだ。それを世界のために使う見返りに他国と不可侵の約束をしている。まぁ、これは公のことじゃなくて、傭兵の中での通説だ」
「けど、説得力はあるね。じゃあ僕は不可侵の姫様に喧嘩売ったことになるのか」
大切な技術を持つ姫様に害をなした。世界中が敵意を剥き出しにしそうなことをしたからレティアは呆れたような態度を取っていたのだろう。
だが、こちらからして見れば問答無用で剣を殺意を持って突き出されたのだ。不可侵だろうがなんだろうが、正当防衛と声を大にして主張したいというのが柚姫の気持ちだ。
「ちなみにだ、今回の勇者は何人いた?」
次のグラスを受け取ったレティアがそんな事を尋ねた。
「詳しくは知らないけど、30人程じゃないかな。それが何か?」
「……多いな。前回は4人だったがな。面白いことになりそうだ」
それは小さな呟きだった。何が面白いのかと思ったが今は聞かないことにした。聞いたところで何でもないと返ってきそうだからだ。
ある程度酒が進み、レティアが久しぶりの酒と煙草に浮かれ酔いがまわり、カウンターに突っ伏して寝始めた。奴隷用の質素な薄い服しか身に着けていない彼女がその体勢になると、胸の形が変わり何処か男を誘っているように感じる。目が見えていたらだが。
カウンター下でレティアに触り、ほとんど意識が眠りに落ちたことを確認した柚姫。
「この世界の奴隷って随分と気楽なもんで」
「舐められているんだろ、お前が」
独り言に口を挟むマスター。
「へぇ、言うね。こいつが勝手に僕を舐めてかかってるだけだよ。安く買い付ける為に変な条件付けたから調子に乗っているだけ」
「どんな条件を?」
「この不良商品を買い取ります。返品は絶対しないから安くしてね。こんな条件」
空になったグラスを渡しながら答えると、マスターは成る程と呟く。
「私の友達を好条件で引き取ってくれた例だ。好きな酒を飲むといい」
随分と羽振りがいいではないか。この世界の奴隷について調べず、取り合えず一括払いで自分の横に人を置く為に奴隷を買ったのだが、どうやらそれが気に入られたようだ。
「お任せにするよ。ついで、この世界の奴隷について教えてよ」
自分の奴隷が寝てしまってはする事が無い。ここはひとつ、社会勉強をするべきだろう。
「簡単だ。国公認の人身売買。金の無い奴が借金を清算する最後の手段。もしくは罪人への懲罰だな」
さっきまでの酒とは違うボトルを取り出しつつマスターは答える。
「制度はいろいろあるが、奴隷から解放される手段は主人が解放の手続きをする、もしくは金を稼いで奴隷落ちした時の借金を返すだ。逆に言えば、奴隷商人の元にいる以上、いつまで経っても奴隷のままってこと」
「なるほど。返品しないと契約した以上、レティアは僕に媚売って解放の手続きをさせたり、最初に約束した通り殺して自由になるって言う手があるのか。まぁ、しばらくは奴隷と主人の関係で縛るけど。まだ出会って数時間だし」
新たらしい酒が注がれたグラスを受け取り柚姫は言う。酒に詳しくは無いが、先ほどの物より確かに香りは格段に良い。さて、お味の方はとグラスを口に近づけた時だ。店の入り口のドアが開き誰かが入店した。
「いらっしゃいませ……と言いたいけど、どうやらこの店じゃなくて、こいつへの客か」
マスターが出迎えの言葉を掛け、だがすぐに柚姫に視線をやり呟く。
「誰?もしかしてメイド?」
視線を感じ、彼が聞く。この世界で柚姫への客なんて、メイドか姫か奴隷商人しかいないだろう。仕掛けてはこないと思っていたが、ご丁寧にドアから尋ねてくるところからして話がしたいと言うアプローチだ。
「メイドは私のお付です。お客は私です」
と、ここで第三者の声。この世界で初めに聞いた金髪爆乳のお姫様の声だ。
「これはまた随分と高貴なお客さんな事で。僕を捕らえに来たのかな」
カウンター下でレティアの太腿を軽く殴る事で目覚ましとしつつ、可能性は低いだろうが乱闘に備える。
「保護しに来た。そう言いましょうか」
「へぇ、随分な物好きがいるものだね」
ステータス確認時に言われた嫌みをそのままそっくり返してやる。だが流石は姫様と言うべきか、表情一つ変える事無く言葉を続ける。
「期限は過ぎましたが、勿論交渉を経ての保護です。どうですか?」
また不得意な交渉になりそうだ。柚姫はそう苦笑しつつも、受けないと言う選択肢は無いと判断し、マスターに席の移動を告げた。