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白崎にとっての異世界  作者: 南京西瓜
1章 都市連合
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不良商品もらいます

人と言う生き物は五感の何かを失えば、他の感覚が鋭くなるものだそれは柚姫も同じで、彼は視覚の代わりに聴覚に頼り、結果として足音から数と方位、そして距離が大まかにだが分かるようになっていた。


「数は3人。距離は10メートルといった所かな」


10メートルといえば、もう目と鼻の先と言っても良い距離だ。先手を取るつもりで拳を地面に叩きつけようかと思った矢先、ヒュッと空を切る音が聞こえたため、半身を引いた。投げナイフ、もしくは手裏剣の類いのものが彼の胴の高さを通りすぎていく。


形としては先手を取られてしまった柚姫は防御に入る。相手が何処を狙ってくるかは予想するしかない。だが、幸いなことに次の攻撃は腰へのタックルだった。嫌らしいことに肘を鳩尾に入れるようなタックルだ。一瞬息がつまる。


だが、相手から肉体的接触をしてくれるのは好都合だ。踏ん張り、転倒を免れると腰にいるメイドに接触して視界を共有する。生憎、今は自分のジーパンしか見えていないが、


「ほら、こっち向いて」


肩を掴み力ずくで反転させ視界を前に向ける。ちょうど次のメイドが拳を握り、こちらの顎目掛けてアッパーを繰り出している光景が見えた。


だから柚姫は視界役のメイドの首に左腕を通して一緒に後ろに下がり拳を避けてから、右手でそれを掴む。自分の目では分からないが、そのメイドと視線があった気がしたのでニッコリ笑ってから、左腕に力を入れて首を締め付け、右手でもう一人のメイドをこちら側に引っ張る。


この間に残りの一人を探すが見当たらない。背後に回ったと悟ったのは気配がしたから。これはまずいなと思いつつ、引っ張られよろけたメイドのこめかみに掌底をコンパクトに叩き込んだ。三半規管揺らし。メイドがおぼつかない動作で座り込む。


その勢いで柚姫は上半身を右に回し、裏拳を背後からの奇襲に合わせた。一応、音や気配で予測はしたが半分は当たればいいなと勘な部分もある一撃だったが、何処かに当たった感触があったので、扉の前でメイドを吹き飛ばした能力を使う。


彼の能力は力の倍増、作用点及び向きの変更だ。先のメイドを例に取るなら、柚姫が床を殴った力とその反作用の力を増幅させ、力が働く場所、つまり作用点をメイドの頭部と設定した。だから彼は床を力任せに殴ったが拳にダメージは無く、彼の拳に掛かる全ての力がメイドに行ったのだ。


今現在、裏拳を当てた柚姫は力を行使。力を増幅させて、反作用の向きを逆転させた。これで柚姫の拳を押し返す力が無くなったため、背後から襲ってきたメイドはいくら踏ん張っても意味は無く、体勢を崩して地面を転がることになる。


背後の脅威が無くなったの体の向きを変えて、意識が飛ばない程度の力で首を絞めているメイドの視界で先程吹き飛ばしたメイドに追撃。意識を刈り取るより楽で確実な無力化、足の骨を砕きに掛かる。両足を複数箇所を踏み抜き文字通り骨を砕いた。


「よし、逃げるか」


敵対勢力が無くなり、左腕でもがくメイドに先のメイドと同じく敵対心と反抗心を奪い、こう命令した。


「奴隷が買える場所まで案内してよ」


結局のところ、柚姫は奴隷を買うことにした。この世界にどれぐらいいるか知らないが、雇うより買った方が安上がりだし、何より従順であろう。


左腕の力を抜き、メイドを解放してやると、彼女は咳き込みながらも、


「こちらです」


と、案内してくれる。今回は不意に共有が解けることを警戒して手は繋がず、一歩後ろを歩くようにする。一応、視界だけは肉体接触がなくても共有出来るようにしている。



さて、召喚の神殿と呼ばれる建物を出て見れば、そこは中世のファンタジーな街並みが広がる。そう想像したのは異世界関連の仕事に就いてから参考図書として呼んだ本のせいだろう。メイドの視界には高層ビルこそないもののコンクリートの建物に、明らかに歩道とシャドウに別れた舗装された道だ。


「現代的な造りな街なのに、姫様が剣振り回してるのか」


案外、建築だけが進んでいるのかと思ったが遠くからエンジン音が聞こえた為、その認識を改める事にした。訂正、基礎的な工業力はある。


「質問、この世界での純金は通貨の代わりになるの?」


柚姫は町を一通り見てから、メイドに奴隷を買うに当たり必要な情報を仕入れることにする。


「なります。むしろ、金ほど信用出来るものはありませんよ」


メイドの返事に柚姫はよしと呟く。これで準備していた金のコインが無駄になることは無くなった。後は奴隷の価格だが、これは商談で何とか手持ちの金で収めるようにするだけだ。


町を歩くこと十数分。神殿から延びているメインストリートから、幾つか奥に入った所にある建物の前でメイドは足を止めた。


「此処です」


外装や看板が全く無い建物。入り口に営業中の看板が小さな照明で照らされているだけだ。


「ありがとう。君はもう帰っていいよ」


これ以上メイドを連れ回すのは得策とは言えない。追い返すと、柚姫は奴隷が売られていると言う建物に入った。


「おや、こんな夜遅くに随分と可愛らしいお客さんで。どちらのご用件です?」


入ってすぐ、声を掛けられた。店の構造は知らないが、どちらのご用件と言うのは売りたいのか、それとも買いたいのかと言うことだろう。


「買いに来たんだ」


「そうですか。どのような奴隷を希望しますか。ここには複数の奴隷商人がおります。私の記憶が正しければお客様は初来店の筈。ニーズにあった商人を紹介します」


希望ねぇと柚姫は思う。第一の目的は視界の確保だ。それしか考えていなかったが、付加価値として何か出来る奴隷を選ぶのもありかと思う。


「どんな奴隷がいるの?」


「大まかに分類しますと、家庭用、戦闘用、後は夜のお楽しみ用ですかね」


夜のお楽しみ用。この言葉にぐっと惹かれる柚姫。こう見えて彼、結構女性とベッドを共にするのが好きな男なのだ。たがら結構魅力的なのだが、資金が限られているなかでそれに使うほど下半身はだらしなくない。


「腕っぷしの強い娼婦な奴隷っている?」


だらしなくは無いが、条件に入れるのはタダ。いないなら素直に戦闘専門の奴隷を選ぶつもりだ。


「あー、いますよ、一応は。大の問題児ですが」


「いるんだ。どんな問題があるの?」


「それは持ち主の商人と交渉しながら聞いて下さい」


 その問題の内容を知ることから交渉はスタートか。しかし売り手、それも公平であるべき仲介人が問題児と断言する以上、余程の奴隷なのだろう。もしかすると安値で買えるかもしれない。


 「そうしようかな。案内してくれる?」


 その問題児を抱える奴隷商人は今から商談可能だということで個室に案内された。仲介人の後ろをついて行くだけだったので盲目のままだ。伊達に20年以上、盲目で一般人と離れた人生を過ごしていない。


 商人が来るまで出された水を飲んで自分の世界と微妙に味が違うなと思いつつ過ごしていると、部屋に2人入って来る気配がした。


 「大変お待たせしました」


 「いえいえ、大丈夫です。こちらこそこんな夜分に突然やってきて」


 いつも通り、人畜無害な容姿を活かした人の良い笑顔で笑い手を差し出し握手を求めた。しかし、


 「人の良い面しやがって」


 と、部屋に入ってきたもう一人が柚姫の本質を突くような発言をしたので握手はお預けとなった。


 「こいつは厳しいな。流石は問題児と言った所だね」


 「元娼婦の私を奴隷に選んだ時点で良い人ではないだろうに」


 口調からしてかなり気が強い女性だ。奴隷商人が必死に口を慎めと怒鳴っているが、これではいつまで経っても商談は始まりそうになかったため、客である柚姫が商人に席に着くことを促した。


 「申し訳無い。ご要望通り元腕利きの傭兵で、見た目も体も良く、奴隷になる直前は娼婦もしていたのですが……」


 元傭兵で娼婦、そして今は奴隷。波乱万丈とも言える人生だなと思える。


 「それで、問題児と呼ばれる所以は?態度が悪いだけじゃ、仲介人が公言するほどの不良商品にならないでしょ?」


 「仰る通りで。その、経歴そのものからして良いとは言えないのですが、奴隷としては……その、主人を何度も半殺しにしていまして、数にして二桁を超えていまして……」


 ここでも柚姫は自分の知識が小説に犯されていたことに気付く。奴隷と言うものは契約の魔法や道具で反抗しないように縛り付けるものだと思っていたが、どうやらこの世界では奴隷は身分と口や紙での契約にしか縛られていないらしい。


 「それで返品が続いていると。ならさ、一つ提案があるんだけど」


 さて商談だと言わんばかりに柚姫は人差し指を立てた。


 「何があっても僕はその奴隷をあなたに返品しない。その代わりにさ、こっちの提示する金額で売って頂戴」


 この商人は問題児のこの奴隷を手放したい筈。悪評高い奴隷を抱え続けるのは商人として最大の汚点。柚姫はその汚点を引き受けて、さらには絶対返さないと条件を付けた。


 「金額にもよります。問題児とは言え、物は良いですから。はした金では流石に……」


 それでも商人とて商売しているのだ。客の条件に無条件に頷くほど易くはない。


 「そっか。うん。じゃぁ、変則的だけど取り合えずこれぐらいは出せるかな」


 下準備の無い交渉、それもお互いの着地点を見つける商談は柚姫は不得意、というかしたことが無い。変に交渉していつかへまする前に、こちらの条件を一方的に出して打ち切る。そんな手に出た。


 彼が机に出したのは所持している金のコインの約半分。重さにして数百グラムはある。


 「金、ですか」


 「訳ありでね。今は通貨の持ち合わせが無くて。これじゃ駄目?」


 にっこり笑う柚姫の腹の中では、首を横に振るなら少しばかり穏便かつ強制的に心を変えてもらうつもりだ。だが、それは杞憂に終わる。商人は柚姫の出したコインの半分を自分の手元に引き寄せ、


 「構いません。残りはお返しします」


 残りを柚姫に返す。良心的な商人だと思う。いや、変に足元を見て柚姫が臍曲げてせっかくの不良商品の引き取り手を失いたくないのだろう。


 「ありがとう。それじゃ細かい契約書の作成はそちらに任せるよ、と言いたいけど少し時間が無くて。即席になるけど、僕はこの奴隷を返品しないし、あなたが不当にこちらをだまそうとしない限り、なんの文句も言わないことを約束する。これを持って契約にしてくれないかな?」


 商人に対して口約束しろと言っているのだ。結構非常識な事を言っている自覚はあるが、あの爆乳姫様が次のアクションを起こす可能性がある以上、視界と戦力の確保は速急に行いたい。


 「そちらも構いません。この商談は最初から録音をしています。あなたがそう宣言なさるのなら、私はそれに従いましょう。文句を付けた所で録音がある以上、あなたが不利なのですから」


 勝手なことをと言う輩もいそうだが、柚姫にしてみればナイスな対応と花丸をあげたいぐらいだ。


 「しかし、一応彼女に関する公的な手続きが多少あります。それまで引渡しが出来ませんがよろしいですか?それほど時間は掛かりません」


 よろしいですかと聞いてくるが、必要事項なのだろう。断ったところで避けては通れない手順なのだから頷くしかない。


 「あまりお勧めしませんが手続きの間、この部屋で彼女と一緒にいますか?」


 「もちろん。色々とお話もあるからね」


 主人を何人も半殺しにしている。そんな話を聞いた後で二人きりになる人物はいないだろうが、柚姫は相変わらずの笑顔で頷いた。

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