面倒だけど必要なら仕方ない
銀百合は朧の頭をヘルメット越しに小突いてから、
「封鎖されているという事は近いな」
「ですね。五感で柚姫の居場所の当たりはついたか?」
「あぁ。火薬の匂いが強くなっている。今までの匂いは薄い……と言うよりは風に流れていると言う感じだが、これは何処かに留まって戦っているな。向きはあっている」
封鎖された道路に入ったため走行を邪魔する車がなくなり、朧が操るバイクのスロットルは限界まで開かれる。これで交通事故に会うことはないと思った矢先の事だ。何か重量物が叩き落されるような音がした。それは先ほど自分が装甲車を蹴り飛ばした時のような音だった。
「この先でしょうね。二区画先、と言ったところか」
「だな。朧、借りるぞ」
銀百合は朧の背負うケースを開けて取り出したのはライフルだった。ただ、ライフルと言う割にはあちこちに見た目用途の見当がつかないパーツが取り付けられている。次に取り出したのは刀。それは短刀と呼べる長さで、反りのない直刀である。
それを朧のベルトに固定してから鞘から抜く。いや、正確には抜く動作をした。すると鞘には短刀は残っているが、銀百合の手には短刀が握られている。
その短刀は俗に言う妖刀と呼ばれるもの。銘は親子切。津宮における妖刀の定義はからくりや技術で証明出来ない機能がついた刀である。この親子切の機能は自身のコピーを作り出すもの。その作り出したコピーを、銀百合は銃剣としてライフルの先端に取り付ける。
これは銀百合が使うのではなく、朧がもっとも得意とする得物だから準備しただけで、銀百合としては、先手を取るために銃撃出来れば何でも良かった。
「ビンゴですね」
大きく車体をバンクさせ交差点を曲がって飛び込んできた風景を見て朧が言う。
「だな。全く、装甲車とメイドなんて、こう改めてみるとファンタジーな光景だな。隙を作る。お前は装甲車の隙間を抜けろ。その先に柚姫がいるだろ」
交差点から現場まで、猛スピードで走るバイクにして見れば短い距離だ。轟くエンジン音にメイドが気付いて振り返り、そこに銀百合がライフルを撃ち込むことで反射的に頭を下げさせた時にはバイクは装甲車のすぐそこだ。
強引にメイドと装甲車の輪を抜けた先には柚姫と、それに対峙する少年が見えた。
(津宮人ぽいが、まぁ今は敵だな)
銀百合はそう判断するとライフルの銃身側を握ると、銃床部分を少年こと勇者の側頭部目掛けて振りぬいた。加減はある程度し、さらにバイクは急ブレーキを掛けて減速中だったが、そもそも銃床で頭を殴りつける事態危ない行為だ。それをしたのは柚姫からの情報共有で、ステータスの防御力の概念を伝えられていたから。目的は注意を逸らし、バランスを崩すため。追撃として柚姫が勇者を掴んで持ち上げ、投げ飛ばすのが流れる視界の隅で確認できた。
「ナイススローイング」
速度が落ち、降りても問題ないと判断したため銀百合は後部座席から飛び降りサムズアップ。
「ナイススイング」
対して柚姫もサムズアップで返してくれた。
「銀百合。良くきてくれたね。互いの近況報告は後でするとして、取り合えずここから逃げ出したいんだけど……手伝ってくれる?」
「無論だ。それでどうしたらいい?」
「簡単だよ。相手の装甲車を奪って欲しい。あぁ、あの右端の奴は質量兵器として使ってしまったからそれ以外でお願いね」
まるでリモコンを取って着てと言わんばかりの感覚で頼んでくる自分のご主人様に、銀百合は肩を竦めてから、
「了解。朧、柚姫を頼む」
バイクを停車させた朧にライフルを投げて返し、指の骨を鳴らす。視界には勇者が俗に言うコンバットナイフを手にしてこちらに走ってきているのが確認出来る。そしてゆっくりと足の裏に力を込めるような動作をしつつ、それが完全に終える前に銀百合は消えた。相手にして見ればいきなり銀百合が消えて、勇者の後ろ、メイド達の前に現われたように見えただろうが、その認識は正しい。
「縮地かよ!?」
勇者がどの意味でその単語を出したのかは知らないが、それが武術の間合いの詰め方の体捌き全般を指すなら的外れではないが、漫画などの一歩で距離を一気に詰める技の意味で言ったのなら全く持って違う。
この瞬間移動の原理。それは座標の修正だ。柚姫も攻撃の際に座標を設定することで攻撃の起点を作り出すが、それと同系統だと考えて支障はない。手順としてはまず、自分の現在位置の座標を原点とする。次に移動したい先の座標も原点と設定する。本来なら後者の方に原点座標が再設定されるだけだが、銀百合の場合は”自分の現在地は原点なのだから、原点にいなければ辻褄が合わない”という座標の修正の力が働き、それを受け入れることで後で設定した原点に瞬間移動するのだ。なぜ銀百合にその修正力が働くのかと言うと、彼女が妖怪の類だから。人と違いそう言った自然や特別な力を受けやすい種族故にだ。
さて、メイドの眼前に移動した銀百合だが、メイドと自分の間には装甲車がある。柚姫の報告からして、この装甲車にダメージは入っていないらしい。使える装甲車はこれと、視界の左隅に映るものとで二台。共有された情報で一台あればこと足りると判断し、眼前の装甲車の前輪付近を蹴り飛ばす。後輪を支点として回転の力を与えられた装甲車は、それを盾のようにしていたメイドにぶつかり押し倒す。
「よっと」
メイドが弾かれたのを確認すると同時に銀百合は蹴飛ばした装甲車を飛び越え、着地の次の一歩でメイドの持っていたライフルを踏みつけ、それを軸足としてつま先をメイドのこめかみにぶつける。柚姫もよく相手の無力化に使う三半規管揺らし。明確な敵が相手なら殺せばいいし、それを禁止されているなら四肢を折るなり、内臓を気遣うことなく殴打すればよい。だが、相手に重傷を負わせることで後々ややこしいことになりそうなら、無力化している時間は短いが平衡感覚を奪えばいいということで、柚姫と銀百合は好んでこの手を使う。
「さて」
装甲車で弾き飛ばしたメイドは三人。それら全員を起き上がる前に無力化した銀百合は、奪うべき装甲車の方を見る。そちらにいるメイドは四人。すでに銀百合の瞬間移動に対する驚愕を終え現状を把握し銃口をこちらに向け終えた直後だった。
(移動は間に合わないな。修正力が働くより、引き金を引いて弾があたる方が早い。けど、手はうってあるさ)
引き金を引かれる寸前だというのに銀百合にあせりは無く、むしろ悠々と足元に落ちている空弾倉を拾おうと身をかがめる。そんな彼女に対し弾丸が放たれるが、なぜか全て彼女の右側にずれた場所に着弾する。
座標ずらし。銀百合はそう呼んでいる。相手の認識する座標をずらすことが出来る。ただこれには弱点があり、座標ずらしは人が無意識に認識している空間座標をずらしているので、連続で使用し相手が違和感に気付き自分の認識する座標を意識すれば無効化されるし、座標ではなく対象物目掛けて誘導する攻撃に対しても無意味である。
「外れだな」
銀百合は笑い、拾った弾倉を先頭のメイド目掛けて投げつける。手に持った感じそこそこの重さがあるものだったが、これで無力化しようとは思わない。弾倉投げの理由は相手の反撃のタイミングをくじくことにある。何故か照準がずれ、再度銀百合を捉えようとした時に飛んでくる弾倉。何かの反撃かと身構え、それが無害なものと判断し、それでも顔面に当たるコースなので避けようとして、銀百合が間合いを詰めていたことに気付くメイド。見事に先手を取ることに成功した銀百合は眼前のメイドの首に腕を入れ、締め落としにかかる。勿論、メイドを盾にするように拘束しなおしてからだ。
(おいおい、容赦ねぇな)
だが、銀百合は残りのメイドが躊躇うことなく銃口を向けたことに対し素直にそう思う。それでも直ぐに発砲しないあたり味方に被弾しない、もしくは被弾しても着込んでいるアーマーの類に当たるように照準しているのだと彼女は思う。
(その隙が命取り、いや命取らないけどさ)
腕のメイドは落としきる腹積もりだったが、時間が足りないと判断して先ほどの弾倉投げと同じ要領で投げた。だが今度は投げたものが大きい。銃口を向けていたメイドは避け切れず、もつれるように倒れこむ。
(この隙に三・四人目だな)
銀百合はそう決めてから指を鳴らし、そしてゆっくりと足裏に力を込める動作をわざと行う。メイドとしてみれば。あの初手で瞬間移動した時と同じ動作なのでそれに備えて身構えるが、銀百合がその動作をしたのはそう身構えさせるためで、もっぱら今回の移動は普通に走って行うつもりだ。
(切り捨てていいならこんなまどろっこしいことはしないんだがな)
今回はあくまで敵を穏便に無力化すること。つまりそれは、大きなハンデを背負って戦えと言われているのと同じであり、そのハンデを埋めるために銀百合は相手の初動の出鼻をくじいて有利な状況を作っているのだ。
幸いなことに、三人目と四人目は近い位置にいる。瞬間移動と見せかけ、実として己の足だけで距離を詰め、防御のタイミングをずらした銀百合は、
(一歩足りないか)
もう一歩踏み込めば拳は届くが、メイドが十分な防御を取れる時間を与える、つまりはタイミングを外した意味がなくなると判断し、その対処法として腰の刀を鞘ごとつかみ、柄頭を相手の顎目掛け振り上げる。初めは手の中を滑らし、後は腕の伸びだけで届く長さで鞘をしっかりとホールド。顎先を柄頭でしっかりと打ち抜き、脳震盪を誘発させる。力が抜けたように崩れ落ちるメイドの影に隠れるようにして、銀百合は刀を引き戻し、
「舌噛むなよ?」
三人目のメイドの陰から飛び出し、鞘の先で顎を打ち四人目のメイドも無力化。この時、投げ飛ばしたメイドと巻き込まれたメイドが立ち上がろうとしていたので、まずは巻き込まれた方の平衡感覚を奪い、投げたほうはついでだと、再度首に腕を入れ締め落とした。
「楽だが面倒だ、こういうのは」
銀百合は刀を腰に戻しつつ、無事な装甲車を確保すべく運転席を開けた。




