こちら白崎異世界先行チーム
時間は遡り、世界も変わる。
柚姫がちょうど異世界召喚された時間、場所は津宮の首都。趣のある造りをした住居のダイニングルームで、長身の女性がコーヒーを淹れる準備をしていた。湯を沸かし、今は一人分でいいからと手動ミルに買ってきたばかりの豆を入れてガリガリと挽いていく。湯が沸いて、カップやサーバーを温めて、さて、ハンドドリップの醍醐味である蒸らしの肯定に入ろうとしたところで携帯が鳴った。
「んだよ、もう」
少し乱暴な口調で画面に表示されている名前を見て、後にしろと言わんばかりに着信に出るまでも無く切る。だが、速攻で再度着信があったため渋々出ることにする。
「どうした?急ぎの用か?……あぁ、わかった。とりあえずお前は返って来い。事故するなよ」
電話の相手はひどく焦っていたが、要点だけはしっかりと伝えてくれた。柚姫がいきなりいなくなったと。
それに対し長身の女性こと、白崎 銀百合は落ち着いていた。それが間違いないと確認するため、携帯のインカメラを起動して自分を見る。
長身で引き締まった体つきに暴力的と表現してもいいほど大きな胸。一見ぼさぼさに見える腰まで届く光沢の無い銀髪は、毛先や髪質を見るとしっかりと手入れされているのが分かる。切れ長の目や整った顔立ちは色気や妖艶と人懐っこさ、好戦的といった印象を与える。だが、もっとも目をひくのは頭の上にある狼の獣耳だろう。カメラには映っていないが、尾てい骨のあたりからは狼の尻尾が生えている。
そう彼女は人間では無く獣人。人々はそう言うが、厳密に言えば妖怪の類であり人の亜種ではない。
そんな彼女はカメラで顔の筋肉等が引きつっていないことを確認すると、寸止め状態だったドリップ作業を開始。膨らむ豆を見ることが彼女がハンドドリップを好む理由だ。
じっくりと時間をかけてコーヒーを抽出したところで携帯がグループメッセージに着信があることを短い着信音が伝える。見なくても内容は分かる。柚姫が消えたことを伝えているのだろう。
「おいおい、急いでいるのいいが、本当に事故するなよ」
柚姫が消えた第一報を入れたのは白崎を補助する一族、赤崎の娘だ。彼女と柚姫は仕事の一環である地方の神社の査察のため、車で移動していた最中だったはず。彼女が戻ってくるまでには幾分か時間がある。お気に入りのマグカップにコーヒーを注ぎ、少し迷ってから煙草を取り出す。
「たまにはいいか」
コーヒーの味を煙草が邪魔をするので普段はコーヒーと煙草は合わせないが、今は無性に煙草が吸いたかった。
マグカップの中身が半分になり、灰皿に二本目の煙草を押し付けた時だ。携帯が鳴った。またあいつかと思いつつ画面を見て、電話の相手がそうではないことに気付き応答ボタンを押す。
<あー銀百合?やっほー>
やけに明るいハイテンションな声がスピーカーから鳴り響く。
「自分の息子がいなくなったって言うのに、やけに明るいじゃないですか、椿姫さん」
電話の相手は白崎 椿姫。柚姫の化け物の方の親だ。
<殺して死ぬような息子じゃないからさ。それにあいつが担当している異世界問題。ちょうど他の異世界がこっちにちょっかい出したらしくてさ。魔女の情報。間違いない>
魔女。その言葉の通りのイメージで会うと魔女とは一体なんだったのかと思ってしまう種族、いや過去の異世界事件で接触するようになった異世界人。異世界に関する技術は高く、自力での異世界渡航を可能としている。
<だからさ。何人か連れて先行、柚姫と合流して頂戴な。それで、その世界が津宮にとって良薬か劇薬を見極めるための情報を集めて欲しいのよ。ついで、どうやら学生一クラス分も一緒に向こうに行ったみたいだけど……まぁ好きにしていいよ>
と、まぁこんな感じに銀百合の至福のコーヒータイムは一転。旅支度をして、先行メンバーを呼び集めて、数日後には異世界渡航をしていた。魔女が柚姫と学生集団の転移の際の観測をしていたからこそ、目的の異世界にぽんと到着したわけだ。一応、柚姫がいるであろう都市付近に転移したと、先行メンバーかつ異世界渡航をする上で外せない魔女が言うものだから、銀百合と赤崎の娘が都市に潜入し、柚姫の捜索を数日していたところで、待ちに待った柚姫からの思考の共有が来た訳だ。
「ようやく連絡が取れましたか。一安心と言ったところか」
丁寧語とラフな口調が混じった変な口調で言うのは赤崎の娘こと、赤崎 朧。身長などは全て平均的だが、髪型は横紙が長いく、後ろ髪は乱雑にうなじあたりで切られている。これだけでは少し変わった奴程度だが、虚ろ気味な瞳のせいであまり進んで話しかけようと思える人物では無い。
「けど状況は悪いらしい。死にはしないだろうが、一度殺されその間にどこかに運ばれた面倒だ。幸いこの都市は今こんなにどんぱちしているんだ。直ぐに助けれるさ。運転変わってくれ」
銀百合は乗っていたバイクの運転を朧と交代しつつ、バイクに固定していたケースから刀を取り出す。
「私のこれ、邪魔になっていませんか?」
朧の背中にも同じようなケースがあり、それを肩に掛けている。普通のケースに見えて機械仕掛けのため常に背中に水平になるようになっているため、バイクの運転には支障はないが、二人乗りとなれば別だ。
「構わん。どうせすぐに飛び降りるからな」
ヘルメットを脱ぎ捨て、特徴的な耳を隠すための帽子を深くかぶり、
「向きはこのままでいい。火薬の匂いがする」
「了解、落ちるなよ」
自前の嗅覚でこの世界には無い、自分の世界の火薬の匂いがする方向を指差した。
朧は朧ですり抜けや急な車線変更、信号無視と何でもありな運転だ。これは運転が上手いと言うよりは、
(頭のねじが吹っ飛んでいるからな、こいつ)
と、銀百合は重交通量の交差点の赤信号にノーブレーキで突っ込んでいく運転手も見ながら思う。昔はもっと普通だったのにとふけっていると、
「前方でメイドが二人装甲車で道を封鎖していますが、突破するぞ。邪魔なものを排除してくれませんか」
「そう言うのはもっと早く言え」
朧がアクセルを緩めることなく封鎖地点に向かうので、銀百合がため息混じりに吐き捨てると同時に、彼女はバイクの後部座席から消える。バイクから飛び降りてから瞬間移動をしたのだ。比喩等ではなく本当に。彼女が姿を現したのはメイドの目の前。
(断片的な柚姫からの思考共有でメイドが今の敵性だと知ってるが……殺すのはよくないか)
近づきつつある朧に銃口を向けようとしていたメイドに銀百合がは、相手が状況を把握するよりも早く手にしていた刀を鞘に納めたまま鳩尾目掛け振り抜き、間髪入れずにもう一人のメイドを腕の力だけで投げ飛ばす。
メイドからして見ればバイクを静止させようとしていたところに、いきなり女が現われたかと思ったら強烈な打撃を見舞われ、吹き飛ばされ、状況を把握しようとしたところに相方が投げ飛ばされ自分にぶつかって来るという出来事がいきなり身に降りかかった状況だ。
「よいしょ」
メイドを退けた銀百合が装甲車を蹴り飛ばし道を開けたところに朧が到着。スピードを落とすことなく突っ込んでくるが、銀百合はタイミングを合わせて元の後部座席に飛び乗る。体がバイクの慣性に弾き飛ばされそうになるのを堪えてから一言。
「少しはブレーキを掛けたらどうだ?」
「あなたなら余裕でしょう?」
「わざわざ曲芸じみた乗り方するより、普通に座った方が良いに決まってるだろ」




