白崎
白崎と言う姓は知っている人すればこれ以上無い有名な姓である。裏社会の取締役。そう言われることもがあるが、れっきとした由緒正しき家柄の一族だ。津宮と言われる国で太古から妖怪やら術士などが度の過ぎた悪さをしないように見張り、心霊や異常現象といった物事を解決し、津宮各地に祭られる神様に仕える一族。それが白崎だ。
先ほど美夏が言った白崎に逆らうなという言葉は文字とおりで、歯向かえば一族もろとも皆殺しを息をするように行う故に大人しく従えという意味だ。
そんな白崎の末代にあたる柚姫は異世界関連の対応に当たっていた人物である。それは数年前に六つの異世界を巻き込んだ騒動があり、津宮は今現在は他の異世界から干渉されることが好ましく無い状態だから。異世界との干渉はそう起こることではないだろうと思われていたが、六つの世界の内、もっとも異世界関連技術が進んでいた世界から津宮の世界に干渉する異世界があるという報告を受けたため、あの手この手を使い勇者召喚にわざと巻きこまれ対応に当たる予定だったが、
「まさか僕だけ引っこ抜かれるなんてなぁ」
彼の仲間も巻き込まれる予定だったが、結果は柚姫一人だけだ。盲目のため介助者が必要なのだけに幸先悪いスタートと言える。目が見えないというのは不自由なものでなるがままに連れ回された結果、今は小さな部屋に収容されている。
召喚されてから日付が変わり、さらに昇った太陽が沈み、あの女性が言った期限まで後僅かな時間になったと、ある一人の男子学生が教えてくれた。あの、最弱ステータスの学生、名前を鈴木宗太と名乗った。
結局の所、群を抜いてステータスが低かった二人は誰からも交渉すらすることなく見捨てられ、この狭い部屋に収容されている訳だ。
ちなみにだが、美夏はどこかの王族に身柄を保護されることになったらしく、律儀に挨拶にまで来てくれた。
「期限がきたらどうなるんだろうね?」
「俺が知るか」
お気楽そうな柚姫に、病んでしまったかのように暗い目でぶっきらぼうに答える宗太。もともとクラスの中ではいじめられっこだった彼は、あの低スペックが原因でさらにいじめが加速したらしく、もう誰も仲間と思うかなどと呟いている。
「定番だといなかったことにされるよね、勇者は完璧であるべき。こんな雑魚を呼び出したとなれば恥だ、死ね!みたいな」
「何だよ!お前!さっきからお気楽そうにしやがって!」
「人生ポジティブが一番ってのが親の教えでね、気に障ったら謝るよ」
柚姫は少女のような笑みを浮かべると、懐から一枚のコインを出して宗太に握らせた。
「金の塊だよ、通貨は使えないけど、案外金は使えるってことが多いからね。使えるなら使いなよ」
異世界に備えての準備だ。金のコインはまだある程度はある。柚姫は壁伝いに歩きドアを見つけると、
「僕は自由に動くよ。本当に殺されたらたまったもんじゃないしね。機会があればまた会おう」
少し散歩にでもといわんばかりに軽い調子でドアを開ける。宗太は他人のすることなんて知ったことかと何も言わなかったが、金のコインはしっかりとポケットに仕舞い込むような音がした。
「さてと」
柚姫はお気楽そうな表情から一変、全ての表情が消えた仮面の表情になる。彼曰く仕事モードだ。左手で壁をなぞりつつ徘徊を始める。目が見える、もしくは介護者がいるなら外を真っ先に目指すが、今の状況でそれは無理に等しい。ならばわざと人に見つかろう。それが彼の考えであり、彼が今抱えている不安事項を解決するための実験でもある。
白崎は妖怪等と戦っていた一族だ。そんな一族である彼が特別な力を持っているのは納得出来る話である。だが、この世界の彼のステータスには特殊能力は盲目だけで、彼自身が元から持っている能力は一切現れなかった。柚姫があの時変な声を出したのもそのためだ。ステータスに無くても能力は使えるのか?使えなければ、この先うまくやっていける自信が無い。
久しぶりに感じる緊張に、あぁ自分も緊張する生き物だったと思いつつ歩くこと数分、
「おや、こんな夜分にどうしましたか?」
二回目の角を曲がったところで女性に声を掛けられた。
「あー、少し散歩をしようと思って。目は見えないけど、こうやって壁に沿って歩いてたら迷子にはならないから」
よし、女性だと柚姫は好都合だと喜びながら、彼の見た目に似合うような可愛く答えた。
柚姫は性別は男だ。だが見た目は少女と言っても普通に違和感が無い容姿をしている。茶髪の髪を伸ばし首辺りで縛って、目は大きく、肌は白い。小柄で体の線は細い。結構、この見た目のお陰で相手は油断してくれている。
現に今目の前にいる女性、恐らくはこの建物を管理しているメイド的な存在だろうが、彼女からこちらを警戒する素振りを見せない。
「お時間があるなら、散歩に付き合ってもらえませんか?あなたがいてくれたら、ここに来て初めて外に出れますから」
この言葉が決め手となったのか、メイドは柚姫の手を優しく握る。
「少しだけですよ。外の空気を吸ったら元の部屋に案内しますから」
「ありがとう。歩くペースは君に任せるから、いつもとおり歩いてね」
手と手の接触。この何気無い仕草から、柚姫が持って生まれた力を行使する。彼はそれを『共有』と呼んでいる。
柚姫と繋がりを持つ者の全てを共有出来る能力。ただ、何をどう共有するかを決める権限を持つのは柚姫にある。ただ、この繋がりと言うのが中々の曲者で、他所の他人相手には全く能力は働かない。こうやって手を繋ぐといった肉体的接触があってようやく繋がりが出来る。
メイドとの間に出来た細い繋がり。それを持って柚姫はメイドの視界を共有するよう働きかける。結果として、彼の瞳は何も写していないのにも関わらず、柚姫は自分が歩いている廊下の景色を把握することが出来た。
よし、ステータスに反映されてないが、自分の能力が消えた訳では無い。それが確認出来た柚姫はそっと胸を撫で下ろす。ならばと、柚姫はさらに相手に深く入り込んでいく。じっくりと、水が乾いた地面に吸われるようにじわじわと相手の奥に入り込んで行く。
今すべきことはこのメイドの思考を外の空気を吸うから、この時間帯、人がいない場所へと連れて行くといことに書き換えること。これも共有の力。柚姫の思考を相手と共有させることで、結果として思考の書き換えとなるのだ。本当はこの世界のことやら、今いる場所やらを知りたかったが、同時にいろんなものを共有出来るほどこのメイドを深くつながりは持っていない。その代わりに、会話による情報の引き出しにかかる。
「ちなみにですけど、ここはどんあ場所なんですか?」
「ここは召喚の神殿と呼ばれています。その名の通り、勇者を召喚する神殿ですよ」
「勇者ねぇ、確か魔王を殺せって言われたけど、本当に魔王なんているの?」
「いますよ。ですが、あなたが魔王と戦うことなんて無いと思いますが」
「それは僕が弱いから?」
この問いにメイドは沈黙を貫いた。ただ単に気を利かせたのか、それとも言えない理由があるのか。前者であって欲しいなと思いつつ、次の質問に移ろうと思った時だ。
「止まりなさい!」
聞き覚えのある女性の声が背後から静止を求めてきた。この声は前日に仕切っていた女性の声だ。
「どこに行こうとしているのですか?」
静かに、だが、どこにも逃がすつもりは無いと言わんばかりに強い口調でその女性は尋ねて来た。
「外の空気を吸わせて貰おうと思って、庭かどこかに連れて行ってもらってる所だよ」
面倒なものが来たと小さく舌打ちをしてからのこの台詞。振り返り、メイドの視界を借りてその女性を始めてみた。長身爆乳の金髪サラサラロングの武人系お姫様。それが柚姫の彼女に対する第一印象。
「なるほど。しかし今は夜分で冷えています。体が弱そうなあなたが外に出たら風邪を引いてしまいますよ」
案に低パラメータが何自由にしてんだと意訳出来そうな気遣いの言葉をかけてくれるなと彼は思う。
「気遣い感謝です。でも流石に部屋に閉じ込められるのは気が滅入るんで、外で数回深呼吸するだけでもいいのだけど……」
「駄目です。外に出したら逃げる算段でしょう。もう一人の彼が教えてくれましたよ」
この女性は柚姫が逃げると言う情報を掴んだからこそ、このような深夜の廊下を歩いていた。つまりは逃がすつもりはないと言う事だ。口止めしなかった、かつぺらぺら喋った柚姫自身に非があるのは明白だ。だから彼を責めるつもりは無いし、むしろわざと逃げるということを口にした明確な理由が柚姫の中にはある。
「ちなみに、その鈴木君はどうしたの?」
「大人しくこちらに来てくれたら体験させてあげますよ」
この女性の言葉が終わった瞬間だ。いきなりメイドが強烈な敵意を向けてきたのは。繋いでいた右手を捻り、こちらを拘束しようと動き出す。武闘系メイドかよと柚姫は驚きつつも、メイドが敵意を向けた時点で彼は動いている。右足をコンパクトに振りぬき、メイドの両ふくらはぎを払っていた。
「えっ……」
メイドは足に力を入れていたのだろうが、柚姫はお構いなく両足を払ったのだ。不意をついたつもりが、虚をつかれた。そんなメイドに柚姫は容赦しなかった。今までは気付かれず、後遺症などが残らないように行ってきた共有を問答無用、つまりは強引に行った。柚姫に対する敵意を取り上げ、思考から柚姫に反発することを消し去る。
「案内しろ」
尻餅をついたメイドを引き起こし柚姫がそう命令すると、メイドは不思議がることなく頷き柚姫の手を引いてくれる。
「お前、何をした!」
メイドの変わり身の早さを彼女の裏切りでは無く、柚姫が何かしたと見抜いた武人系姫様の反応は早かった。腰に下げていた剣。てっきり式典用のそれだと思っていたそれはどうやら実戦用らしく、それを抜いた彼女は柚姫の眼前に向け突き出した。
「あぁ、殺すのね」
柚姫はそう呟くと、メイドの視界を借りて剣の軌道を読み、正確にその腹を裏拳で叩き軌跡をずらす。盲目だと思っていた人物が、完璧に防御したと言う事実に僅かな動揺を見せた彼女の懐に入り強烈なレバーブローを叩き込んだ。
「かはっ……」
彼女の口から息が漏れ、同時に呼吸出来ずに膝をつく。下がった顔面に、柚姫の容赦無い膝蹴りが叩き込まれる。鼻の骨ぐらい我慢してもらうつもりだったが、この膝蹴りに反応した武人系姫様。ほぼ反射と言える反応で片腕を立て顔面への直撃を防いだが、その腕の骨を折った感触はあった。
相手にとっては驚きであろう。何にしろ、彼のステータスは馬鹿に出来るほど低い値だったのに、いざ闘ってみれば普通の蹴りで片腕を使えなくしてしまうのだから。
「行くよ」
追撃して足の一つを貰おうかと思ったが、簡単に行動力を奪うことをさせてくれそうに無いと彼は判断。メイドに先導するよう指示を出す。追ってくるならその時は対処するのみ。眼前のメイドは素直に柚姫を外へ案内してくれている。
出口は案外近く、小走りで三分程度の距離。まぁ、一つの建物内を小走りを三分するぐらいだから敷地面積はかなり広いのだろう。そして、詳細の指示を出さなかったためか、辿り着いたのは正面玄関。推測だが、メイドの視界に映る扉の立派さからしてみれば間違いない。
「ちなみにさ、ここの警護ってどれぐらいいるか分かる?」
この扉を開けた瞬間、ずらりと警備が並んでいたら嫌だなと思い、柚姫はメイドに聞いてみた。
「この神殿付の警護はいません。戦える者でしたら私のような者が十名程」
反抗する気持ちを柚姫に一方的に共有されているメイドは素直に情報を吐いてくれる。
「十人か」
問題無い人数だ。ここから出ることは確実とも言える。けど、そこからが問題だ。口で問いはしなかったが、メイドの記憶の一部を共有して、この神殿の場所が街中にあることは分かっている。それは良いのだが、視界の問題がある。このメイドは今でこそ従順だが、完璧な共有を行って反抗する気持ちを奪っているのでは無い。何らかの弾みで反抗心が戻る可能性がある。そんな時限爆弾をいつまでも視界にする訳には行かない。街で誰か雇うしかないだろうが、果たして僕が元の世界に帰るまで横にいてくださいと求人を出したとして、飛びつく人はいるのか?そして給料はどれぐらいだ。手持ちの金のコインに限りはあるし、そもそも金と言う鉱石がこの世界で価値があるのか分からない。いや、金ならなくてもどうにかなる。今は通貨より人だ。
「次の質問。この世界って人を手軽に雇えたり、奴隷みたいに買ったり出来るの?」
「それなりのお金があれば雇えます。仕事の内容によりますが。奴隷もいます。ですが……」
ですが何?続きを促そうとした柚姫をメイドがいきなり投げ飛ばした。
「えっ、もう!?」
完全な油断だった。どうせまだ共有が解けない。経験からそう踏んでいたのだが、予想以上に早く元に戻ってしまった。視界のために握っていた手を基点にお手本のような背負い投げだった。それに対し、柚姫は綺麗な受身を取りダメージを逃がす。
「あなた、私に何をしたのですか。なぜ私が姫様の指示に逆らうことに……」
メイドは愚痴りながらも、いまだ掴んでいる右手を捻り上げ拘束に入ろうとする。
「しっかり吐いてもらいますから」
「断る。僕は一応、やることあって異世界に召喚されたからね、そっちの都合なんて知ったことかってね」
ここで柚姫は、自分が元から持つもう一つの能力を使った。まだフリーな左手で拳を作り、床を強く叩いた。ドンと床を叩く音と、メイドが側頭部をハンマーで強打されたように吹き飛んだのは同時だった。
「うん、こっちも好調だ」
彼は身を起こし、共有と同様にステータスに現われなかったが、それでも自分の力が発揮出来たことに満足そうに頷く。メイドが体から離れたため、視界は無くなってしまったが仕方ない。再度、共有してもいいが相手は警戒している。まずは警戒心を取り除く必要があるため時間がかかる。ここは無視するのが得策か。
「にしても姫様か。あの爆乳金髪」
呟きながら、彼は扉に向かう。姫とその近衛のような戦闘メイド部隊。男としては仲間にしたら心が躍るが、成り行きとは言え敵対してしまうとは残念だ。
「是非ともお仲間になって欲しかったけどなぁ」
だが、出来ないものは仕方ない。出口の扉を勢い良く蹴り開けて、肌を冷たい空気が撫でる事から外に出たと判断、一応宣言通りにと深い深呼吸をしようとして、
「追っ手か。まぁ来るよね」
背後から複数の足音が聞こえて来たので、くるりと反転して迎撃準備に入る。流石に視界無しで未知の土地で逃げ切れる算段は思い付かない。だったら適当に相手して、また武装メイドを強引に共有で一時的に仲間にしたほうがやり易い。柚姫は静かに拳を固める。