不幸はいつも突然に
「ではこれで、あなたは奴隷の身分から解放されました」
眼前に座るメイドがそう事務的に告げた。冷たさを感じるような平坦な声音だったが、レティアの心は何か温かいもので満たされる。
「しばらくは私達の監視がつくかもしれませんが、問題ないと判断すればそれもなくなるでしょう」
「構わない。傭兵やれて、あいつとまた一緒に暮らせるなら、それぐらい些細なものだ」
彼女は数日前、主人であり、盲目の勇者である柚姫を殺すよう目の前のメイドに頼まれ、その見返りに奴隷の身分から解放された。いや、レティア購入時の契約により、柚姫が死んだ時点で奴隷ではなくなったが、都市連合の力で合法的に柚姫を殺したようにしてもらったというべきか。
「あいつ……あぁ、妹さんですか。どうですか?ゆっくりと団欒出来ていますか?」
メイドこと、ユーミが書類をまとめながら聞いてくる。
「出来ているさ。十分すぎる程にな。寵愛し過ぎて、そろそろ以前のような生活リズムに戻さないと怒られたばかりだ」
幸せな説教だと思っていると、それが顔に出ていたのかユーミにそのことを指摘される。うるさい。いままで不幸だったんだ。幸せそうな顔をして何が悪い。
「はぁ、では帰ってやりなさいな。後はこちらで処理するだけですから」
ミーナからそう言われ、レティアは打ち合わせ場所として使っていた傭兵組合会館の会議室を出て、通信端末を取り出す。妹にこれから帰る旨を伝えるためだ。端末には多数のメールの着信報告。その大半は傭兵仲間から復帰祝いをするから主賓のお前が早く来いという、飲みのお誘いだ。ノブハについてから昼夜問わず呑み続けるメンバーと、そろそろ馬鹿騒ぎしてやってもいいかもしれない。今夜ばかり顔を出してみよう。
そう思いつつ、着信を確認していくと、妹からの着信があった。件名はなし。基本は無題メールをおくることをしない妹なのに珍しいと思いつつも、本文を開くと思わず端末を落としそうになってしまう。今までの幸せ気分は吹き飛び、嫌な汗が体中に滲み出す。
約束、守ってね
本文はただそれだけだったが、レティアには心あたりがある。それはつい先日殺した男の最後の言葉だった。生きていた?いや、そんなはずない。確かに脈や呼吸は止まっていた。間違いなく殺した。
その時だ。手元の端末が通信の着信を告げるアラームを鳴らした。ディスプレイに映し出される名前はエフィー。妹の名前だ。いつもならすぐに繋ぐ。だが、今ばかりは通話ボタンを押すのに時間をかけてしまう。これに応答してしまったら、もう戻れないかも知れないと。だが、妹の安否に関わる。それだけは確認しないといけない。
「レティアだ」
「こちらはそうですね、誘拐犯と名乗っておきましょうか」
スピーカーから聞こえる声は女性の冷たい声。
「なので、お約束の台詞を。妹は預かった。指定の場所に来い。無論、ひとりで。いいですか?公的組織や仲間にも頼らないで下さいよ。勿論メイドにも」
「妹は無事なのか?」
いつもならもっと感情的に怒鳴っていただろう。だが、電話の相手はこちらがメイドと繋がりがあることを知っている。そしてあのメールの本文。これが調子を狂わせる。
「勿論です。妹はあなたを呼び出すための餌です。あなたが素直なら傷物にならずに済みますよ」
それだけ言われ、電話が切れてしまう。その直後にメール着信。件名はなく、本文に住所がべた打ちされているだけだった。その住所を携帯端末の地図で探すと、普通の住宅がヒットする。距離は少し離れているが、ここに来るのに使ったバイクを使えば問題ない距離だ。
(どうする?ユーミにだけでも伝えるか?)
今この場から数十歩戻れば、この国家権力の末端である人物がいる。彼女だけにでも、伝えるべきか?
いや、駄目だ。あいつが、柚姫が生きていたとなると、ユーミ達の出方が分からなくなる。下手をすると奴隷解放の件は白紙に戻り、これに関わった仲間が最悪消されるかも知れないし、メイド達の動きを誘拐犯側に知られたらエフィーも危ない。
(エフィーを救うのは無理だ。ならばエフィーに危害を加えられないように動くのが最善か。誘拐犯が正しいことを言っているなら、用があるのは私のはず。ならば)
考えている内に外に出たレティアは腹を括り、自分の大型バイクにまたがりエンジンをかけた。




