罠ではなく謝礼
ハニートラップに興味ある?そんな言葉として成立しているのかと言いたくなるエルの質問に、柚姫は曖昧な笑みを浮かべながら、さてこれは一体どうしたものかと考える。
十中八九、これはサエが発案したものだろう。だが、ハニートラップとは色気を対価に何かを得ることだ。眼前のエルは色気を感じない。いや、全体を見ると整っているのだが、彼女の言動や人柄のせいでそっち方面の感情が出てこない。しかも、エル自身がハニートラップと明言している。つまりこれは、
「君の体を対価になにか情報寄越せということかな?」
「さぁ、知らない。サエがそう言えって。あいつは肉食だから食いつくって」
そう言えと言われて雰囲気もクソもなくそのワードを口にする辺り、エルの性的な思考や感情は他人よりずれているようだ。そんな女性相手の罠にはまりに行くつもりは無いし、そんな女性と寝床を一緒にしようとは思わない。
(だけどまぁね)
彼女はこれから身の回りの世話をしてもらうのだ。サエとの契約とは別に、謝礼くらいしてはいいだろう。
「罠にかかるつもりはないけども、君には多少なりとも世話になるからね。そのお礼として、君が聞きたいことを一つだけ今答えてあげるよ」
この謝礼にサエをいっさい挟まないのは、彼女が柚姫のことを女なら誰でオーケーみたいな評価を下していることに対してのお返しといったところだ。
「そう?じゃ、教えて。どうして生き返ったの?その原理は?」
エルの質問に柚姫はそう来たかと表情を変えることなく、内心まいったなと思う。彼女のことだから読心のカウンターについて聞くだろうと思っていたのだが、実際はどうだ。出来れば答えたくない質問をぶつけてきたのは予想の範疇だった。
「一応さ。私ら、あんたが首からどばどば血を流してる状態で捨てられるところから見てるんだよね。近寄って死んでるの確認してたら、いきなり心臓動くは傷塞がるし、あわてて隠れて様子見てたら汚い言葉吐きながら起き上がるし。ぶっちゃけ、私の能力への対抗より、こっちのが気になるって」
蘇生の瞬間を見られていたのは予想外だったが、その時柚姫は確かに死んでいたのだ。死んでいる間の出来事なんて把握できない。
「そうか。なら答えてあげよう。一つだけ答えてあげるって言っちゃったからね。それはね、僕の親が人外だからだよ」
「ふーん、そうか、っていくら間抜けな私でも簡単に納得できないよ、その説明」
だとうね、と柚姫は笑いながら説明を続けた。
柚姫は人間とは言い切れない生き物だ。というのも、親の片方は人間だが、もう片方は人間の形をしているが、人間というにはその枠組みに収まらない生き物だ。まず、既に四百年は生きている。そして生みの親は神様だ。もともとは、神様が人間の世界を歩いて旅するための身体だったのだが、なんだかんだあって人格が芽生え、なんだかんだあって神様を守る存在となった。それがいわゆる白崎という存在。
「何、そのなんだかんだって?それに母親や父親じゃなくて、片方の親って変な呼び方するんだね」
「なんだかんだしか教えて貰ってないからね。それと、僕の生みの親は見た目だけ判断すると母親と母親なんだよ」
エルが眉間に皺をよせているのがみえなくても想像出来る。
「見た目は女性だけど、ついてるの、あれが。両性具有って奴だね」
「薄い本が厚くなりそう」
この世界にもあるのか薄い本と思いながら、結論に入るため柚姫はエルに少しだけ頭の中を整理する時間を与えてから、
「その神様が消滅しない限り死ぬことは無い。それが神が生んだ僕の父親に当たる女性の体質で、その遺伝を僕も受け継いでる。だから生き返ったんだよ」
さて、この突拍子の無い話を得るはどこまで信じるか。作り話と思われるかもしれないが、生憎だが多少真実をぼかしているところもあるが実話なのだ。エルは少し悩んでから、
「こんなことなら能力のことでも聞いとけばよかったなぁ」
諦めたようにソファーの背もたれに倒れこむ。しばらく天井を見つめてから、これ以上聞いても理解出来ないと思ったのか、
「腹減った。ご飯にしよっか」
綺麗さっぱり諦めて、デリバリーの料理を注文すべく携帯端末をいじり始めた。エルのこのさっぱりした性格に、この数日で好意を持っている柚姫。
さて、昼飯はエルが注文したピザとサイドメニュー。夕食は近くのスーパーの惣菜とお酒。出来合いの料理ばかりが食卓に並び、エルは料理が出来ない人間と勝手に評価を下した柚姫。そんな彼が翌朝エルに起こされて食卓に誘導してもらうと、こっそり内緒で共有している視界にサエが入ったので、
「帰ってたんだ」
椅子に座りつつ声を掛ける。
「えぇ、つい先ほど。結果についてはまぁ、朝食を食べながらにしましょう。帰りにパンを買ってきました。焼きたてなのでおいしいですよ」
確かにテーブルにあるパンは焼きたて特有のいい香りがする。エルがコーヒーを淹れてくれたので、少し優雅な朝食気分を楽しみつつ、マグカップ内のコーヒーがちょうど半分ぐらいになった時、サエが昨晩のことを教えてくれた。
「レティアについては居場所やらなんやら、よく喋ってもらいましたよ。相手が酔っていたのと、私が身体で焦らしたのでペラペラと」
「そんな色仕掛けに自信あるなら、今度はエルにしっかりと教えてやったらどう? まぁ、それはさておき、居場所は突き止めたんだよね? レティアに簡単に会えそう?」
「インターホンを鳴らせば簡単に会えるでしょうが、それはお勧めしませんよ。ユーミ、つまりは今回の件、姫付きの表のメイド部隊が噛んでいるのしょう」
表のメイド部隊。その言い回しに少し違和感を覚えた柚姫は会話を遮り、
「その言い方、まるで裏のメイド部隊があるような言い方だね」
「今はありませんよ。ですが少し前まではありました。なにせ私は裏のメイド部隊にいましたから。……裏切りを心配しますか?」
隠すつもりはないらしく、サエはパンをちぎりながら自分の経歴をはっきりと述べた。
「裏切りの心配はしてないよ」
思考を共有せずとも、それだけは理解出来た。何故なら彼女は今、他国の諜報機関にいるから、表のメイドが絡んで殺した柚姫に、裏のメイドが肩入れするのも筋が通らないから。どこかの勢力の指示はあるだろうが、少なくともシャルティア姫の陣営ではないだろう。
「ありがとうございます。裏のメイドが法規に背き暗躍するなら、表のメイドはグレーゾーンなことしかしないが、姫様のお墨付きでほぼ黒い灰色を白にする超法規的機関です。特例で奴隷から一般人に戻ったレティアを取り巻く環境が落ち着くまで、メイドの影はあると考えるべきです。明るい場所で彼女と接触するのは地雷を狙って踏み抜く行為ですよ」
古巣なだけあって、よくわかっていらっしゃる。彼は国家権力が絡むときの煩わしさに対し、少し大きなため息を吐いた。
「ですから、レティアに穏便に動いてもらえばいいのですよ。その為の餌はこちらで用意しましょう」
「その餌ってのは?」
「彼女の妹ですよ。それはもう、レティアにしてみれば例え勇者を敵に回してでも守りたい大切な唯一の肉親」
これが彼女がノブハに行きたがった理由か。サエは昨夜ベッドの上で傭兵リーダーから聞いた情報を話してくれた。
「彼女を拉致して一人で来いと言えばその通りにするでしょう。どうします?」
さらっと恐ろしいことを言う元メイドだこと。けど、柚姫はレティアに対して約束を破った仕返しをしたいだけ。それができるなら手段は問わないつもりだ。
「任せるよ。レティアを僕の目の前まで連れてこれるならね。正直なところ、僕の仲間が全員いるならチャイムをならしてごめんくださいしてたからね。お願いする立場だから、そっちがやり易いに動いて貰って結構だよ」
「了解です。では今日に餌を調達します。あぁ、エル、コーヒーのおかわりを貰っていいでしょうか」
サエが朝食の話に戻したということは、彼女なりに今後の行動計画が決まったということだろう。動いてもらう以上、こちらも報酬を用意しなければならない。それを踏まえて、餌に釣られる本命の躾を考えなければならない。少し冷めて酸味が強くなったコーヒーを飲みながら彼はそう考える。




