サエ
一人町に繰り出したサエ。この町に張り巡らせている自国の情報網を使い、レティアの足取りを掴むためだ。相手は有名人。顔も割れているため捜索は簡単だろう。
レティア。都市連合の人間で、前回の勇者のパーティに入った女傭兵。レティアと言う名前は本名ではない。と言うよりも、本名かどうか分からない。何故なら、彼女に戸籍と言った、彼女自身の身分を証明してくれる公的な書類が無いからだ。これは別に珍しいことでは無い。都市連合とはそういう国だから。いや、国としての体裁は保っているが、結局は都市連合。都市の集まりに過ぎない。
ちょうど、交通が集中する大きな交差点の歩行者用信号が赤になり足を止めたサエは、たまたま目に入った広告を見て鼻で笑う。それは戸籍の登録を促す国が貼り出したものである。だが、傭兵が戸籍を登録するはずが無い。都市連合に傭兵が集まるのは、都市連合が傭兵達の実力を保障し、確実に契約を履行するからである。傭兵は流れ者がほとんどだ。それ故に国民としての権利は無いが義務も無い。報奨金を税金として納める必要が無いのに、戸籍なんか登録しようものなら取り分が減る。それが、都市連合で戸籍登録者が増えない理由だ。
(それ故に、私達みたいなものがたくさん入り込めるのですが)
信号が青に変わり歩くこと数区画。とある傭兵への仕事の斡旋所に入る。斡旋所自体はどこにでもあるものだ。傭兵に仕事に関する契約の席に着くまでの手続きをし、その報酬として金を貰う事業。事業は誰にでも出来るが、報酬額は国が定めているため、弱小斡旋所はすぐに潰れる業界。
「サエ、こっちよ」
入り口入ってすぐのロビーで依頼漁りをしている傭兵達とは明らかに違う女性がサエに声をかけた。身なりはこの斡旋所の受付嬢の制服なのでここの職員なのだが、本業はサエと同じだ。
彼女に案内され通された部屋には情報端末とにらめっこしている、これまたサエと同じ諜報員の男性がいた。
「ある程度動きは掴めてるぞ」
彼は画面から目を離す事無く、隣の携帯型の情報端末を指差した。サエはそれを手にしながら、やはりっこのノブハに彼女が来ていたかと思う。
「即席で出来るのは動きの把握だけだが、他に何か欲しいか?」
「いえ、私が動きます。今回はあくまで個人のための情報収集ですので、あまり私達の情報ルートを使うのは好ましくありません。それに調べてくれたあなたには分かると思いますが、メイドも関わっています」
「お前が古巣に関わるなんて、珍しいこともあるもんだ」
サエ。今でこそエクシオンの諜報員だが、前職は都市連合近衛のメイド隊にいた。ユーミのような表側では無く裏側の仕事、具体的に言うと都市連合にとって害悪な傭兵を始末する仕事をしていたが、シャルティアがそういった暗躍を嫌ったが故に、文字通り処分されそうになり、持ち出せる機密情報と引き換えにエクシオンに亡命した。それがサエの経歴だ。
「古巣をつつくだけのメリットはある。私と上がそう判断しただけです」
彼女は情報を一通り、主にレティアの行動を中心にその動きを追ったが、彼女についての情報が少ない。何故なら、彼女はここについて報酬を受け取ったあと、すぐにメンバーと分かれ、とあるマンションに入ってから出てこないからだ。恐らくは、柚姫から聞いた肉親がいる場所だろう。
「レティアが入った部屋は分かるか?」
「残念ながら分からん。その気になれば、あの手この手で調べられるが……どうする?」
「私が調べます。傭兵相手にすれば、それなりの情報が得られますから」
データを自分の端末に移し、サエは斡旋事務所の皮を被った諜報拠点を出た。目指す場所はとある酒屋。レティアのメンバーはこのノブハについてから連日そこで飲み食いしているらしい。ならそこで、レティアの傭兵仲間の一人を甘い言葉で誘ってベッドで色々聞けばいい。男を簡単に釣れるとスタイルとと美貌と自負している。
(そういえば、エルはどうしているのでしょうね。今はベッドの中かしら)
端末で目的地までの地図を呼び出しながら、バディの少女のことを思う。かれこれ数年の付き合いだが、彼女が諜報部隊にいるのは人の心や多少なりとも記憶を読めるから。それ以外は不適合な彼女だが、柚姫が女好きだからエルにハニートラップをするよう指示した。男性経験があるとは聞いていないが、もしそれがそうならいい経験だ。そろそろ男を覚えても良い歳だ。
(ですが厳密にはハニートラップではないのですが)
ハニートラップと言うより、エルを抱かせてやるから何か情報寄越せ。恐らく柚姫はそのことに気付くだろうから、これにのるかどうかは彼次第だ。
「さて、私は私の仕事をしましょうか」
道中、サエの組織が所有している住宅に立ち寄り、そこで一度身だしなみを整える。傭兵の町だからこそ今のサエの格好、つまりは動きやすく華やかさが無い服でも変に思われないが、男を自分の容姿で釣る以上外見は整えておきたい。
シャワーを浴びてここ数日の汚れを落とし、男を落とすために胸の谷間や腰のくびれ等女性の魅力が強調されつつも下品では無い服装に着替え、薄い化粧をする。後はこの街では護身用として財布感覚で身に着けるナイフと拳銃を忍ばせる。前の仕事で傭兵を体で釣る時は大体この格好だったし、男もこれでついて来る。
いわゆる仕事着になった彼女は改めて目的の店に向かい歩く。まだこの周辺は傭兵が多くいる区域だ。サエに釣られる男は少なからず出てくるが、服の下に忍ばせた拳銃をチラつかせるように誘いを断ると案外簡単に諦めてくれる。傭兵間での男女の付き合いは合意が前提だから。無理やり手を出した女がどこかの傭兵グループだった場合、一緒に仕事することになったときに背中から撃たれかねないから。もちろん、サエは傭兵ではないが、そんな雰囲気を出すことで、向こう側が勝手に勘違いしているだけだ。
「ここ……ですか」
携帯端末が目的地として案内した店は、雑居ビルの数部屋を改装でぶち抜いた洒落気の無い店だった。入り口に置いてある看板が無ければ気付かない店構えだ。中に入ると打ちっぱなしのコンクリートの部屋にいくつかのテーブル一式とカウンター席を設けただけの小さなバーだった。
「いらっしゃい。少し騒がしいけどいいかい?」
ここの店主が迎えてくれてた。サエは頷くとカウンター席の一番端に座り、並べられた酒の中から好みの銘柄と飲み方、それとなにかつまみになるものを頼むと、横目でマスターが騒がしいといった元凶のテーブル席を見る。男二人と女一人。空いたボルトの数から、かなりの時間ここで飲んでいることが分かる。
「大きな仕事が成功したのと、昔の仲間が復帰したからとずっとあの騒ぎで。まぁ、ここはもともと客が少ない店だから困らないのだがね」
店主がカウンター越しに酒を渡してきたのでそれを受け取る。穀物系の蒸留酒、それをロックで飲むのが彼女の好みだ。彼女は静かに、そして時たま視界の端にテーブル席で騒ぐグループ、すなわちレティアの傭兵グループを入れつつ酒を楽しむ。正確な時間は覚えてないが、二杯目のグラス内の氷が解けて音を鳴らしたぐらいだ。傭兵の一人、資料によるとリーダーのゼーファだったか、がそこそこな銘柄の瓶を片手に、サエの横に座り声を掛けて来た。
連れましたよ。あらかじめエル宛に携帯端末に打ち込んでいたメッセージを送り、サエは仕事モードの女の顔になった。




