異世界召喚されてみれば
「ようこそ、勇者の皆様。私たちはあなたたちを歓迎します」
そんな言葉を投げかけられ、白崎柚姫は思わず心の奥底で笑ってしまった。勇者を歓迎。そんな言葉、彼の世界では物語の中でしか出てこない。この現代社会に勇者なんて存在しないのだから。それにしても、テンプレートのような言葉だと思うが、じゃあ逆にほかにいい台詞があるかと言われたら返答に困るなぁ、と自問自答した後、柚姫は周囲にかなりの人の気配があることに気付く。その気配は大きく分けて二つ。落ち着いた集団と、ざわいついた集団。
「勇者の皆様、落ち着いてください。今から皆様の置かれた状況を説明します」
落ち着いた集団に分類される先ほど歓迎の言葉を掛けてくれた女性、声の雰囲気からして若い気品のある女性が強引に話を進めようとする。パニックに近い集団を相手にするには強引でなければ時間をただ消費するだけだ。強引に情報を与えれば、全く情報が無く混乱している人は情報を得ようと神経をそちらに傾ける。
「ここは皆様がいた世界とは全く別の世界です。皆様はこの世界の人類を、魔王の魔の手から守る勇者として私達が召喚しました」
ふざけるな、元の世界に返せ。女性の説明が良くある物語のようなら、返って来る台詞もお決まりなもの。
「あなた方の怒りはごもっともです。ですが、私たちにあなた方を元の世界に返す方法はありません。ですから、あなた方勇者は私達が責任を持って手厚い保護を約束します。それだけの力を皆様は持っておられます」
力ねぇ。柚姫は周囲の騒がしいグループが学生の集団であることをなんとなくだが感じていた。彼のいた元の世界では、超能力やら術やらを使う人は存在した。だが、今この場に召喚された学生の中にそれらを使える人物は皆無だろう。
「あなた方が元の世界でどのようなことをしていたが分かりませんが、この世界に召喚されたと同時に特別な能力が付与されます。内容や数は人によって違いますが、少なくともこの世界の兵士より強くなっているはずです。さっそく確認してみましょうか?」
ざわめきたつ学生たち。あなたに力を授けましょう。そんなことを言われて、喜ばない人はいないだろう。女性の言葉を受けて数名が動いた。事務的な口調で、これに手を置いて、あなたのステータスは、あなたの能力は、と言ったことを伝えている。
「勇者の皆様も、この世界に慣れてたら簡単にステータス確認が出来るようになりますよ」
女性が言う。ステータス確認ってまるでゲームのようだと思う柚姫。そんな彼がまぁする事ないしと学生たちの能力を聞いていると、基本ステータスは優れていて、能力も多数持ちか少数でも珍しい等、一言で言うと高スペック。その度に周囲から感嘆の声が巻き起こる。
だが例外はあるみたいだった。ある学生がステータスがこの世界の住人以下、能力無しと言ったとんでも無い低スペックだったのだ。これには学生達は馬鹿にしたかのような笑いが起こり、周囲の人もあれだけは無いと言っている。大変だなぁと彼は他人事のように思う。実際他人だし、この学生集団とはなんら関わりは無い。
そして柚姫の番となった。言われた通りに手をステータスを調べるものに置いて、そしてこう言われた。
「ステータスは全て10。能力は盲目。以上」
「あっれ~」
素で柚姫はそんな声を出していた。ステータスの数値は今まで聞いていたものでブービー賞。能力は盲目。うん、これは分かる。自分は生まれつき目が見えない。だけどそれって能力なのか?
「あー、うん。こんなこともあるか」
周囲が再び侮蔑と嘲笑をするが、柚姫は仕方ないかと気にした様子は無い。むしろ、あいつ誰だって今更言われ始めたことに、今まで気付かなかったんだと思えるほど余裕はある。
「えっと、勇者は力があるから手厚い保護がされるのであって、じゃあ、僕見たいに雑魚な勇者は対象外なのかな?」
「さぁ、どうでしょう?あなたみたいな人物でも保護したいと言う物好きがいるかもしれません」
先ほどからこの場を仕切っている女性の声が明らかに冷たくなった。雑魚には厳しいことでと柚姫は鼻で笑う。
「約束じゃなかったっけ?」
そういう柚姫を女性は無視を決め込んだのか返事すらしなくなり、
「さて、色々なステータスがあったと思いますが、話を進めます。先ほどから話題になっています保護についてですが、それに関しては今この場にいます方々が関係しています。今この場には三カ国の権力者が集まっています。これから勇者の方々を交渉を行います。勇者様はその交渉を受けて保護してもらう勢力を決め手ください。期限は明日が終わるまでです。それでは皆様、良い交渉を」
と、強引だといわれても反論出来ないほど無理やりに話を打ち切った。柚姫はここで追及することをやめた。これは何を言っても無駄だと。だからここで突っ立ち、人の動きがなくなったらこの部屋の端にでも立っておこうかと思っていると、
「あの!白崎さんですよね?」
名乗った覚えがないのに自分の苗字を呼ばれて、驚きを覚えつつ見えない視線をそちらに向けた。
「えーと、君は?いや、ここで一度も名乗ってない僕の名前を知ってるってことは、まぁ、あっち関連の人だと予想は出来ているんだけど?」
「あ、私、神宮寺美夏ていいます。家は小さな神社の神主なんですが……分かります?」
神宮寺、と柚姫は何度か呟いた後に、
「あぁ、思い出した。最近、僕が監査に入った神社か。ということはそこの巫女さんしてた人か」
「そうです!あの、それで私はどうしたらいいのでしょうか?」
今は美夏と言う少女の表情は見えないが、不安そうな顔をしているに違いない。
「好きにしたら、と言うのが正直なところかな。むしろ、僕と違う立場で動いてくれる方が歓迎なんだけどね。たぶんだけど僕は勇者として動けないだろうし。いいかな?」
けど、不安そうな顔してても自分には今はどうすることも出来ないし、むしろ白崎という名前が持つ意味を知っている人物がいるなら使うしかない。
「も、もちろんです。白崎には逆らうな。我が家の家訓です」
「いい家訓だね」
柚姫の笑顔は無邪気で、どこか恐怖を感じるものだった。