十四、二人でお散歩
十三話の続き、再び黛夫妻の会話です。
オチ無しの設定説明のようなお話。
お腹が膨らんで来るといつも来ている服が段々着られなくなって来る。
けれども七海は特別マタニティウエアを購入せず、産後も着れるようなストンとしたワンピースやチュニックを着てしのいでいた。しかし流石に普段履くようなデニムやパンツなどは苦しくて履けない。その点新しく購入したマタニティ用のレギンスはお腹部分がゆったりと作られていて、履いていてとても楽なので最近こればかり愛用している。
今日の七海はギンガムチェックのぶかぶかなビックシャツにマタニティレギンス。ちょっと見、妊婦には見えないだろう。黛と日程の合った貴重な休日、散歩がてら二人そろってショッピングセンターまで歩いて行こうと七海は夫を誘ったのだ。
妊婦検診で体重管理も大事だと指導を受けて以来、こまめに歩くよう心掛けている。
手を繋いで、のんびりと川沿いを歩く。七海は川の水面にキラキラと光が反射するのを眺めながら、ふと呟いた。
「翔太と一緒に水切りしたの、思い出すね」
「翔太、元気かな?」
「うん、この間会ったら元気だったよ。小学校でもお友達たくさん出来たみたい」
緊急医療センターに配属された黛の休みは不規則だ。黛不在の休みの日、七海は唯とランチに出掛けたり、電車で三十分ほど離れている実家に泊まったりしている。そして実家に泊まる時はだいたい、戻る前に七海がかつてバイトをしていた古谷大福堂に顔を出す。
マトリョーシカに似た小柄なおかみさんの顔を見るのが第一の目的だが、夫の好物であるヨモギ大福をお土産にするのも大事な目的だ。多忙な夫が甘い餡子を頬張って目を細めるのを見ると、ちょっとでも癒しに貢献出来たような気がして嬉しくなる。
「翔太に会いたいなー」
「寂しい?」
溜息を吐くように気持ちを吐露する黛を見て、七海はクスリと笑って言った。
「と言うか……あの訳の分からない陽性のエネルギーを充電したい」
疲れているのかな?と七海は思う。傍から見ても新しい職場はかなり大変そうに見えた。
「確かにそう言うの、あるよね。……でもたくさんこっちのエネルギーも吸い取られるけどね。遊び終わったらいっつもヘトヘトになるもの」
育ちざかりの男の子はまさにエネルギーの塊で、お腹が膨らみつつある七海が相手をするのはかなり重労働だ。
「夏休みになったら、また泊まりに来させようか?」
「でも呼んでおいて結局仕事で会えないってパターンもありそうだな~」
「まあその時はその時。私も翔太と遊びたいし」
黛の為と言うより、七海も会いたいと言うのが本当の所だ。会うたびヘトヘトになるのだけれども喉元過ぎればナントカ―――また可愛い弟と遊びたくて堪らなくなって来るのだからおかしなものだ。
「それにお義父さんも相手してくれるかも。翔太スッゴく懐いてたもんね」
防音室で二人が重なるように眠っている所は、胸が温かくなるような光景だった。
「意外だけど、親父は子供の扱い上手いよな」
「そうだよね、それにオムレツも上手だし」
龍一は一度フライパンを握って見せた後、時折七海の代わりに朝食を作ってくれるようになった。七海は「んー」と唸った後、首を傾げた。
「お義父さんって……何者?」
「『何者』って……普通の一般人。ちょっと手先は器用だけどな」
「ちょっとってレベルじゃ無いよね?」
何せ整形外科の分野ではかなり有名なお医者様だと聞いた。七海は直接その技術を目にした事も、職場の龍一も目にした事は無いが―――ただならぬ雰囲気は感じている。何よりあの、玲子が首ったけに惚れている人物なのだ。その事実だけでも、決して『普通の一般人』とは言えないと思った。
「親父ってあまり自分の事話さないんだよな。つーかあんまり話自体しないけど。」
「なんかお義父さんに出来ない事って何も無いんじゃないかって……思う時があるんだよね」
「それは俺も思う。同じ分野で働いてから特に感じるよ、いつまで経っても親父に追いつける気がしないって」
いつも自信一杯の黛の完敗宣言がストンと胸に落ちて来る。黛は自信過剰な訳では無い。自分の力量を正しく測れて偽らずに口にするだけなのだ。
「……黛君は黛君で……イイとこあるよ?」
龍一をほめ過ぎたような気がして、七海は夫をフォローする言葉を口にした。
すると見当違いな方向から黛が返事を返して来た。
「俺に親父よりイイ所があるとすれば―――良い嫁を貰った事ぐらいだな」
「……」
ニンマリとドヤ顔で言われてしまった。不意打ちに思わず動揺してしまう。七海は頬を染めて俯き、プッと膨れて夫に軽く体当たりした。
「……私の夫は口が上手いなぁ」
「正直に言ってるだけだけどな」
悪びれない夫の台詞に、七海はますます朱くなってソッポを向くのだった。
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