十一、キックゲーム
短い日常のお話です。
妊娠五ヶ月になったばかりのイメージです。
休日の昼下がり、七海は携帯プレイヤーにスピーカーを繋いで音楽を聴きながらソファに腰掛け雑誌を読んでいる。
スピ―カーから流れて来るのは玲子から送られた胎教用のピアノ音源だ。普通のモーツァルトとジャズアレンジしたモーツァルトが送られて来たので、その時の気分によって聞き分けている。今日は天気も体調も良く、ジャズ風の音源がシックリ来るような気がした。鼻歌を歌いながら雑誌に目を通していると、気になる記事に目が止まった。
「『キックゲーム』かぁ」
妊娠も中期に入ると、徐々に胎動を感じられるようになる。『キックゲーム』とは、動き始めた胎児と宿主である母親が意思疎通をする遊びらしい。話しかけたりトントンとお腹に合図を送ると、胎児が返事の代わりにお腹を蹴ったりする事があるそうだ。
生まれる前に対話が出来るなんて面白そう!是非やってみたい……!と思った七海は試しに、膨らみ始めたお腹を擦って声を掛けてみた。
「おーい」
勿論返事はない。
「もしもし?」
七海はお腹に話しかけながらトントンと、服の上から軽く突いてみた。慣れれば胎児が返事のようにポコッとお腹を蹴り返して来るのだと言うが……やはりまだ無理なようだ。シーンとお腹の中の主は押し黙っている。
「何してるんだ?」
麦茶の入ったマグカップを両手に持って、黛がそんな七海の行動を見下ろしていた。七海は少々恥ずかしくなって、頬を染める。思わず真剣になって集中していたからだ。
「えーと、『キックゲーム』をね……」
「『キックゲーム』?」
「お腹の中の子が最近動き出したでしょ?だから話しかけたら返事があるかなーって」
そう言って七海が雑誌を持ち上げると、黛は記事を覗き込み軽く頷いた。
「ふーん。でもまだ聞こえないかもな。鼓膜はあるけど聞き分けが出来る段階じゃないだろうし」
「……だよねー。でも雑誌に出てる体験談だと、早いともう応答する子もいるらしいって書いてあったから、ちょっと試しにね」
テヘへと笑って誤魔化すと、目を細めてその様子を見ていた黛がマグカップをテーブルに置いて七海の横に腰掛けた。そうして丸くなってきたお腹を撫でる。
「言葉は聞き取れないかもしれないけど……話しかけていれば気持ちは伝わるかもな」
「そんな風に言われると、なんだか超能力みたいだね。テレパシーとか?」
まるでSFかファンタジーの世界の話のような気がして来る。七海が笑うと、黛は真剣な顔つきで言った。
「雷だって解明される前までは神様の怒りだって思われていたんだし。今の科学で説明しきれない伝達手段が存在していても不思議じゃない」
それから黛はゆっくりとお腹に顔を近づけて、囁いた。
「元気に育てよ」
そうして服の上からチュッと軽く口付ける。
するとポコッとその部分が突っ張る気配がして、七海が声を上げた。
「あっ!」
「どうした?」
「返事……あったかも」
「へぇ?キスが好きなのかな」
ニンマリ笑って、黛は七海ににじり寄った。
「お母さんと一緒だな?」
「ええ!ちが……」
「一緒一緒」
そう言って自分に都合よく受け取ったポジティブな黛に、七海はそのままいいようにされてしまったのであった。
相変わらずイチャイチャしていてスイマセン。
お読みいただき、有難うございました!