五、翔太と一緒2
四話の続きの短いお話です。
黛が起きると、ダイニングキッチンに仄かに良い匂いが漂っている。しかし既に料理は終わってしまったらしく、七海は片付け作業に取り掛かっていた。黛がその背中に声を掛けようとした時―――
ダダダダ……!と小さな弾丸が、無防備な黛の鳩尾を直撃した。
「ぐっ……」
「龍之介!おはよー!」
「……お、おう。翔太おはよう」
飛び込んで来たのは翔太だった。がっしり抱き着き、黛の腹にグリグリと頭をめり込ませた後、ニカッと顔を上げてピカピカの笑顔を見せる。その翔太を改めて見下ろし―――腹の痛みを抑えながら黛は感心したように呟いた。
「翔太、随分大きくなったんじゃないか?」
以前動物園を三人で訪れたのは三カ月以上前の事だった。七海が実家に帰ったり、七海の母親や妹が単独で黛家を訪れたりと言う事は何度かあったが、翔太と黛が直接顔を合わせるのは、本当に久しぶりの事だった。
「身長いくつだ?」
「110センチ!」
「ほー、デカくなったなぁ」
「デカくない!俺、前から三番目だもん」
抱き着いた相手に頭をグリグリ撫でられるままに、翔太は腕組みをしてプイッとソッポを向いた。黛にも少し覚えがある。小学生の頃はまだ体が小さく、似たような焦燥感を感じた覚えがあった。けれども七海も七海の両親も平均以上の身長のようだし、七海と翔太の兄、現在は北海道に住む海人はかなり体格の良い男だったと記憶している。黛など高校の前半までは割と平均的な身長だったが、後から身長が伸びたクチである。実際大学時代にも身長が伸びていたくらいだ。
「俺も小学生の頃は前から数えた方が早かったぞ。だけど後からかなり伸びた。翔太は海人さんに顔が似てるから、きっとあれくらいデカくなるぞ」
「……そーかな」
少し翔太が機嫌を直した時、キッチンの片づけを終えた七海が明るい声を掛けた。
「そうだよー。海人お兄ちゃんも小学生の頃は小さかったんだよ、でも今はおっきいからね」
「ホント?」
「ホントホント。じゃあ黛君も起きて来たし―――公園行こうか?」
七海が荷物を詰めたトートバックを指差して、ニコリを笑った。
「うん!行こう!」
七海の一言で、翔太の気分が一気に上向いたようだ。楽しみでならないと全身でウキウキを現し、ピョンピョンとその場で跳ね始めた。
そこで黛は漸く思い出した、今朝ベッドを抜け出す翔太に「公園行こ!」と言われ、寝惚けた頭でウンウンと了承の合図を送った事を。そしてそのまま意識が混濁してしまい、再びグッスリと眠りこけてしまったと言う事も。
「もうすぐお昼だから、公園でお握り食べようよ」
なるほど、この良い匂いはお握りの匂いだったのか……と黛は納得した。
すると気が付いた途端、切羽詰まるくらいにお腹が空いて来る事を意識してしまう。
「すぐ準備する!」と言って、黛は慌ててダイニングを飛び出したのだった。
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