(100)キャンドルリレー 【最終話】
『黛家の新婚さん』も100話目(なろう版83話分)を数える事となりました。
考えた末、取りあえずこの切りの良い話数で完結するのが望ましいと思い、こちらを最終話とさせていただく事に致しました。
ここまで感想、ブクマ、通読していただいた方々、お付き合いいただき本当にありがとうございました。感謝を込めて最終話を贈らせていただきます。
暗くなった会場内をスポットライトに照らされたカップルが腕を組んでゆっくりと移動している。淡い水色のカラードレス纏った唯が手を預けているのは、背の高いグレーの式服を身に纏った本田だ。結婚式も半ば、お色直しで現れた二人は、呼ばれたゲスト皆で火を灯し合うキャンドルリレーを行いながらテーブルの間を泳ぐように渡って行く。本田と唯がテーブルを移るたびに、その丸いテーブルに座るゲスト達が持つ蝋燭に火が灯り、暗い会場の中に丸い輪が次々と浮かび上がってくるように見えた。
「はぁ……綺麗だねえ」
「本当、輝いてるね」
「羨まし~」
最初の台詞は七海、次が湯川、最後が加藤である。同じクラスだった上田は予定が合わずに不参加だった。七海の左隣には湯川、加藤。右隣には黛が座っている。その隣からの席は亀井を含む本田のバスケ部の友人達で埋まっていた。
唯と本田の同級生が集まる丸テーブルは三つほどあり、二人の小中高の同級生、習い事や部活の友人達が集められている。それぞれの大学の同級生や職場の同僚などはまた別の席に座っているようだ。その他は鹿島家の親戚、本田家の親戚、取引先……と並んでいる。何か妙に貫禄のある人物ばかりが腰掛けている席もある。同じマンションに住んでいる七海は本田と唯の部屋にちょくちょく顔を出しているので唯に出来上がった席次表を事前に見せて貰ったのだが、どうやら本田の母、茉莉花の不動産会社の取引先だけでなく、本田の祖母、香子の知合いのおじ様連中が、実は大物政治家だったり百貨店の役員だったり有名な投資家だったりするそうだ。かなり広い会場に大勢の人がひしめき合っているのだが、これでも随分親しい付き合いの人間のみに絞ったらしい。もう少し間を置いて行われる予定の、不動産会社の跡継ぎとなる長男の信の結婚式は仕事用とプライベート用の二回に分けて行うそうだから、自分達の時はまだマシなのだろうと唯は溜息を吐いていた。
キャンドルリレーを行う間にかかる曲は『REIKO』の楽曲。龍一も仕事が折り合わず、玲子もスケジュールが合わず帰国できないからと、代わりに特別に編集した物を玲子が米国から送ってくれたのだ。緩やかでしっとりとした曲目に乗って仲睦まじい様子の初々しい新郎新婦が近づいて来るのを、拍手を送りながら女性陣は注目していた。
いよいよカップルが七海達の席に近づいて来る……ワクワクしながら七海は手元の薔薇型のキャンドルを手にし、右隣に座る夫に声を掛けた。
「もうすぐだね!」
「……」
返事がない。目の前の黛は寝ていた―――腕組みをした状態で。
「ま、黛君!」
慌てて肩を揺すってみる。が、起きない。
「おーい!」
今度は肩をガッシリ掴んでガクガク揺さぶってみる。それに気が付いた湯川や亀井、周りの同窓生達が、なんだなんだとこちらに注目し始めた。
全く起きる様子の無い黛。近づく幸せなカップル。
七海は焦った。そして封印していた奥の手をダメ元で使ってみる事にした。
彼女はゴクリと唾を飲み込み覚悟を整え、掌を当てた口を寄せて他のテーブルには届かない範囲の大きな声で、ハッキリゆっくり黛の耳に言葉を送り込んだ。
「りゅ・う・の・すけ!!起きなさーい!」
「……んあ?……」
「キャンドルリレーだよ!これ持って!」
寝惚け眼の黛の胸に、薔薇の花をかたどった蝋燭を押し付ける。
その様子を見守っていた湯川と加藤が目を見交わした。
「すご」
「名前呼ばれたら起きたよ」
夜勤明けのその日、朝方帰って来た黛はギリギリまで睡眠を取った。そうして本田と唯の結婚式に臨んだものの出て来た美味しい食事でお腹が満たされ、どうにも眠気を抑えられなくなってしまった。照明が落ちた後、いつの間にか寝落ちしてしまったらしい。普段から溜まっている寝不足と疲労は、少し眠った位ではどうやらなかなか抜け切ってくれないようだ。
着火用のキャンドルを手にした本田と唯が七海たちのテーブルに到達する直前、目を擦って何とか黛は目を開けた。その横でホッと胸を撫で下ろす七海を見て、ハラハラと見守っていた周りの皆も安堵の溜息を漏らした。
「よ!おめでとっ」
亀井が皆の呼吸が揃い新郎新婦がテーブルの横に立ち止まったタイミングで、声を掛けた。それを合図に皆が口々に「おめでとう!」「いいね~羨ましいぞっ」「鹿島さん、綺麗!」と声を掛けて囃し立てる。黛も寝惚けつつも七海に促されて姿勢をただし、言葉を掛けるまで復活できてはいないものの何とか大人しく席に収まっている。
ニコニコと微笑みを湛えた唯と、本田が目を見交わして改めて笑い合う。その周囲がホンワカと光って見えるくらい甘い雰囲気が伝わって来る瞬間だ。
見惚れている七海に二人が近づいて来る。新郎新婦が手を添えたキャンドルを七海が差し出したキャンドルに近付けた。七海のキャンドルに火が灯ると、周囲から軽い歓声が上がる。唯が七海にチラリと視線を向け悪戯っぽく微笑んだ。七海も頷いて笑顔を返し、眠たげな空気を纏っている黛に握らせたキャンドルに、火を移した。それから更に右隣のバスケ部員のキャンドルへと促された黛が火を分ける。そして次々と皆、テーブルに座る隣の相手にキャンドルの火をリレーのように繋げて行く。テーブル全員のキャンドルに火が灯ると自然に拍手が湧き起こり、本田と唯は笑顔で頭を下げて次のテーブルへ移って行った。
そうして暫くまた縫うように会場を巡り、全てのテーブルを回り終えた二人がひな壇の前に戻る。すると代表者に選ばれた小さな女の子が、母親に伴われてキャンドルを運んで進み出て来た。その小さな火を本田と唯は一緒に握っているトーチに移し取り、ひな壇の横に設置された大きなメインキャンドルに向き直る。司会者の合図に合わせてメインキャンドルに二人が火を灯すと、一斉に拍手が沸き起こった。
「皆さま、今メインキャンドルに火がともりました。それではそれぞれ手元のキャンドルをお持ちください。『新郎新婦、そしてここにお祝いに駆けつけて下さった皆さまの幸せが続きますように』との想いを込めて、一斉にキャンドルの灯火を吹き消していただきます」
司会者から声が掛かり、それぞれ様々な色の薔薇型の蝋燭を手にした皆が立ち上がる。合図に合わせて一斉に火を噴き消すと一瞬暗くなった後、パッと会場が明るくなり、次の瞬間夢から返ったように、会場中から笑顔と拍手が湧き上がった。
会場に座る大勢の参加客に向かって丁寧に頭を下げ、それから互いに視線を交わし微笑み合うひな壇の本田と唯。それを見守っていた七海の目尻に、嬉しさのあまり思わず涙が滲んでしまった。慌ててバッグからティッシュを取り出し化粧が流れないように拭っていると―――隣でその様子をジッと見ていたらしい、黛と目が合った。
「うー、見ないでよ~。恥ずかしい……」
「七海」
「ん?」
すっかり目が覚めた様子の黛に真剣な表情で見つめられて、七海はほんのり頬を染めた。
「子供が生まれて、俺の仕事が一段落したら……」
「うん?」
「結婚式、やろうな」
ニッと屈託のない笑顔を見せられて、七海はますます赤くなった。
体がカッと熱くなる。視線をちょっと彷徨わせ、それから黛の顔へ戻し―――しっかりと頷いた。
「うん、やろう。皆でね―――玲子さんも龍一お父さんも、私の家の皆も集めて。あ、勿論唯と本田君も!」
「ああ、本田のおばさんとおじさん、ばーちゃんに……新と信も呼ぼう」
「うん!あ、亜理子ちゃんと南さんもね。それで美味しい物食べよう!」
「はは、そーだな。羊羹尽くしにするか!」
「え!羊羹は美味しいけど、流石に羊羹尽くしは嫌だ~」
何だかおかしくなってしまった二人は一頻り笑い合う。笑いが収まった後、そんな沸き立つ気分を抱えたまま、ひな壇の上の幸せそうなカップルに七海は再び目を向けた。するとそんな七海の隣から大きな温かい手が伸びて来て。テーブルの下で、彼女の華奢な指をそっと握り込んだ。
その時七海の胸に―――先ほどキャンドルに灯ったような、小さな温かい火がポッと灯ったのだった。
【黛家の新婚さん・完】
本田と唯から黛と七海へ、幸せのキャンドルリレーが繋がった所で終了とさせていただきました。
予告を入れて無かったので突然と思われた方には吃驚させてしまい申し訳ありません。何となく予感されていた方もいたかと思います。色々検討しましたが、やはりこちらでとりあえず『黛家の新婚さん』を完結とさせていただきます。
なお、拾い残しのエピソード等の投稿や掲載方法はまだ決めていません。あるとしても暫く後になると思います。その場合は活動報告にてお知らせさせていただきますので、もしご縁がありましたらお立ち寄りいただけると嬉しいです。
前作から引き続き沢山の皆さまにご愛読いただきました。ドタバタ騒がしいカップルでしたが、皆さまに温かく見守っていただいた黛と七海は幸せ者です。生みの親として御礼申し上げます。
お読みいただき、誠に有難うございました。