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(98)お義父さんと2

久し振りに龍一が登場します。短い小話です。



寡黙な義父、龍一は七海と二人切りの時もマイペースに過ごしている。


特に七海に構うと言う訳でもなくジムに行ったり仕事の準備をしたり、疲れた時は防音室に籠ってジャズを聴きながら寝落ちしたり……と自由に振る舞う龍一は必要な事しか口にしない。以前はそんな龍一の態度に気持ちをどう推し量ったら良いか、何を考えているのかと戸惑う事も多かった七海だが……。




黛の不在が最初から分かっている日などに思い立ったように龍一から『夕食準備不要(^^)』とメールが届く。そんな時は帰宅した龍一を待って、行き付けのお寿司屋に向かうのだ。少し以前から悪阻が落ち着き、三人で囲む朝食の席で七海が「もう何でも食べれるよ!」と黛に宣言していたのをちゃんと龍一が聞いていたのだと分かったのは、龍一から久し振りにそんなメールが届いた時だった。その寿司屋を訪れたのは妊娠前、玲子と龍一夫婦に連れられて三人で暖簾をくぐった時以来の事だった。


「七海ちゃん、久し振りだね!」


と嬉しそうに微笑んでくれた大将と笑顔を交わす。


「何かリクエストあるかい?」

「うーん、二子玉が食べたいです!」


そう宣言してから、七海は思い付いたように付け加えた。


「本当は『おまかせ』でお願いしたいんですけど……あの、できれば生モノを少な目にしていただけると有難いのですが」


妊婦は免疫力が低下している為、食中毒などに掛かり易いと言う。大将が扱う魚は新鮮で安全なモノだと分かってはいるが、妊娠中は魚に含まれる水銀の摂取を押さえるよう掛かり付けの産婦人科から貰ったパンフレットにも記載されていた。

すると大将は気を悪くした様子も見せず、コクリと頷いた。


「体の事は黛さんから聞いてるよ。じゃあ、七海ちゃん用の特別メニューを作ってやるから、任せとけ!」

「はい!」


心得たモノで大将が妊婦用に生モノを控えたメニューを出してくれた。玲子が妊娠中に『どうしてもお寿司が食べたい!』と訴えたが切っ掛けで、以前も龍一のアドバイスを受けて特別メニューを用意した事があるそうだ。以来、妊婦の体調に配慮したお寿司を提供できると口コミが拡がり、それがこの店の密かな売りにもなっているらしい。


久し振りに美味しい寿司を堪能した七海は上機嫌だ。他の客の対応の合間に、大将は何かと七海に話しかけてくれて、和やかに時間が過ぎて行く。そんな二人の遣り取りに龍一は聞いているのかいないのか分からない無表情を通していたが、七海は彼がちゃんと耳を傾けてくれているような気がしていた。その証拠に七海や大将が龍一に何事かを尋ねると、短く簡潔な答えが返って来る。






「はぁ~、お腹いっぱいです。今日もご馳走様でした」


暖簾を潜って外に出た処で、七海は龍一に向かって頭を下げた。すると龍一は微かに口元を緩めて頷いてくれる。


「もう羊羹は必要ないな」


声に少し笑いが含まれているような気がした。七海は大きく頷いたが、思い直して首を振った。


「確かに何でも食べられるようになりましたけど、羊羹は大好きになりました。皆に美味しい羊羹をお土産でたくさんいただいたので、口が肥えました!羊羹博士になれそうなくらい」

「そうか」

「この間お義父さんにいただいた栗蒸し羊羹も、絶品でした!」

「ああ、あれは仕事相手に貰ったんだ」


羊羹のおススメを看護師に尋ねたら、滅多に余計な事を話さない龍一が息子の嫁の為に羊羹を探している噂が一気に広まってしまたらしい。それ以来、何かと羊羹を貰う機会が増えたと言う。


「後で調べたら、大阪の老舗の和菓子屋さんだって分かりました」

「気に入ってくれたなら良かった」

「はい、美味しかったです」


そんな感じで少し遣り取りをして、その後特に会話も無く家路を辿った。

帰宅後眠る前に―――七海はふと気が付いた。


(話をしないまま傍にいても全然気にならなくなったな)


そうして思う。


(私、いつの間にかちゃんと黛家の一員になっていたんだ)


改めてじわじわと実感が湧いて来て、何となく胸がほっこり温かくなったのだった。



お読みいただき、有難うございました。

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