(89)寝る子は育つ
短い小話です。
あまりに眠かった所為か、うっかりソファでうたた寝してしまったらしい。
体が揺れる感覚に七海がショボショボと目を開けると、目の前に顎があった。そのまま視線を上げると黛と目が合う。
七海はお姫様抱っこの状態で黛の腕に抱えられていた。思わず彼の首に腕を伸ばしてくっついた。それは不安定な姿勢だと、より重く感じられるのではと心配したからだ。
「おっ」
と何故かぴったりとくっついた相手から、嬉しそうな声がした。
「……」
何か誤解が生じたようだ、と思ったが七海は何も言わずに黙っている事にした。
目が覚めたばかりで頭がぼんやりしていたし、親切に運んでくれている相手に抗議する気にもなれなかったからだ。
寝室のベッドにゆっくりと降ろされる。
「ありがとう……お帰りなさい」
「眠かったら、ベッドに入れよ。あんな所で何も掛けずに寝てたら、風邪ひいちまう」
「うん、ごめんなさい」
「フッ……分かればよろしい」
素直に謝る七海に微笑みかけ、既にパジャマ姿だった彼女に布団を掛けて黛は言った。
「じゃあ、シャワー浴びて来る。寝てろよ」
「うん」
素直に頷いた七海に頷きを返し扉を出ようとして―――クルリと黛は振り向いた。
スタスタとベッドに近寄り、ストンとそこに腰を下ろす。七海が体を起こすと、黛は布団に手を入れて七海のお腹をパジャマの上から擦った。そうして少し顔を近づけて囁いた。
「お前も寝ろよー。寝る子は育つ」
胎教のつもりだろうか。と七海は思った。まだ人間の形もしておらず、耳も持たない卵に話しかけても意味は無いような気がした。
「まだ聞こえないよ」
「いいんだ。こうやって念を送れば、気持ちは届く。『手当て』って言うだろ?昔からある民間療法とか結構あなどれないもんだぞ」
「お医者さんなのに、非科学的な事言うんだ」
「こういう現場の方が、意外と科学で説明できない体験をするもんなんだけど―――聞きたければ存分に説明するが」
七海はちょっと間を置いて―――それからブンブンと首を振った。
「ううん、結構です」
「じゃ、風呂行って来る」
少し表情を強張らせた七海の蟀谷に軽くキスを落として、挨拶のようにお腹をポンポン叩いて黛は立ち上がった。手を軽く振って見送った後、七海は自らのお腹に触れてみた。
「じゃあ……寝よっか?」
そう言って体を倒し、ぬくぬくと温かな布団の中で丸まったのだった。
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