(88)熱心ですね(☆)
短い小話です。
※少々内容が下品かもしれません。気になる方は閲覧にご注意願います。
※別サイトと一部内容に変更があります。
休みの日、一緒にテレビを見ていたソファで七海はついうたた寝をしていたらしい。ふと目を覚ますと黛が熱心にタブレットに見入っている。時折大きく頷きながら、指を滑らしドンドンそのページを読み下していく。
「ゴメン、寝ちゃった……」
目をこすりながら言うと、黛はタブレットから顔を上げて七海に柔らかく微笑んだ。
「眠い時は無理しないで寝るのが一番だ、好きなだけ寝てろよ」
優しい事言うなぁ、と思わず胸がキュンとする。
七海は気付いている。最近自分はどうもおかしい……黛に恋している事を強く自覚してから、何気ない彼の仕草にドキドキして困ってしまうのだ。
順序が色々間違っている気がする。
子供が出来てから、恋心に目覚めるなんて事があるのだろうか?
そう言えば、黛と付き合う事になってから振り回されるのに手一杯だった。付き合うと同時に婚約、一年も経たずに同居、結婚。義理の両親の人柄に触れて―――初めての合コンにも出る事になった。ウエディングドレスを着て素敵な屋敷で写真撮影、序でに黛の過去の女性と対決(?)し、息も吐けぬまま妊娠発覚。そして大好きな友達が同じマンションに引っ越して来た。
この頃漸く、七海は自分に向き合えるようになったような気がしている。
遅ればせながら―――自分の意志で黛を欲しているような感覚が、じわじわと湧き上がって来ているのを感じる。
だからだろうか?
最近恋したての少女のように、胸が高鳴ってしまう。
黛に優しくされたり、柔らかい微笑みで見つめられると―――どうにも抱き着きたくてたまらなくなってしまうのだ。
まるで改めて一から恋をしているみたいに。
「喉乾いたろ、麦茶持ってくるよ」
「あ、ありがとう……」
優しい。
昔から彼女は黛のイケメン行動にはドキリとさせられてきたのだけれど―――彼の気持ちの裏付けがあると認識した上で見ると、またその行動一つ一つが色が付いたように違って見えて来るから不思議だった。
黛が立ち上がり、キッチンへ向かう。
ボンヤリそのしっかりした背中を見つめていた七海は―――ふと、黛が熱心に見ていたタブレットに目を落とした。
「ん?」
『妊娠初期、中期……』
「あれ、黛君勉強してくれてるんだ。何々……」
妊娠中の注意事項を学んでくれていると知って、俄かに嬉しくなる。タブレットをひょいと手に取り、七海も勉強しないと、と思い改めて最初から目を通し始めた。
「……」
そこへ黛がお盆に麦茶の入ったコップを二つ載せて戻って来た。
七海の手にタブレットがあるのを見て、明るい声を放った。
「サイトによって書いている事違うから、惑わされるよなー」
「……」
さっきまで頭を覆っていた熱が、すっと冷めた気がした。
タブレットの一番最初に記されているタイトルは―――
『妊娠初期、中期、後期の性行為について知っておきたいこと』
七海はタブレットをテーブルに置いて、一息つき。
「私のトキメキを返せ……!」
と小さく叫んで、理不尽な怒りを黛にぶつけた。ポカリと華奢なゲンコツで腕を叩かれて、黛は訳も分からず首を傾げたのだった。
お読みいただき、有難うございました。