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(84)お義母さんと4

玲子が渡米する直前のお話です。


「七海、眠そうねぇ」


ソファでウトウトしつつ、ハッと目を覚ますのを繰り返す七海を眺めながら、玲子が言った。


「あっ……私、寝てました?」

「うん」

「最近、常に眠いんですよね」

「そうなのよね。四半世紀前の事だからすっかり今まで忘れてたけど、そう言えば私もそうだったわ」


黛に付き添われて近所の産婦人科を受診した七海は、予想に違わず二ヵ月と診断された。結局玲子や本田の母、茉莉花まつりかがかつて世話になった個人病院に通う事になった。つまり、本田三兄弟や黛が生まれた病院である。

おお先生と言われる当時の担当医は既に引退しているが、その娘が女医となって産婦人科を継いだのだ。その他二名の女性医師と交代で診察を担当している予約制の病院だ。序でに産婦人科の院長となった女医の夫が、隣接する建物で小児科を開設しており生まれた後も安心して受診できるとこの辺りではなかなかの評判だ。


「最近は写真とか撮影できるのね。……凄いわぁ」


感熱紙に写った豆粒のような赤ちゃんの影を眺めて、玲子は頬を上気させて溜息を吐いた。

ちなみにこの台詞、玲子は既に十回以上口にしている。


「九ヶ月後には、私もお祖母ちゃんかぁ」

「順調に行けばそうなりますね」


受診した時に自然に流産してしまう確率を聞いてから、七海は浮かれすぎないようついつい身構えてしまう。通常はぬか喜びにならないように安定期まで両親にも打ち明けない人も多いのだそうだ。しかし黛家では同居しているので隠しようが無かった。玲子は近々渡米するし、龍一は医師なので―――隠しても仕方が無いと、黛と七海は二人に時間をおかず伝える事に決めたのだ。

すると玲子が黛を出産した病院を勧めてくれた。歩いて行けるほど近く、黛が希望していた女性の医師が診察してくれる病院だと言うので、有難く紹介して貰う事になった。なかなか予約の取り辛い人気のある病院なのだが、本田家と昔から付き合いがあり、その関係で玲子も世話になっていた経緯もあって何とか空いてる時間を融通して貰う事が出来た。


「だいじょうぶよ」

「……そうだと嬉しいんですけどね」


玲子が七海の隣にポスンと腰を下ろし、彼女の手を柔らかく握った。


「リラックス、リラ~ックス。お母さんの気持ちがゆったりしているのが、一番赤ちゃんに良いのよ~♪」


玲子の歌う様に話す調子が妙に面白くて、七海はクスリと笑った。


「はい、そうですね」


七海が素直に頷いてみせると、その手を握っていた玲子のたなごころにギュッと力が籠った。


「決めたわ」


彼女は目を細めて、七海を見つめる。




「私―――引退する!」




玲子の整った眉がキリっと締まった。

視線がキラン!と決意を込めて鋭くなる。


「ええ!な、何でですか、急に!」


七海は驚きのあまり、どもってしまう。

玲子は冷静に続けた。


「そろそろ日本に腰を据えようと思っていたのよね」


落ち着いた玲子の調子に七海は呆気に取られつつ、尋ねる。


「と、言う事は……事務所の方々と以前から相談されてたんですか?」

「全然」


シラッと玲子は言い切った。

わあ~……今思い付いたのかな……と七海は思った。


「最近、裏方とか指導とかやりたいなって思っていたの。『後進の育成に力を入れる』って言えばそれっぽくない?どう?」


どうと言われても。と七海は思った。


「孫が生まれるってのに、近くで遊べないなんて勿体無いもの……!」


やはり!と七海は思う。

玲子の本音はそっちだった……!


「えっと、まだ生まれると決まったわけじゃ……」

「絶対、大丈夫!そんな気がするの。だから私、引退してこっちに戻るわ。そしたら子守歌にピアノ弾いてあげる……!」

「それは……何と贅沢な……」


七海は、恐れ多いような気がした。

世界を股に掛けるジャズピアニスト『REIKO』を引退させて独り占めするのが、自分の息子か娘になるとは。いや、孫なのだからそんなに珍しい状況じゃないのだろうけど……とはいえ、心の中で少々オロオロしてしまう。


「待っててね……!すぐには無理だけど、何とか事務所とレーベルと話付けるから。あとあっちで胎教用のアルバム作ったら、データで送るから使ってね」

「は、はい」


うわぁ、なんと豪華な胎教音楽だろう。

七海は何だか眩暈がしそうになった。




一部ジャズファンの間で騒がれる事になる『REIKO』の突然の引退は―――そんな理由であっさり決まってしまったのだった。



お読みいただき、有難うございました。

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