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(79)知合いですよね 前編(☆)

(78)話のあとのお話です。 

そして珍しく続き物になります。前・中・後編の予定です。


※少々波風が起こります。約束が違う!とイラっとしちゃう方は回避の方向でお願いします。タグ『少々波風発生』を追加する予定です。おそらくここを避けても支障は無い(はず)です。

※別サイトと一部内容に変更があります。

和室でパパパと衣装を脱がされ、ヘアメイクの為に仕込んだピンやら、あんこと言われる黒い綿やら付け毛やらを頭の中から剥ぎ取られた。

化粧はそれほど濃いものでは無かった為、そのまま落とさ無い事にする。軽く髪だけ纏め直して貰い、家から着て来たワンピースに着替えて鏡で襟を直していると、コンコンとノックの音がして、介添えの女性が背後で扉を開ける音がした。


「お疲れ様です」


柔らかい声に振り向くと『SOMETHING BLUE』の美人スタッフ、美山雪よしやまゆきが立っていた。


「あ、美山さん。どうしたんですか?」

「衣装、お預かりに伺いました。こちらでクリーニングして箱詰めしてお戻し致しますので」

「え!そうだったんですか。わざわざすいません」

「いいえ、仕事ですから。そこまでやって納品と決まっているので、気にしないで下さいね」


美山はそう言ってふんわりと微笑んだ。思わずその名前通りの美しさに、七海は見惚れてしまう。美山が七海の視線に気が付いて、ジッと七海を見返した。


「もしかして、何か気になる事がありますか?」

「いえ、あの―――お綺麗だなぁって。スイマセン、ただ見惚れていただけなんです。製作側って言うより、モデルさんみたいだなって」

「ふふ、有難うございます。実際ずっと雑誌モデルをやっていたんですよ。今でも偶に雑誌も出させていただきますし、工房や本店のパンフの撮影とか、お得意様も招いた新作紹介でマネキンをやったりもします」


そんな遣り取りを二人でしていると、再びコンコンと扉を叩く音がした。


『七海、まだかかりそうか?』


扉越しに黛の声がした。


「終わったよ」

『入っていいか?』

「おっけー」


と七海が応えると、ガチャリと和室の扉が開いた。和室に扉が付いていたりするのは昔の建物だからだろうか?と不思議に思いながら七海は扉が開くのを眺めていた。するとヒョッコリと夫が顔を出す。


「タクシー呼んだから……」


満面の笑顔だった黛の顔が、僅かに固まった。七海がその視線を辿ると―――そこには驚きに目を見開いた美山がいた。




「「……」」




互いに見つめ合ったまま、言葉を失う二人。

七海はその時何となく感じる物があったが―――どうしたものかと、逡巡する。七海が取り成すのも何だか違うような気がしたのだ。


すると先に我に返った黛が、ペコリと美山に頭を下げてから七海に向き直った。


「七海、タクシー待たせてるから。荷物どれ?」

「あ、えーと……あっちの鞄と紙袋が」

「これ?」


黛は言われた荷物を手に取ると、確認するように七海に上げて見せる。


「うん。あ、私持つよ」

「いいって。疲れたろ?それより玲子がお腹空いたって言ってたから早く行かないと喚き出すぞ。―――スイマセン、じゃあ俺達下がります。今日は有難うございました」


そう言って黛は、和室にいる介添え担当の女性に頭を下げた。

七海も隣に立って慌てて頭を下げる。


「有難うございます。お世話になりました」

「お疲れ様です、とっても素敵でしたよ。仕上がったら直ぐにご連絡致しますね」

「はい、有難うございます」


七海は介添え担当の女性に頷き、それから美山にも向き直り頭を下げた。


「美山さんも有難うございました」

「こちらもクリーニング終わったらご連絡致しますね」

「はい。よろしくお願い致します」


美山は七海に笑顔で頷いて、それから隣の黛に目を移し―――優雅に頭を下げた。

黛もペコリと再度頭を下げてから、七海の手を取って扉を開き廊下に出た。


七海は黛に手を引かれ廊下を歩きながら―――モヤモヤと胸が渦巻くのを感じた。

このまま放っては置けない。そんな気がしてピタリと足を止める。

すると黛もゆっくり歩みを止めた。その大きな背中に、勢い込んで七海は言葉を掛ける。


「黛君……っ、あの……知合い、なんでしょう?」


黛は振り向いた。焦るでもなく笑うでもなく、静かな顔で七海を見下ろしている。

七海はちょっと後悔した。自分は何をしようとしているのだろう、と。


「美山さんと……お話しなくて……いいの?」

「……話?何で?」


黛の表情が平静過ぎて、七海は逆に焦ってしまう。


「だって、あの……彼女、だったんじゃないの?」


モヤモヤが徐々に濃くなっていく気がする。

スッキリしない。何だかおかしい―――私は何を言いたいんだろう?と七海はそう口にしながらも、心の中で混乱していた。

そんな七海を黛はジッと見つめながら、首を傾けて口を開いた。


「そうだよ。―――でも別に話す事なんか無い」


更に七海の中の靄が濃くなる。

少し眩暈がした。パチパチと瞬きを繰り返し、頭に手を当てる。

黛は七海の様子がおかしい事に直ぐに気が付いて、膝を曲げ七海の顔を覗き込んだ。


「もしかして疲れたのか?歩けないなら―――」


と黛が通常運転のイケメン行動を発揮して、七海を抱き上げようとした。

もうすっかり彼の甘やかしに慣れ切った七海はそのまま大きな腕に体を預けようとして―――先ほどの和室の扉から美山達が廊下に出てきたのを目にし、思わず黛の胸を押していた。


「―――七海?」

「だ、大丈夫だからっ!ちょっと眩暈がしたけど、もう治った!」

「そうか?じゃあ、玲子とタクシーの運転手が待ちくたびれているだろうから、ちょっと急ごう」

「あの……」

「ん?」


あくまで優しく七海を気遣うように背に手を当てている黛。

そこに何かを隠そうとか、気まずさからの焦りとか―――そう言う物は全く感じられない。

黛らしいと言えば黛らしいのだが―――。


七海は分からなくなる。


だけど玲子を待たせるのはよく無い、と言う事だけは分かった。

取りあえず黛が促すまま、七海は手を引かれて廊下を歩いてタクシーに向かう事にしたのだった。







撮影の後タクシーで向かったのは、二子玉川駅近辺の商店街にある蕎麦屋だった。

店内は古い商店街の雰囲気をそのまま持ち込んだようなレトロな雰囲気で、ほどほど常連客らしき人で埋まっていた。


「これが食べたかったのよね~」


玲子が注文したのは玉子がふわふわとした玉子とじ蕎麦。更にほうれん草と海苔、ナルトが添えられていて、椀の中からは何とも良い香りが漂って来る。

七海はアッサリとしたかけ蕎麦、黛はガッツリとしたカツ丼を頼んだ。


「七海それで足りるの?」


玲子が七海の手元を見て尋ねた。


「何だか胸が一杯で。きっと今日は、夜になってからすごくお腹が空くパターンだと思います」

「撮影疲れたでしょ?七海は主役だから準備に時間が掛かったものね」

「でも楽しかったのでアッと言う間でした。本当に綺麗に作って貰えたので……」


純白のドレス、七海を最大限に綺麗に見せてくれるメイクと、自分では絶対作れないであろう素敵なヘアメイクを思い起こす。本当に夢のような時間だった、と七海は思う。控室となっていた和室の光景を思い出し……自然に美山の美しい立ち姿が瞼の裏に浮かんで来た。ドレスのクリーニングの事を話題に出そうとして―――思わず口籠る。


玲子は知っているのだろうか?美山が黛の元カノだと言う事を。知っていたら、試着の時にあんなに屈託なく自分達を会わせない筈だ。だから玲子は知らなかった、と考えるのが妥当だろう―――黛と美山の当人同士でさえ、顔を合わせて驚いていたくらいだ。そのように七海は、あて推量で状況を整理してみる。


けれどもこれまでの玲子の行動は―――たびたび七海の常識を覆す事があった。彼女が美山の事を知っていて、尚且つ全く気にしていないという可能性も無くは無い……と七海は改めて思い直す。


きっと黛も玲子も、通常運転で受け流すような気がする。七海から尋ねれば隠そうともせずに正直に話すのだろう。超絶マイペースな黛とマイペースの権化みたいな玲子の事だ、そんな様子が容易に想像できた。

どちらにせよ、その話題を今出して気まずく感じてしまうのは―――七海だけだろう。七海の胸には、いまだに訳の分からないモヤモヤが居座っているのだから。


「具合、大丈夫か?」


ペロリとカツ丼を平らげた黛が、かけ蕎麦を食べている途中でボンヤリと考え事をしている七海の顔を覗き込んだ。


「……」


七海は自分の顔を医者の目で検分する黛を―――静かに見返した。


綺麗な顔だな、と改めて思う。そしてモデルとしても活躍する麗しい美山と並んだら―――物凄く似合いのカップルだったのだろうな、と想像する。

美山はあれ程美しいのに気さくで、仕事場でも周囲の呼吸を読んで出しゃばる事も無くそれでいて良いタイミングを見計らってくれる、気の利く女性だった。一見じゃ気付けない部分も多いのかもしれないが―――彼女は感じが良くて性格も良い人なのだと、そういう印象を七海は抱いていた。


何故あんな素敵な女性と、黛は別れたのだろう……?

そしてあんな風に―――顔を合わせても声すらかけずに済ますなんて。どうして黛はそんなにアッサリ彼女との関係を無かった事に出来るのだろう。


高校生の頃―――黛の恋愛事情は明らかに他人事ひとごとだった。

だから黛の彼女を見ても何とも思わなかった。大学時代は―――話には聞いていたが、存在を目にした事が無かったから、身近な話とは感じられなかった。


黛の事だから、彼女に対して彼なりに誠実に接していたのではないかと思う。時には優しくエスコートもしたのだろう。そして高校時代よりは―――もう少し踏み込んだ付き合いをしていた筈だ。


なのに別れた途端、まるで過去は過去とでも言うかのような態度ができるなんて―――。


「……七海?」

「あ……」


つい自分の思考の沼に嵌りこんでしまった七海は、そこが昼間の蕎麦屋で、玲子も一緒ににいるのだと言う事を―――漸く思い出した。


「ゴメン、やっぱちょっと疲れちゃったかも」

「……そっか」


心配げに目を細める黛から、つい目を逸らした。


「あら、大変。じゃあもう帰りましょう。女将さーん、おあいそお願いします!」


玲子が手を上げて会計をすませようと立ち上がる。

その後店を出て、一区間しかない距離をタクシーに押し込まれてしまい―――七海は『疲れた』と漏らしたことを、心から後悔したのであった。






その夜の事。


七海の体調を慮ってくれたのか何故かその日、黛は七海を柔らかく抱き締めるに留め、ベッドの中で不埒な真似に至らずに大人しく眠りについた。胸がスッキリしないままの七海はホッと胸を撫で下ろしたものの、いつもと勝手が違う夫の態度に―――妻である彼女は少々複雑な気分を抱いたのだった。







** ** **







翌日から示し合わせたように、黛は忙しくなった。

帰りが遅いためギリギリまで眠り、寝惚けたまま朝御飯を掻き込みお弁当を抱えて飛び出していく。時には朝まで帰宅せず、七海が出社した後帰宅して短い仮眠を取り、すぐに病院に出勤する事もあった。


気持ちの定まらない七海は、黛と話し合う機会が無い事に微かに安堵していた。けれども決着の付かない状態に放置されている為か、あのモヤモヤとしたものは依然七海の中に居座り続けている。


そんな時クリーニングが終わったと、アトリエから連絡が入った。渡米の迫る玲子が手続きで忙しくなって来た為、玲子を連れず、七海は自分独りでドレスを受け取りに行くことに決めた。





インターホンを押すと、美山がふんわりとした笑顔で七海を迎えてくれた。

今日は紗里は不在のようだ。若い女性スタッフが代わりに控えていて美山が指示すると、スタッフルームへドレスを取りに行く。どうやらこのアトリエで、美山は店長のような立ち位置らしい。通常紗里は多忙で、滅多にアトリエには顔を出さないのだとか。この間は古くからの顧客で彼女の憧れの存在、玲子がやってくるため特別に時間を捻出したそうだ。


「こちらになります。お確かめください」


大きなテーブルの上に、ドレスを拡げてくれる。七海は頷いた、元々目で確認しなくてもここまで丁寧に対応してくれた美山の仕事は完璧だと思っていたので、特に何を言う事も無かった。すると手慣れた様子でドレスを畳み、綺麗な箱に詰めてシックなリボンを結んでくれる。箱と同じ空色に白い線の入った紙袋に箱を収めてくれたので、紙袋を受け取って七海は頭を下げた。


「とても素敵なドレス、有難うございました」

「奥様のご実家のご都合が決まりましたら、またお知らせくださいね。撮影の時もしサイズが変わったりする場合はお直しも出来ますので」

「有難うございます」


何だかお礼ばっかり言っているな、と七海は思う。

でもこれ以上何を言って良いか分からなかったから、他に言葉を選ぶ事が出来なかった。黛の事が無ければもっと色々、楽しい話が出来たのかもしれない……と考え少し残念な気持ちになる。それくらい美山は感じが良く、魅力的な女性だったから。


「じゃあ……」

「あの」


頭を下げて扉に向かおうとした七海を、先導するように一歩踏み出した美山が―――少し硬い声で七海を見つめた。


「―――もしお時間があったら、お茶をご一緒させていただきませんか?」


ほんわかした笑顔が消えて、美山の顔に緊張が浮かんでいるような気がした。

七海はゴクリと唾を飲み込んだ。

美山はとても良い人のような気がする、だけど……と逡巡していると、美山がすっと相好を崩した。


「ふふ……取って喰いはしませんよ?」


彼女の顔に戻って来た柔らかい微笑みに、思わずドキリと胸が鳴った。

七海は魅入られたように―――ついコクリと頷いてしまったのだった。



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